惚れれば負け


身体が怠い。
布団から出たくない。
てか、寧ろ動きたくない。
ああ、このまま布団と一心同体になってしまいそうな。
そんな錯覚を覚える。
欲を言えば、いや、これだけでも幸せなんだけど、欲を言えばだ。
優しい女に『大丈夫ですか?』などと言われ膝枕をして貰えるともんのすごーく幸せだ。

ああ。
こんなことに考えを巡らせているだけでも幸せになれる。
俺は悟りを開いたのだろうか。
ああ。
もう今なら何でも許せる気がする。
生きとし生けるすべてのものにありがとう……

「銀さん!!起きてください!!」
「オィィィィィ!!!うるせーんだよ、お前はよォ!!!やたら世話焼きたがる寮のおばちゃんですかコノヤロー!!!」


今の発言取り消そう。
生きとし生けるすべてのもの(ダメガネ以外)。
ちっ、せっかくの幸福感がよォ。

俺は布団をさらに被り込み、くるりと新八に背を向ける。
すると俺を起こすのを諦めたのか、襖を閉めた音が聞こえた。

何か用事があって起こしに来たわけでは無さそうである。
いや、しかし、新八の行動は変にあっさりし過ぎていて、怪しいことこの上ない。
逆に策略かもしれねェ、と思い至る。
俺が天人といくら戦ってきたと思ってんだ。
白夜叉と恐れられた俺を舐めんじゃねェっての。
誰がそんな簡単なトラップに引っかかるか。
だから、お前はいつまで経ってもダメガネ……

「銀さん。おはようございます。起きてください。」

あれ?
新八の野郎、こんな透き通った声してたっけなあ…

「朝ごはん作りましたから。一緒に食べましょう。」

朝ごはん?
そんなのに乗るかよ。
いや、それよりもさっきから新八の声やけに色っぽいんだけど……

いや、違ェだろォォォォォォ!!!
俺は何を考えてんだよ。
明らかに女の声じゃん。
………このまま、寝たふりしてたら入ってきてくんねェかなあ…。
そして膝枕してよしよししてくださいお姉さんんんんん!!!

「銀さん。私、絶対入らないんで。安心して出てきてください。」

ほお、入らない?
いや、入るでしょ?
入らないって言ってる子ほどすんなり入っちゃうもん、て………

「なァにが『安心して出てきてください』だァァァァ!!!意味わかんねェだろーが!!!」

気づいたら身体が勝手に動いてた。
襖が鈍い音を立てる。
俺は悟りを開けていなかったらしい。
何という不覚…!


「あ、銀さん。おはようございます。流石ですね、名前さん」
「名前はやっぱり策士アル!最強女子ネ!」
「あ。ありがとう、ありがとう。お褒めの言葉ありがとう。」

してやったりの顔をしているのは、新八、神楽、名前だった。

「何なんだよ。お前ら。俺の悟りの邪魔しやがって…」
「悟っていたんですか?何を…?」
真面目な顔して聞いてくる名前と、まったく此方には目もくれない新八、神楽。
こいつら2人に限っては、朝飯食べ始めやがった。
この家の主人誰だと思ってるんですかコンチキショー。

「何を、ってそりゃ、まああれだ。ナニでナニがこう……」
「…………?まあ、いいです。早くご飯食べましょう。冷めちゃいますよ?」

名前は変なおじさんでも見る目で俺を一瞥してから、『まあ、いいや』という風に俺の腕を引く。
こいつは純粋というか、鈍感というか。
いや、恐らく後者だな。
きっと、ムッツリなあのマヨ警官レベルにヤラシイ筈だ。
うん、そうに違いない。
という予想を立てることで愉しんでいる。
それだけで、人生違って見えるもんだ。


「銀ちゃん、朝からイヤラシイこと考えてるネ。あまり、近づかないほうが身の為よ、名前。」
「え、そうなんですか、銀さん。」
そう言って、汚れものを触ったようにパッと手を離す名前。

「そ、そんなことあるわけないでしょうが。俺が一度でも名前にイヤラシイことしたことがあったか?」

「ありましたよ。」
「大ありネ。」
名前の方を見て問うた質問に、新八と神楽が端的に答えた。
いや、俺は名前に聞いてんだけど。
何2人とも反抗期なの?!
反抗期なのォォォ?!


「銀さん。それは私がイヤラシイと感じないだけで、いつも2人に『訴えるべきだ』とか『嫌なら嫌って言った方がいい』だとか言われてるんですよ。」
「お前ら何勝手なこと吹き込んじゃってんのォォォ!!ねえ、名前は俺のこと何もイヤラシイって思ったことねェよな?」
「はい。ですが、2人だけなら兎も角、土方さんにもこないだ似たようなことを言われました。」
「は?何、土方くんも共犯なわけ?」
「共犯?何ですかそれ。犯人ですか?誰と共犯なんですか?」


いやいやいやいや。
どこまで鈍感?
ていうか天然?
天然なのこいつ。
そうか、天然なのか。

俺は手で顔を覆い、うな垂れた。
ちらりと隣を盗み見ると不思議そうに俺の顔を覗き込むようにしている名前が映る。
なんだよ、その顔。
初めて友達できた時の小学生並みに目キラキラしてんだけど。
もう、マジで何なの。
そんなキラキラした目してっと、銀さん、襲っちゃうよ?


「銀さん。またイヤラシイこと考えてるんですか…?」
「は?またまたぁ。何適当なこと言っちゃってんの、名前ちゃーん。銀さん、イヤラシくないからぁ。ってかもう銀さんがイヤラシイって迷惑極まりないこのイメージ払拭してくんね?」
「払拭…。私、さっき銀さんのことイヤラシイと思ったことありませんと言いましたが、無意識に『銀さん=イヤラシイ人』と認識してしまっているようです。『イヤラシイこと考えてるんですか?』という質問が出てしまうのが何よりの証拠ですよね……。」
「え、何?俺めちゃめちゃ悪いスケベなただのおっさんみたいになっちゃってんじゃん!!!何で、そんな申し訳ない雰囲気出しちゃってんの?!」

俯いて今にも泣き出してしまいそうな。
そんな名前を見れば、いくら悪気は無かったとは言え、此方が謝りたくなる。
謝罪衝動を駆り立てられる。
つくづく天然で、悪い女だと思う。
まあ結果、そんな女に惚れた俺が悪いんだけど。
惚れた男の弱みと言うやつか。

「わりィわりィ。俺が悪かったからそんな悲しそうな顔すんなって。な?名前。後で公園行こうぜ。バイク乗せてやるからよ。」

俺が悪かった、とは言ったものの、自分自身何が悪かったのかよく分かっていない。
とりあえず、惚れた女には笑っててほしい。
て、そんな単純でバカな理由によって口が動く。

「……銀さん…」
頭を上げて此方を仰ぎ見る名前。
不覚にもすげェ、イヤラシイこと想像しちまった。
新八と神楽が『銀さんが口説いてる。』『名前をデートに誘ってるネ。』などと話しているのが聞こえてきて、ふと我に返る。

ポンポンと名前の頭を撫でてやれば、くすぐったそうに頬を赤らめるそいつに、また、発情してしまう。

どうしたって、結局、こいつには敵わねェんだろう。
俺はそう、悟る。
ああ。
どうしてこんな面倒くせェやつに惚れちまったのか。
こうなったら、もう誰にもくれてやらねェ。
この、照れた顔も、撫で心地のいい頭も、綺麗に淡く光る心も。
全部俺のモンにしてやる。

て、何を考えてんだか、俺は。


名前はばくばく朝飯を食べ始めた。
そんなに俺と話すのも嫌なのか?
すんげェ落ち込むんですけど。
おいおい、ゆっくり食えよ。
咳き込んでんじゃねェか。
なんで、そんなに……

「いひひゃひょう!ほうへん!」
「………行きましょう……公園……?」
「ん。ごくっ。……はいっ!」


……ダメだって。
そんな笑顔他の男に見せたら、許しませんからね。





2015/6/6
銀さんは、惚れた女の人には随分と甘いはず。
下ネタからのデレデレ銀さん。


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