すき・きらい



坂田銀時という人間は、一言で言えば、“ちゃらんぽらん”。そこに何か付け加えるとすれば、“流れゆく雲のような人”。掴み所が無いのだ。普段はだらしなく、目なんか死んだ魚のように覇気が無いのに、いざという時には、人が変わったように頼れる存在になるのだ。

「どこに行くの」

問えば、「その辺」と短い返事が返ってくる。ぷらり、とまたパチンコにでも行ってお金を擦り減らして帰ってくるのだろうか。いや。私はすぐに違うと気づいた。
纏っている空気も、丸まった背中も、いつもパチンコに行くのと、何ら変わりないのだが、ただ一つ、違うのだ。眼の奥の色が。
普段は燻っている赤いそれが、太陽の陽のようにゆらゆら静かに燃えている。

いざという時の、頼れる存在。
だけれども、私にはそれが恐ろしくもある。この人は、誰かに頼られれば、その誰かを必ず守ろうとする。自分自身が傷ついても、だ。

思わず、着物の裾を引っ張っていた。
無意識の行動に自分でも驚いて、彼の顔を見上げれば、こちらを向いたその目に捕らわれる。

「銀さん……」
「何これ。名前の上目遣いめっちゃそそるんですけど。」
「いやだよ。」
「ん?だいじょーぶ。今回は勝ってくっから。」
「パチンコじゃないよね」
「あーもう。泣きそうな顔しねーの。」

行かないで欲しい、と素直に伝えることすら叶わない。ひらりひらりと躱されて、終いには、私の方が負けて慰められて。大きな掌を頭に乗せられれば、それだけで、安心してしまう。行かないで、と言えなくなってしまう。きっと帰ってくるから大丈夫、って思わされてしまう。

「よーしよしよし。名前は銀さんのこと大好きだもんな。」
「ううん。……きらい。」
「いやあのさ、嘘でもそれ言われたらマジで銀さん落ち込むからぁ。やめてくれる?」
「嘘じゃないよ。嘘吐く銀さんはきらい。」

参ったな、と声には出さないけれど、そんな雰囲気が漂ってくる。困らせてしまっているのは、分かっている。でも、このまま「いってらっしゃい」なんて、到底言えない。
頭の上の手が、ゆっくり撫でるように動く。何往復かして、止まる。

「負けて帰ったら、慰めてくれる?」

私の顔を覗き込んで、へらりと笑う。その笑顔は、パチンコに行く時とやっぱり変わらない。
負けても帰ってきてくれるならば、それでもいい、と思う。
私は、負けてでも帰ってきて欲しい。勝ってきて、なんてこれまで一度も望んだことはない。

「帰ってきてくれるなら、何だってする。」

だから、必ず帰ってきて。
そう言って赤い瞳を見つめると、満足そうに、彼はまたニンマリと笑った。

「よーし。言ったな。後から言ってねーって言っても、無駄だからね。」
「帰ってきたら、だよ。」
「帰ってくるさ。名前が何でもしてくれるっつってんのに、帰ってこねー馬鹿がいますか。」

頭の上の手が静かに離れる。同時に離れていった赤い瞳。慌てて追いかけて、目を合わせれば、ゆらり、と揺れる。“必ず、帰ってきてくれる”と、私はそう確信してしまう。それから、何も言えなくなってしまう。「行かないで」も、「いってらっしゃい」も、何も言えない。

「だから、名前はちゃんと家で待ってるよーに。」

まるで、飼い犬に言い聞かすように、人差し指を立てて彼は言う。
ただ黙って瞬きだけをする私を見て、少しだけ溜息を吐いた。気がしただけかもしれない。優しい顔で、私を見下ろして、さらに続ける。

「帰ってきて“ただいま”がねェと、案外寂しいもんなのよ。」

彼は案外、寂しがり屋だ。
そうだった。こんなに大きな身体をしていても、中身はまるで子どものようで、そういうところが、私が彼を好きな理由の一つでもある。
頷いて、「待ってる」と返せば、ゆっくり瞬きをして、彼は踵を返す。

大きな背中の、相変わらずの猫背具合に、私は思わず笑みを零す。

「じゃあ、安心して行ってくるわ。」

ひらひらと手を振って背中越しに声を発する。
パチンコに行くのではないのは、もう充分分かっている。いざという時の頼れる存在は、私に嘘を吐いてでも、誰かを守りに馳せる。たとえ自分が傷ついても、私に本当のことを教えてはくれない。
ああ。やっぱり、嘘を吐く彼は嫌いだ。
ううん。それでも、私は堪らなく彼が好きだ。

「いってらっしゃい」を喉の奥に飲み込んで、無理やり口角を上げた。不思議なもので、口だけ笑っていれば、笑えているような感覚になる。
“どうか無事で”とひたすらに祈って、背中を見つめる。ブーツを履き終わったらしい。背中がふらりと立ち上がる。

沈黙が少しだけ心苦しいけれど、「行かないで」と引き留めることも、「いってらっしゃい」と背中を押すこともできない私は、ただ黙って見送るしかない。そうするしか術がないのだ。

そうしているうちに、黙って見つめていた背中は、一ミリも振り返ることなく、外へ出て行った。


どうか無事で。それだけでいい。







2019.04.04
好きと嫌いは、紙一重。
銀さんが無事でいてくれるなら、それだけでいい。


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