これはある年の夏祭りのできごと。
家族のような関係のあたしたちには、甘いも酸っぱいもなかった時のこと。



浴衣が似合うお嬢さん


「いや、綿菓子だろ。」
「はい、だめー!銀ちゃん全然分かってない!夏と言えば花火、花火と言えばお祭り、お祭りと言えば…??」
「綿菓子。」
「はい、全然だめー!り、ん、ご、あ、め!!お祭りと言えばりんご飴でしょ。」
「はあ!?バカおめぇ、あの砂糖がふわふわした白いモンになるファンタジー感分っかんねーの?」

『お前こそ分かってねー』と言いながら、両頬を抓られた。
待ちに待った花火大会に向かう途中。
河川敷を浴衣姿で2人並んで歩きながら、お祭りには何を1番に食べるか、って話題で言い合い。

あたしはりんご飴派なんだけれど、頬を抓るこの人は綿菓子しか頭にないらしい。
頭一つ分か二つ分背の高い彼を、上目遣いで睨みつけると、『スッゲー変な顔』と笑われた。
失礼な。
アンタが頬を抓ってるから変な顔になってんだよ。
彼の手を払ってもっと変な顔をしてやる。

「ふんっ。銀ちゃんのばーか。」
「アッハッハ!!マジなんなのその顔。ブッサイクすぎて引くんですけどー。」

ブッサイクとは。
また失礼なことを。

「なァ、何でそんなりんご飴がいいわけ?」
「え?何で?」
「名前って甘いもん好きだから絶対ェ綿菓子好きなんだと思ってたんだけど。」
「いや、誰も綿菓子が嫌いって言ってるんじゃないよ?甘くて美味しくてあたしも好きだけど。でも、りんご飴の方が可愛いじゃん!見た目の赤いつやつやもそうだけど、甘い中にちょっと酸っぱいりんごが、デレツンみたいで可愛いじゃん!」
「なんだよそれ。」

あ。
おもっくそ、引かれた。

『なんで、わっかんないの。』

あたしは、りんご飴の良さを熱弁している。
銀ちゃんは、相変わらず引き気味に、挙句、面倒くさそうに、『わかったわかった』と手をぶらぶら振ってみせた。

絶対、わかってない!
わかったわかった、ってわかってない奴が言う台詞だからね!それ!

あたしは膨れっ面で、まったく可愛げのない顔をしていたと思う。
あの真選組の鬼副長さんにすら、眉間に皺寄ってるぞって注意されてしまうくらいに、酷い顔をしていたと思う。


そんなことを考えながら歩いていると、銀ちゃんとはぐれてしまった。
あたしがもう少し大人になって、拗ねたりしなければ、見失うこともなかっただろうに。




「酷ェ顔してんな」

顔を上げれば、鬼の副長が優しい顔で立っていた。
あの人が優しい顔をしていることが違和感を感じさせた。

「ひ、土方さん…。」
「浴衣似合ってんな。」
「うえ!?ほ、本当ですか?土方さんの方こそお似合いです、すごく…。」
「なんだ。浴衣着たら大人しくなんのか?元気ねェんじゃねーの?」

濃紺の浴衣は、彼の端正な顔立ちをいつもより際立たせていた。
さらっと浴衣似合ってるって言われてしまった。
てか、土方さん、なんだかいつもより、素敵…。
はっ!
何を考えてんのあたし!

「そ、そうなんです!元気なくって!どうしてかって言うとですね。あの、はぐれてしまって…。ぎ…銀ちゃんと。」
「……野郎は、まったく。何やってんだか。」
「えっ、え!え!?」

拒む間もなかった。
後になって、銀ちゃんに素直に全部話したら凄く機嫌悪くなって大変だったんだけど、拒む隙もなかったんだって。
しょうがないよね。
土方さんの手は、あたしの手を掴んでいた。
そのことに気づいたのと同時に手を引かれて、そのまま歩き始める。

「あ、あのー…?」
「あァ?あいつ探すんだろ。手伝ってやるよ。」
「えっ?い、いや、大丈夫です。1人で探せますし。それに、その…」
「あァ?」
「い、いえ!なんでもありません!」

銀ちゃんを一緒に探してくれるのは助かるんですが、手を繋がれて歩くのはものすごく恥ずかしい。
ほら、だって、土方さんイケメンだし、色んなお姉様方が此方を睨んでいるような気もして。

手を引かれるがままにあたしは歩いた。
ずっと半ば俯き気味に前なんて向けなかった。
色んな人たちの視線が酷く突き刺さった。
ような気がしていただけかもしれない。
あたしの思い込み、勘違い。
そうかもしれない、と思ったけれど、やはり顔を上げられなかった。
それが不可能だったのは、もし、あたしたちが銀ちゃんを見つける前に、先に銀ちゃんがこの状態を見てしまったら。
銀ちゃんは、どんな顔で、どんな言葉で、どんな気持ちで、近寄ってくるのだろう。
そうも考えてしまっていたからかもしれない。

「万事屋が行きそうな場所は?」
ぼーっと考えていると土方さんが話しかけてきた。
あたしは、ゆっくり理解して銀ちゃんの行きそうなところを考えてみた。

「綿菓子…ですかね…?」

自分でもとてつもなく馬鹿な思考回路だと思う。
それに、あたしとはぐれて、あたしを探すより綿菓子を探していたらと思うと胸がきゅっと締め付けられた。
とりあえず他に手がかりはないので、綿菓子の屋台を探してみることになった。
再び土方さんに手を引かれて、屋台の並ぶ通路を歩き出す。
引かれるがままについて行ってたら、ふと、土方さんの足が止まった。
その背中にぶつかりそうになったのを下駄を履いた足で必死に食い止める。

「あのー。すみまっせーん。」


心臓が跳ねる。
その表現がぴったりだった。
突然現れたのは、あたしが探していたその人だった。

「銀ちゃん!!」
「万事屋…!」

「大串くん。悪いけど、俺の連れ返してくんねーかな。」
「ぎっ、銀ちゃん!こ、こここれはっ!」
「はいはーい。お前は黙ってろ。俺は大串くんと喋ってんの。」

土方さんの後ろから出てきたあたしの頭を銀ちゃんはぽんぽんと叩いた。
え。
なんか、顔が熱い…。

「てめェ…。女放ったらかしといてよく言うぜ。」
「うるせー。こいつがはぐれただけだ。」
「えっ!銀ちゃんそれ酷くない!?」
「名前って、小せーからすぐ見失うんだよなぁ。」
「は!?まだ成長途中ですー。これから伸びるんだから!」

さっきの頭ぽんぽんのトキメキを返して欲しい。
嫌味ったらしいあの顔をぶん殴ってやりたい。

と、

気づいた時には土方さんはいなくなっていた。
気遣わせてしまったかな。
申し訳ないな、一緒に探してくれたのに。
お礼しそびれたし。
今度銀ちゃん連れて2人で屯所に出向こう。

「あれ、大串くんは?」
「気遣ってくださったみたい。だからモテるのかなぁー…」
「なに?大串くんってモテるの?」
「大モテでしょ、あんなの。」
「ふーん。」

2人で並んで土方さんが行ってしまったであろう方向を眺めていた。
隣を仰ぎ見れば、少し腑に落ちない顔をしている銀ちゃん。

「どうしたの?」
「ん?何が?」
「んー。銀ちゃんいつもより、なんか、大人っぽいなーなんて。」

白地に縦縞の彼の浴衣は、とてもよく似合っていて、どこか遠くを見ている横顔も相まって、大人びて見える。

「俺は少なくともお前よりは大人だ。」

あれ。そういえば、あたしよりは3つくらい年上だったっけな。

「そうだったね。年上だったね。」
「バカなこと言ってねーで、早いとこ帰るぞ。」
「え!まだ何もしてない!」
「うるせー、うるせー。ほらこれやるから。」

踵を返して歩き出す銀ちゃんに、慌てて静止をかける。
すると、彼は思い出したように振り返って片手を差し出した。
その手には、なんと赤いつやつやしたものが。

「り、りんご飴…。買ってくれたの?」
「まだ食ってねーんだったら、やるよ。」
「え、うそ…。めっちゃ嬉しい。銀ちゃん、好き!」
「ばっ、バカヤロー!そんな簡単に好きとか言うもんじゃありません!」

りんご飴の如く真っ赤になった顔を隠すように、また踵を返して足早に進む。
付いて行くのに必死なあたしに気づいたのか、少しスピードを緩めてくれた。

「お前はりんご飴のとこにいるんじゃねーかと思って、ずっとりんご飴探してたんだけど。」
「え。あたし、綿菓子探してた。」

その後、お互いのほんのり赤く染まった顔を見合って、少しの沈黙が訪れたのは言うまでもない。

りんご飴のように甘くて酸っぱくて。
そんな関係には程遠いけれど。
暫くは彼の隣に居たい、とそう思った。
ある年の夏祭りのできごと。





2015/8/16
りんご飴大好きです。
銀さんは綿菓子派だと思うんですけど、そこは譲れません。
りんご飴のお話前にも書いたことあったような…

帰り道では、綿菓子も買って2人で並んで食べ歩きしてると、河川敷で花火が上がるっていう。
そんな妄想もしてみたり(笑)


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