「悪りィ。」


貴方はそう言って、あたしを苦しめた。



秋空の下、木刀提げた天然パーマと並ぶ女の人を見た。
素直に凄く綺麗だと思った。
女のあたしが思うくらいなのだから、天然パーマだってきっと同じように思っているのだろう。
諦めたように、そう悟った。
そうして、気にしないようにしていないと、自分が保てなくなりそうで、怖かった。
怖くて怖くて仕方なかった。
それでも、あたしは笑顔を作った。
そうやって自分を守った。


「銀ちゃん。」

天然パーマの名前を呼んだ。
そう。
天然パーマとは坂田銀時のこと。

あの女の人には、なんて呼ばれているんだろう。
並んで歩いていた光景が脳裏に広がってくる。
支配されそうで怖くなって、何も考えないようにして、無理矢理笑顔を作る。
笑ってさえいれば、この関係も自分も壊れずに済むような気がした。

天然パーマは分厚い漫画雑誌ジャンプが好物である。
あたしが話しかけてもこれっぽっちも此方を見てくれない。
耳は右から左へ受け流す程度で、「はい」か「ん」か「あ」かどれとも取れないようなキテレツな返事を返してくる。

「ねえ、銀ちゃんってば。聞いてる?聞いてないよね?その返事は聞いてないよね?」
「…んん?何、名前も読みたいの?」
「誰がそんなこと言った。あたしは銀ちゃんの心が読みたいよ。」
「俺の心が読みたいだァ?誘ってんの?名前サン、銀さん誘ってんの?」

どうして、そういうことだけハッキリと聞き取れるのか。
不思議で仕方がない。
そして、都合のいいように解釈してあたしをはぐらかす。
でも、その手にはもう乗らない。
だって、貴方には女の人がいるんでしょう?
それも不釣り合いなほど、とびきりの別嬪さん。

「もう!ジャンプ読んでるからってテキトーなこと言い過ぎ。誰にでもそんなこと言ってたら大事な人に嫌われるよ?」
「え?なに?なんか変なもんでも食ったの?」
「何よそれ。何でそうなるの?」

ジャンプを閉じた銀ちゃんの訝る顔があたしを見つめる。
万事屋のソファは変に大きくて、銀ちゃんとの距離感が分からなくて困る。
近すぎるような気もするし、でも今少し後ろに下がるのもおかしいので、そのままの位置で負けじと見つめ返した。

「いや、いつもと違う返しするから変だなあーと思ってよォ。」
「え?」
「いつもの名前なら、誘ってないよ!とか、銀ちゃんのバカ!とか。バカは絶対言うな。」
「そ、そうかな…。」

あたしの気持ちを見破られている気がしてそわそわする。
でも、身体が言うことをきかなくて、ソファから離れられない。
この場から逃げ出したい。
今すぐにでも走って扉を蹴破ってでも外に出たい。
銀ちゃんの眼に映る自分を見るのが苦しい。
滑るようにして少しだけ後ろに下がった。

「何で逃げるの。」

下がったのがばれたのか、逆に銀ちゃんはそう言ってあたしとの距離を詰めてくる。
何でって、苦しいからだよ。
その眼に映っていた綺麗な女の人が見えてくる気がして怖いからだよ。

「な、何で近づいてくるの。」

1センチ進まれる度に1センチ退く。
距離的にはずっと同じだけれど、大きいと思っていたソファの端まで来た時、あたしはその場から本当に動けなくなってしまった。


「何でって。逃げるから。」

いつもの怠そうな表情で、覇気のない眼で、あたしを動けなくしてしまう。
魔法にでも掛けられたみたい。
バカだなあ、と自分でも思う。
立ち上がって、目を逸らして、走り出せばいいじゃないか。
でもそれだと、銀ちゃんから、自分の気持ちから、逃げることになりそうで出来なかった。
ソファの端に追い詰められて、身体を必死に反らすけど、銀ちゃんは容赦ない。
距離は刻一刻と狭まるばかり。




「ダメだってば!!!」

一瞬自分が何をしたのか分からなかった。
気づいた時には、あたしは手を前に突き出していた。
銀ちゃんを突き飛ばしてしまったのだと理解するのに時間がかかった。
突如、サイレンのけたたましい音が響く。
それは自分の中から聞こえるものなのか、どこかで鳴っているものなのか、判断するのにも時間がかかった。
暫くして、そのサイレンは外にいるパトカーが発する人工的な音であると理解する。
そうしているうちに、目の前が霞んできた。
目の前にいる銀ちゃんは、どんな顔してあたしを見ているのだろう。
わからない。
霞んでわからない。
銀ちゃんの心もわからない。



「……悪ィ。」



わからないよ。
どうして謝るの。

「は?なんで銀ちゃんが謝ってんの…?あたしもごめん。突き飛ばしちゃった。ははっ…。」
「泣いてんのにへらへら笑ってんじゃねーよ。どっちだよ。」
「笑ってるよ?泣いてないよ。ほら、見て?」
「泣いてるよバカヤロー。無理すんなって。」
「無理してないもん。笑ってるもん。笑って…る…。」
「ほら!泣いてんじゃん!」
「バカ。銀ちゃんのバカ。銀ちゃんのせいだからね。」

涙を流せば少しだけ気持ちが落ち着く気がした。
本当はもっと号泣したいけれど、これ以上心配されたくないし、我慢した。

「悪かったって。俺が悪かった。お前はなんも悪くない。な?」
「謝るの狡い。銀ちゃんはいつだって狡いよ…。あたし、銀ちゃんにあんな人がいたなんて…知らなかった…。」
「お前が知らないことの一つや二つそりゃあるだろーがよ。」
「でも、それでもっ。大事なことだし、旧友にはちゃんと話すべき内容だと、あたしは思う…。」
「ん?さっきからお前何の話してんの?」

着物の裾で涙をごしごし拭いていると、その手を止めて箱ティッシュを差し出しながら、銀ちゃんは何かに気づいたように、またあたしの手を止める。

「えーと、何の話って…その…女の人の話。」

空気が凍るとはこの事を言うのだと、この時初めて実感した。
銀ちゃんは何も言わなくなった。
どこまで思考を巡らせているのか、とても遠くまで飛んで行ってしまったように、動かなかった。
暫くして、凍った空気を叩き割るような笑い声が響いた。

「あーはっはっはっは!!!お前、俺に女ができたと勘違いしてたわけ?」
「…へっ!?かかか勘違い?」
大笑いされたことが妙に恥ずかしくて、顔が赤くなってしまう。

「俺に女なんかできるわけないでしょーが。」
「え、でも、あたし見たんだよ!とびきりの別嬪さんと並ぶ銀ちゃんを見たんだよ!」
「そんな別嬪な女なら尚更俺には不釣り合いだろーが。よーく考えてみろよ。俺に女ができると思うか?こんな平日の昼間にジャンプばっか読んで名前を泣かせるような男に女ができると思うか?」

あたしを泣かせる男、というところに少し引っ掛かりを覚えたが、平日の昼間にジャンプばっかり読む男には、女の人はいないように思った。
あたしは、首を横に振った。

「なら、安心しとけ。俺は……」

そこまで言うと銀ちゃんは箱ティッシュからティッシュを2、3枚取り出して、あたしの目と鼻から溢れる液体をやや乱暴に拭き取る。
されるがままにじっとして、銀ちゃんを見つめるとその口が開くのがわかった。



「名前以外見てねーから。」



そこから溢れた声だとは、到底考えにも及ばない。
だがしかし、それ以外にないのだ。
消去法でも、確かにそれは、銀ちゃんの口が紡いだ言葉。
やっとの思いで、あたしが理解するとまた涙が出てきていたのか、慌てて箱ティッシュを再び抱え込んだ銀ちゃんが見えた。


男心と秋の空



2015/10/10
銀さぁぁぁん!
誕生日おめでとう!
てことで、2015BD夢でした。
これからも銀さん大好きです!←

「男心と秋の空」
…現代では女心と秋の空ということわざが知られていますが、ことわざが出来た江戸時代の最初の方は、男心と秋の空だったそうです。
既婚女性の浮気は重罪だったことに対し、既婚男性の浮気には寛大だったため、男性の方が心が移ろいやすかったようです。


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