「なァ、なんか欲しいもんある?」

それはそれは唐突だった。

後ろ頭を掻きながら、その目は些か恥ずかしげに見えるのは、私の勘違いだろうか。
彼は、坂田銀時。お江戸はかぶき町で、頼まれれば何でもやると言う万事屋を営む、お酒とパチンコが大好きで万年金欠のちゃらんぽらん。世間的には、どうしようもない男。しかし、私にとっては誰が何と言おうが大切な人。
私が暫く何も答えないのを心配したのか、焦って彼は続ける。

「ほら、アレだろ。そろそろ、あの日じゃん。」

ああ。あの日か。
私にはすぐ合点がいった。
彼に出会う前の私にとって、特に大切な日でも無かったけれど、彼が祝ってくれるというのなら、それは瞬く間にとても大切な日になる。私は、唸った。嬉しい。彼の気持ちはとても嬉しいけれど、欲しいものなど特に無いのだ。でも、ここで“特に無い”と言ってしまえば、彼の気持ちを無下にすることになる気がして、私は悩んだ。
「……銀さん……?欲しいもの、今日一日考えてもいい?」

結果、曖昧な答えを出した。


その後、彼、もとい銀さんは、満足気に私のお願いを承諾してくれ、腹が減ったから団子屋に行くとのことで二人で外に出た。
何だか、久しぶりな気がする。こうやって、二人で並んで歩くのは。

「こないださ、新しくできたとこ知ってる?」
「……え?ううん、知らない。」
「そ。何かお洒落で可愛くて、これ団子か?っていう団子がショーケースに並んでやがんの。」
「へえ。まったく知らなかった。私は、団子に可愛さは求めてないので。」
「やっぱりな。いつものとこでいいよな。お名前は、老舗団子屋派って感じ。」

最後の言葉に、思わず笑ってしまった。おばあちゃんですか私は。

「よっ!銀さん!今日も暇そうだなァ。」

ふいに声のする方に意識を持っていかれた。朗らかな大声で銀さんに話し掛けたのは、すぐそこの魚屋さんの旦那。いつもお世話になっている魚屋さんだが、正直なところ私は少し苦手だ。
銀さんと二人で魚を買いに行っては、「ラブラブだねえ。」などと冷やかされ、一人で買いに行っても「今日は銀さんは?喧嘩でもしたの?」と、どちらにしろ、その興味津々な瞳に捕まる。

「うるせーな!俺ァ今お名前とデート中なの。邪魔すんな。」

魚屋の旦那、加えてかぶき町の人たちが、そういう言動を取るのは、今のような銀さんの発言が原因の一つだと、私も認めてはいるのだけれど。

「俺はそのお名前ちゃんを心配してんだよ?こんなちゃらんぽらんと付き合ってて大丈夫なのか、ってな。」
「何だとォ!もうここで魚買ってやんねーからな!」
「おお、おお。全然怖くねえ脅しだなァ。いつもお名前ちゃんがどこで買うか決めてんだろ?尻に敷かれてる銀さんが良く言うねえ。」
「んだと!?」

魚屋の旦那の挑発に物の見事に乗ってしまった銀さんは、旦那に掴みかかる勢いで行ってしまった。
こうなると、何だか銀さんを盗られてしまったような気がして、どうにも悔しい。
暫くして帰ってきた銀さんは、不貞腐れた少年のような顔で、また魚屋の旦那に悪態を吐きながら、私の前を歩く。私は、戻って来たことが嬉しくて、にやにやしながら後ろを付いて歩く。

「銀さん。決めた。」
「あー?」


そろそろあの日がやってくる。
私の生まれた日。誕生日。
本当は覚えてくれていただけで、それだけで嬉しいのだけれど。
貴方が私に何かをくれるというのなら、私は。

「銀さんと二人きりでいる時間が欲しい……です。」

死んだ魚のような目が、徐々に開いてゆき、やがて不器用に笑った。この下手くそな笑顔が、私は大好きだ。







その日、万事屋の電話が珍しく仕事をした。プルルルル、と突然鳴り出すものだから、私はびくりと肩を揺らす。銀さんは、少し面倒臭そうにしながらも電話の受話器を取った。
銀さんが電話越しの相手と話しているのをじっと見つめていると、嫌な予感がした。女の勘は良く当たる、というが、こういう時の私の勘は本当に良く当たる。銀さんのお墨付きだ。
電話の受話器を耳に当てながら、こちらを見る銀さんの目とかち合った。「参ったな。」と言う心の声が聞こえてくるようだった。私は、堪らず銀さんに近寄り、着物の袖をくいっと引いた。
「行っていいよ。」

小声すぎて、ちゃんと銀さんに伝わっただろうか、と不安になったが、その後すぐ「分かった。すぐ行く。」と受話器の向こうの相手に返事をしていたから、私は安心してソファに戻った。

「悪ィ。ちょっくら吉原に行ってくっから。」
「やっぱり。何か嫌な予感したんだよね。仕事?」
「ああ。すぐ片してすぐ戻ってくる。」
「うん……行ってらっしゃい。」

もしかしたら、このまま帰ってこないかもしれない、そんな風に思ってしまって、情けない。銀さんは強いんだから、何の仕事かなんて、言わないし聞かないから分からないけれど、きっとすぐ帰ってくる。
でも、嫌な予感は、的中する。
もう一つの嫌な予感は、どうか当たらないで、と強く願いながら、私は大きな背中を見送った。









銀さんが出て行ってから、数時間が経った。
電話も無いし、従業員の子どもたちと大きな犬も一緒に出払っているから、万事屋には一人きりで心細い。
気を紛らわそうと、料理をすることにした。この時間だと、恐らく夕飯になるだろうし、いくら私の誕生日だと言えども、銀さんに料理をさせるのは忍びない。本当は二人で並んで一緒に作りたかったのだけれど。
テーブルに並べてみたら、何だか物凄く哀しくなってきてしまったので、ラップを掛けてすべて冷蔵庫にしまった。ソファに腰掛けては、テレビを見ながら、時計をちらりと見る。時計が壊れてるんじゃないかと思うほど、何度見ても時間が進んでいかなかった。銀さんと居るとあっという間に時間が過ぎるのに。不思議だなぁ。秒針はちくちく進んでいるので、時計が壊れているわけではないと悟りながら、心に秒針がちくちく突き刺さっていく思いだった。
時計から逃れるように、私はまた台所に立った。今度は自分の誕生日に自分のケーキを作り始めた自分に、苦笑いが溢れる。
銀さんはああ見えて結構手先が器用で、それに加えて自身が甘いものが大好きなので、ケーキ作りなんかお茶の子さいさいだ。銀さんならもっと上手く作っただろうな。そんな少しの後悔と苛立ちを、誰にもぶつけられずに、私はケーキも冷蔵庫に仕舞い込んだ。

太陽が沈んだ。
もうそろそろ。そろそろだ。
そろそろ帰ってくるだろう。
それは淡い期待に終わった。
銀さんはそれから、夜が更けても帰ってこなかった。







「どうしたんだィ。酷い顔して。」

万事屋の下の階でスナックを営む彼女は、優しい皺をいくつも顔に刻んでいる。いつもの通り、優しく私を迎え入れてくれた。
「お登勢さん……。ちょっと、居てもいいかな……?」

煙草の煙を吐き出しながら、お登勢さんは優しく笑った。
「もちろんだよ。」

お客さんもまばらになってきた頃、もうそろそろ店を閉めてさて寝ようか、という時間帯のはずだ。快く迎え入れてくれたことが嬉しくて、らしくないのに甘えたくなる。
銀さんは、私の誕生日を忘れてしまったんだろうか。私は自分の誕生日なんかどうでもいいと思っていたはずなのに、銀さんが祝ってやるという雰囲気を出すから。こんなに浮かれてしまった自分が、心底憎い。
いやいや、仕事が思うようにいかなくて、悪戦苦闘しているのかもしれない。銀さんのことだから、あまつさえ傷だらけでへとへとになってそれでも誰かの為に闘っているのかもしれない。
その可能性だって十二分にあるのに、どうしても嫌な妄想ばかりが膨れてしょうがない。

「お登勢さん……っ、お店、閉めたら寝ていいから、あの、」
「ハイハイ。ここで待つんだろう。勝手にしな。」

ああ。お登勢さんはいつだって優しい。
その優しさに、さらに胸を締め付けられながら、私ははらはらと涙を流す。そうして、嫌な妄想を押し出して、目をぎゅっと閉じた。

少しの間、目を閉じていたつもり。
そのはずなのに、起き上がって扉の方を見れば、窓から光が差し込んでいた。
「ああ、朝か。」
私は、吸い込まれるように扉に近づき手を掛けた。


眩い太陽の光が目に刺さる。
すぐに慣れて恐る恐る目を開けると、太陽にも負けない綺麗な銀色のそれが目に入る。
すると、瞬く間に視界いっぱいに銀が広がった。

「ぎ、銀さん……?」
「ほんっとに、悪ィ。」

銀さんが私を力一杯抱き締めているのだと、寝起きの脳みそでようやく理解する。理解したところなのに、今度は銀さんがパッと離れて顔を覗き込んできた。
「すぐ、帰るって言ったのに、帰ってこれねェし、なんも連絡できねェし、誕生日も祝ってやれねェし……!おまけに、ご馳走もケーキも自分で作らせてるし……」

「銀さん?」
「帰ったらお前居ねェし、走り回ったよマジで。まさか下の階に居ると思わねェもんよ。けど、まあ、俺が悪ィからしょうがねーよなァ。」
「おかえり。」
「…………え?」
「だから……おかえり。」

本当にかぶき町中走り回ってたんだろう。額には汗が浮かび、顔は疲れきっていて、白地の着物は所々土が付いて汚れている。昨日の仕事で持って帰って来ただろう腕の傷も、小さいながら私の目についた。
誰だ。銀さんが私の誕生日を忘れてしまった、なんて、酷い妄想をしていた奴は。
私の大好きな下手くそな笑顔が、太陽より眩しくて、私は思わず目を細めた。


「一日遅れだけど、パーチーすっか。一日遅れだけど。」
「ふふふっ。気にしないよ。さすがにご馳走たちが腐っちゃったら怒るけど。」
「え、マジで?お名前が怒ると怖ェんだよなァ。うっ……何か寒気してきた。」
「大丈夫?パーチーおあずけでも私は全然いいんだよ?」
「……やっぱお名前怒ってね?怒ってるよね?」
「ふふっ。怒ってないてば。さ、帰ろ。すぐそこだけど。」

そう言って笑えば、またぎゅっと抱き締められた。銀さんの匂いが鼻腔をくすぐり、どうにも胸が苦しくて、嬉しくて、ぎゅっと抱き締め返した。
ご馳走もケーキもお祝いも、どうだっていい。

貴方がそばに居てくれるなら、いつだってそれが特別な日になるんだから。




いつだってこんなにも胸は苦しい

2018.5.29
Dear:紗葵様



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