目を覚ましたからと言って、すぐに起き上がれるわけじゃない。朝が弱いから本当は二度寝したい。いや、普段なら迷わず即刻二度寝を決め込むところだ。だが、今日は来客がある。俺が朝から来いと言った。確かに言った。だから、寝るに寝れない。のそり、とうつ伏せになってから肘と膝を曲げて無理矢理起き上がった。
頭を掻くと、いつもはボサボサのはずが寝癖があまりなかった。それどころか、髪質が少し違った。洗面台に立って、歯を磨いた。鏡を見てると、何かが違和感。
アレ?俺の顔ってこんなんだっけ?前髪って、V字だったっけ?……アレ?

「オイ!!!!万事屋!!!!」

そんな叫び声とともに玄関扉が開く音がして、廊下に出た。───そこには、なんと、俺が居た。

え。なんで?

確か前にも一度こんなことがあった。俺は冷静に寝惚け眼を擦りながら、もう一度洗面台に立ち鏡を見る。ああ、間違いない。これは、土方くんだ。俺はあいつで、あいつは俺だ。つまり、俺たちの中身が入れ替わっているということだ。昨日、たまたまお登勢のババアから逃げて走ってたら、土方くんにぶつかったんだっけ。入れ替わっちまったのは、恐らくその時だな。
冷静すぎて自分でも引いた。
玄関扉がまた開いた。
「おっはよー……う?」

「お、おう、おは」
「どうして土方さんが居るんですか?こんな朝から。」

土方くんに次いで万事屋にやって来たのは、お名前。彼女は勝手知ったる顔で玄関に草履を脱ぎ、廊下を進んできたと思えば、俺の前に立ち止まった。その顔は、不思議で仕方がないという表情をしている。小首を傾げる仕草もまた可愛いなぁ。なんつー顔をして、俺──身体は土方くん──を見てんだよ。つーか、普段から土方くんにもこんな可愛い顔見せてるってことか。

「い、いやあ。万事屋に用があってよ。」
「万事屋?銀ちゃんにってことですか?」

俺が鼻の下を伸ばしていると、お名前はくるりと身体を反転させて、今度は土方くん──身体は俺──の方へ歩み始めた。
「銀ちゃん。また何か悪いことでもしたの?」

土方くんを見上げるお名前の顔は、恐らく怒っている。怒ってはいるが、きっと可愛い。土方くんの鼻の下が伸びきっていた。いや顔は俺なんだけど。それがまあなんとも奇妙な光景で、むずむずした。

「な……なんもしてねェって!ほ、ほらお前もう帰れって。」
「はぁ!?何それ。今日遊びに来いって言ったの銀ちゃんじゃん!この間もそんなこと言って仕事に飛んでいったからって、今日はそのお詫びって!銀ちゃんが言ったんでしょ!?」
「俺はそいつと大事な話があんの。」
「はっ、私よりも土方さん?もしかしてそういうこと?……だったら土方さんとキャッキャッしてれば?」

身体が入れ替わったことを面倒だと思っているのは、土方くんだけじゃないんだよ。そりゃあ、俺だって早く元の身体に戻りたいよ。お名前とのんびりだらだら万事屋で寛いで癒されたいよ。なのに、土方くん何してくれちゃってんのさ。こんなんじゃ、俺がお名前に嫌われるじゃねェか。嫌われるどころか、俺と土方くんがなんか危ない仲みたいな勘違いしてるよこの子!勘違いされてるよ俺たち!いや、それよりもこの子の思考回路が心配だわ。危ないわ。このまま帰すのなんか心配。

「何言ってんだよ万事屋。話なら今さっき終わったとこだろ?なァ、お名前。こっちおいで?」
俺はお名前に手招きした。出来るだけ鼻の下が伸びないように、自然な笑顔を心掛けた。お名前は俺を不思議そうに見つめた。

「土方さん……?なんか、今日雰囲気違いますね。さっきは気づかなかったけど。」
「ええー?そーお?そうかなあ?」
「ほら、その喋り方とか。ねえ、銀ちゃん。」
「ん?んー。」

警戒して隣の土方くんに助けを求めるように見上げる黒い瞳。土方くんは曖昧な返事をするので精一杯らしい。
お名前は俺に一歩一歩近づいてくる。土方くんもその後ろからついて来た。

「土方さん。何か変な薬でも飲んだんですか?」
「いやいや、なんでそうなるの。俺はいつも通りだけど?いつもこんな感じだよ?なァ、万事屋?」
「あ?あーまあ、そうだな。」
「そうなの?銀ちゃんもなんか変なの。二日酔いか何か?ぼーっとしてるね。」
「や、やめろ!手離せよ!」

土方くん──身体は俺──の額にお名前の手が触れた。瞬間、土方くんは驚きと恥ずかしさでその手を振り払った。多分に恥ずかしさが9割を占めているだろうが。
熱でもあるのか?と心配するお名前に向かってそれは無いわ。
俺は、俺が嫌われるんじゃないか、ということよりも、お名前の心が心配になった。

「それはねーんじゃねェの。」
と、言おうとした。だが、止めた。
今の俺は俺じゃない。土方くんだ。
なら、ここで恰好つけて土方くんの株を上げるのは、何だか癪だ。だってそうだろ?きっと明日には元の身体に戻ってるんだから。俺は俺じゃない。土方くんだ。

「お名前。そんなことより、茶の一つくれェ出せねーのか。」

はい、とか、えー、とか、口を開閉しながら、土方くんの顔を2回見て、また俺を見てお名前は頭を下げた。
「す、すみません!すぐ淹れてきます!」







「お待たせしましたー」

その声も歩き方もえらく遠慮がちに見えた。
そりゃそうか。土方くんにいきなり怒られたと思ってんだもんな。

「おう。ちゃんと美味い茶淹れてきたんだろうな?」

「土方さんのお口に合うかどうかは分かりませんが、私は気に入ったお茶しか買いません。」

びびって何も言い返せないんじゃないかと思ったが、予想に反してお名前は俺の目をまっすぐ見て言い切った。
こういう所あるんだよな。肝が座っているというか、頑固というか。とにかく、瞳がとても綺麗だった。お名前に嫌なことをしているはずなのに、コイツときたらまったく嫌な顔をしない。寧ろ、この状況を楽しんでいるみたいだ。

くそ。何なんだよ。余計に好きになっちまう。
今の俺は俺じゃない。土方くんだ。だから、お名前を好きになっちゃいけない。好きになったら態度に出るだろ?そしたらバレるだろ。“土方くんのこと嫌いにさせよう大作戦”が失敗するだろ。
俺がお名前に嫌われようとすればするほど、お名前のことを好きになっていっちまう気がして、何だか滑稽だ。

「銀ちゃんはいつものね。はいどうぞ。」
「あ、ああ。さんきゅ。」

お名前はにこにこしながら、いちご牛乳の入ったコップを土方くんの前のテーブルに置いた。土方くんは複雑な顔でテーブルに置かれたそれを見つめた。やっぱり具合でも悪いのかとお名前が心配して、土方くんの隣に腰掛け、脚に手を置き顔を見上げた──頃くらいで、一発殴ってやろうか、と思った。でも、すんでのところで踏み止まる。


「不味い」

代わりに“土方くんのこと嫌いにさせよう大作戦”として、最低な土方くんを演じた。そうだな。最後の悪足掻きとでも言ってくれ。
それでもお名前は、謝るでも無く申し訳なさそうにするでも無く、不思議な顔をして笑った。

そんな笑顔を土方くんにも見せるなんて、許しませんよ。
元の身体に戻ったら一回言ってやろうか。




もし、俺があいつだったら君は、


2018.07.26
Dear:amam様




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