“キラキラ”と言うには少しお上品であろうか。
“キラキラ”よりは些か派手で、それこそ、“ギラギラ”が良く似合う、ここかぶき町の夜の街。
店々がずらり。多種多様なお店がひしめき合って、まさしくギラギラ光るネオン看板が、私の目を可笑しくしてしまう。

「いらっしゃいませ」

爽やかな笑顔を纏ったお店の人が出迎えてくれた。しかし、私の心はそれでも踊ることはない。私の心は、まだ彼の人だけに揺らめく。過去に囚われてそこから動けない。
動けるはずもない。
私は彼の人に、まだ心を奪われたままなのだから──。


店内は、表のネオン看板に負けず劣らず、ギラギラと光っていて一瞬怯んだ。お店の人に案内されて席に着く。ソファは思ったよりふかふかしていて、私が座るとボフッと鈍い音を立てた。このままソファに吸い込まれそうで怖くなって、私は慌てて浅く掛け直した。
綺麗な顔で美しく笑って、お酒を飲んで喋って、女性を幸せにする。ホストのイメージってそういうものだった。男の人に飢えている女の人が来るのがホストクラブ。
でも、私は男の人に飢えているのかと言われれば少し違うような気がする。

「何なのよもう!もう二度と来ないから!」

ふと、女性のキンキンする叫び声が耳に入った。入り口の方からだ。見ると、女性は結構ふくよかな体型をしており、身体に不釣り合いな小さい鞄を振り回して外へと消えて行った。黒服のボーイが謝りながら追いかけて行った。
一方で、ホストと思しき男性は後ろ頭をがしがし掻きながら入り口に背を向ける。
派手な濃い紫色のスーツに、グレーのシャツ、スーツと同じ色のネクタイ。銀色に輝く髪はワックスで前髪もろとも固められていて、なぜか胸元には一本の赤い薔薇が挿さっていた。
この状況を普通に考えたら、ホストの人が女性に無礼を働いて怒った女性が帰ってしまった、というところだろうか。

ぼんやり考えながら、そのホストさんを見ていると目が合った。私は思わず目を逸らした。不可抗力だ。しかし好奇心にはやっぱり負ける。横目でちらちらと見ていると、その人は支配人さんらしき人に怒られていた。
何だか、笑えた。笑えてしまった。鼻から息を出してから、そう言えば久しぶりに笑ったな、と思った。
近くに居た従業員の人を手招きした。“あの人”と指差す。私は、生まれて初めてのホストクラブで、生まれて初めて指名をした。



「どうもー」

その言葉の軽さは、私のホストのイメージそのものだった。
私が彼を目に留めた時には、もうすでに隣に腰掛けていた。
指名した相手に向かってその態度は、どうなのかな。いや、別にもっとへこへこして欲しい訳じゃあないけど。こういう媚びを売らない所がホストらしくなくて、私が彼を気に入った理由でもあるのだけれど。私以外の女性にもこの態度だと色々と問題が……ああ、そうか。

だから────
「怒られてましたね、さっき」

「え?ああ!見てたねお姉さん」
「見てましたよ」

一瞬目が合っただけで私のことを覚えていたとは考えにくかったけど、彼は思い出したように少しだけ目を大きく見開いて私を指差す。そのわざとらしさに、私は思わずまた笑ってしまった。本当に可笑しい。この人の前ではとても自然に笑えている。

「お姉さん、お名前は?」
「私はお名前です。貴方は?」
「銀時。銀さんでも銀ちゃんでも好きに呼んで」
「じゃあ銀さん?本名?」
「ああー。そうだったな、源氏名あるんだったなんだっけ?」
「ふはっ。知らないよ。何なの、さっきの女性を怒らせるのと言い、本名名乗っちゃうとこと言い……」
「俺、本業これじゃないからね」
「え、そうなの?」

運ばれてきたお酒のグラスをぶつけ合う。カン、と高めの音が鳴って、銀さんはぐびぐびとお酒を煽った。喉仏が動く様をじっと見てから、私もお酒に手をつける。美味しい。彼の人と別れてから、お酒は浴びるように飲んだはずなのに、何だか久しぶりに飲んだような気がした。

「ぷはーっ。美味しい!」
「美味いよな、ここの酒」
「ここの酒って、貴方仮にもここの従業員でしょ?お客さんみたいにお酒楽しんでる場合?」
「いいだろ別に。俺もこんな高級な酒滅多に飲めねェんだもん」
「ふははっ。そんなんだから、怒って帰っちゃうんだよ」
「誰が?」
「誰って……さっきのふくよかな体型した女の人」

思い出すと、キンキン煩い叫び声が、また頭の中で鳴り響いてきそうだ。
“振り回した小さい鞄が、手から滑って女性の顔にぶつかって余計に怒り、頭から火を噴く”という実際とは違う妄想をしてしまって、下を向いてバレないように少し笑った。
銀さんも笑っているのかなと思って、ちらと横を見ると不機嫌な顔をしていた。

え、なんで?
「どうしたの?」

「女ってどうしてこう、包み隠すのかねェ」
「……なんの話?」
「太ってる、って言やぁいいのに」
「……男ってどうしてこう、デリカシーがないのかなぁ。怒って帰った理由が分かった」
「知らねェよ。自分に自信が無いって言うから、太ってるからじゃね?って教えてやっただけだろーが」
「はっ………嘘でしょサイテー」

少しだけ、怒って帰った女性を馬鹿にしていた自分を叱った。
あの女性より、コイツの方がよっぽど嫌な奴じゃない。キンキン煩い叫び声も今なら許せる。
本業じゃないにしても、今はこれが仕事でしょうが。ちゃんとしなさいよ。客を怒らせて帰らせて。こちとらお金払ってんだよ。お金払ってまで癒されに来てんだよ。なんなんだよもう。
なんで、こんなに私怒ってるんだろう。
あの女性の味方になりたい?
この男を痛い目に合わせたい?

ううん。自分が信じた直感を間違ってると言われたくない。この人はきっと良い人だって、そう思った私を信じたい。
私はいつだって、私が一番大事なんだ。
かと言って、どうすればこの煮えきらない気持ちを消化できるのか、今の私には分からなかった。だから、太腿の上に置いた手をぎゅっと握った。強く握った。

「サイテーだろうが何だろうが、太ってても痩せてても乳が無くても爆乳でも、好きになってくれる人は居んだろ」
まるでそれが世の理とでも言うように、銀さんの口は自然に動く。
私は呆気にとられて、思わず身体の力が抜けた。握っていた掌の鈍い痛みだけが残った。

「……え?ちょっと言ってる意味が分からない」
「だから、なにも、太ってるから彼氏ができねーって言ってんじゃないでしょうが。自信が無いってことは、今の自分で満足出来てねェってことだろ?その原因がただ太ってるってだけで」

女の勘は当たると言う。私の勘の通り、この人はきっと良い人だけれど、それよりもずっともっと良い人だ。ただ、不器用で伝えるのが下手くそなだけ。
不憫だなぁ。
お酒を一気に煽る銀さんを横から眺めていれば、その喉仏が私を引き寄せるように動く。

「何見てんの。あんま見つめられると恥ずかしいんですけどー」
「……喉仏」
「あぁ?」
「ふっ、ふはっ!あははっ!銀さんってさ、いい男だねえ!」
「ハァ?今頃気付いたの?遅ェーよ」

お腹を抱えて笑った。いつ振りだろうか。
銀さんにおでこを小突かれた。指で弾かれたそこが、熱をもって全身に伝染していくように、身体中が熱かった。
可笑しいの。この人なら、彼の人を忘れさせてくれるんじゃないかって。この人と居れば、彼の人を忘れられるんじゃないかって。そんな淡くて滑稽な期待が生まれた。
初めて会ったのに、初めてじゃないみたいに。前からずっと知り合いだったみたいに。銀さんも下手くそに笑っていた。

「しかし笑いながら言われると信用なんねェなァ。」
「ん?じゃあどう言えばいいわけ?」

一通り笑い終えると唐突に銀さんが口を開いた。“いい男”発言が信用ならないらしい。明日は腹筋が筋肉痛かな、なんてことを思いながら、私はどうすれば信用されるのか尋ねてみた。
何故だかソファの上の二人の距離は最初の頃より近くなっていて、銀さんが私の肩に腕を回すと嫌でも身体が密着した。
肩にどっしりとした重み。触れ合う身体の熱。お酒の匂いと、多分これは銀さんの匂い。
思わず身を縮め目を瞑る。甘い声で名前を呼ばれて、ゆっくり目を開けると、耳元で空気が騒いだ。

「お名前ってさ、いい女だな」




過去に囚われるな、前ヲ向ケ



2018.7.30
Dear:ひるま様



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