夢と現実の狭間。
私は最も幸せな刻の中に居る。

意識は半ば起きているが、目は開けたくない。起きたくはないが、このまま深い眠りに入ってしまうのも勿体無いような。
そんなまどろみの中。

ふと、誰かに頭を撫でられている、そんな感覚がした。
ぼんやりとした意識の中で、それが誰なのか推測してみるが、見当がつかない。
私の頭を撫でているのは、誰なの。
だれ・・・?

「おい、起きろ。」
「・・・んっ・・・。い、いたっ!痛たたたたたたたっ!!」

急に頬に激痛。私は幸せなまどろみの中から現実に引きずり出され、慌てて目を開ける。

どうして、悪魔の子が眼前に居るの。私のさっきまでの幸せな刻を返して欲しい。どうして、この悪魔の子に睡眠を邪魔されなきゃならないの。何、何なの。泣きたい。頬っぺたを容赦無く抓られて、すこぶる痛い。
というか、起こし方雑。しかも、ここ私の布団。

「何すんですか!!」
「気持ち悪ィ顔して寝てたやつに言われたかねーやィ。」
「寝てる女子の布団に忍び入る人に言われたかありません!!」
「・・・・・・」
「な、なんですか。」
「お前、女子だったのかィ。」
「そこォォ!!?」

冷静になったら、さっきから普通に喋ってるけど、私も私だ。
沖田隊長と同じ布団に潜って、向かい合わせに顔を付き合わせているのに、どうして普通で居られるだろうか。
いや、目開けたら至近距離に沖田隊長の顔とか、ある意味幸せではあるけれど。
いや、顔を拝むだけならいいけど、目覚めから頬抓られたり貶されたりするのはご免こうむる。

「まだ私、頭が起きてないんですけど、ここ私の部屋ですよね。私の布団ですよね。それは間違いないですよね?」
「それが?」
「それが?じゃないですよ!めちゃくちゃ重要です!!ったく、もう・・・。とりあえず出ましょう。このままじゃ、」
「誰が出ていいっつった。」
「え・・・・・・・」

悪魔の子に捕まりました。

沖田隊長は、上半身を起こした私の右手首を掴んで、布団に引き戻した。どうしてこんなことをされなければいけないのか、私には毛頭分からない。このままじゃ、誰かに見られて変な噂を立てられても困るだろう、と思って、とりあえず布団から出るという至極当然のことを提案したのに。
もし変な噂を立てられでもしたら、沖田隊長の隠れファンの女中さんたちに何を言われるか。
この人は、そんな私の杞憂に気づいてくれはしない。いや、気づいていたとしても、逆に面白がってさらに追い討ちをかけるに決まっている。

「私が出ちゃ駄目なら、沖田隊長が出てくださいよ。暑い。」
「え?ムラムラしてきた?」
「誰がそんなこと言った。もう、本当に。ほら、今日の昼飯アレでしょ。天丼。私のエビ天あげますから!」
「えー。エビ天だけかよ。」
「はぁ?もう、じゃあ何天でもあげますよ。むしろ全天あげますから。」
「いらねェ。」
「私の全天あげるって言ってるのに?私、ご飯とつゆのみの侘しい食事で我慢しますって言ってるのに!?じゃあ私が沖田隊長の全天貰いますよ。いいんですか。」
「何それ。新手のプロポーズか何かですかィ。」
「違うわァァァ!!」

もう無茶苦茶だ。こういう言葉のやり取りで、沖田隊長に勝てた試しがない。埒があかない、というのは正にこの事だと思う。あたしはもうお手上げ状態で、実際にお手を上げるポーズまでしたいくらいだった。もう、あたしには“この部屋に誰も入って来ないで!”と祈り倒すしか道はない。
いやでも、誰も来ないのもそれはそれで身の危険が・・・。
やっぱ駄目だ。お手上げ。

「安心しなせェ。俺が誰も入らせやしません。」
「さりげなく心読まないでください。怖いです。」
「誰も心読んでやせん。お前ェの馬鹿面にお前ェの馬鹿な思考が映ってたんでさァ。」
「あ、さりげなく馬鹿って二回言った!」
「男は皆、独占欲というものを少なからず持ってるもんで。」
「今の無視ですか。独占欲がどうしたんですか、沖田隊長にもお有りで?」
「俺はそんな生易しいもんじゃねェけどな。どっちかってーと・・・支配欲?」
「支配欲?って、そんな悪魔の笑みで聞かないでください。」

この人はまったく何を考えているのやら。
支配、とかいう怖い単語を、その甘いマスクで辿らないで欲しい。
黙っていれば、好青年なのに。どうしてこうも、悪魔になってしまったの。

「つまり、どうしたいんですか。朝から女子の布団に忍び入ったりして。私じゃなかったら悲鳴の一つや二つ・・・いや、そのくらいじゃ済まないですよ、きっと。」
「馬鹿のクセに分かってんじゃねェかィ。お前じゃなきゃ駄目なんでィ。」

あ、出たよ。この天然口説き。
悪魔じゃなきゃ、今のセリフ絶対悶えるところだよ。セリフ言いながら、ギュって抱きしめて貰って、た、隊長・・・って頬染めるところだよ!でも、目の前に居るの悪魔の子だからね!
「それは、私だったら悲鳴を上げないだろうから、沖田隊長にとって好都合ってことですね。何ですか。そんなに溜まってんですか。朝からお盛んなこと。」
「俺をからかってんのかィ。名前のくせに生意気でさァ。」
「あら、違うんですか。なら、何です?」
「そんなの面白ェからに決まってんだろィ。」

当然のごとく、真顔で言ってのけたけど、全っ然理由になってないからね!
面白いから、ってなに!?
絶対、この人は私のことを遊び道具としか思ってない。
そんな人に、そんな人に・・・
少しでもときめいてしまっている私がいる。
私の馬鹿!私の馬鹿!

「はぁ・・・、もう分かりましたから、そんなつぶらな瞳で見つめないでください。恥ずかしい。」
「やっぱりお前、俺のこと好きなんじゃねェかィ。」
「すっ、好きじゃありません!誰だって、こんな至近距離、恥ずかしいでしょ!」
「なんでィ。そんなに顔赤くして必死に拒絶されると諦めつかねェでさァ。もっと嫌な顔しろィ。」

沖田隊長のことは、嫌いじゃない。確かに、至近距離でこうやって喋ってるだけで心臓が煩いし、そのつぶらな瞳で見つめられると、どうしても目を逸らしてしまう。顔は言われなくても、熱いのは自分でも分かる。
でも、これが好きかどうかなんて、分からない。

「沖田隊長には、ファンがいっぱいいるんですよ?どうして、私なんか・・・」

沖田隊長は、私のことを好きだと言ってくれる。私はどうしたらいいのか、正直よく分からない。私がイエスと答えれば、恋人同士の関係になれるのだろう、とは思うけれど、そう考えた時に、この関係が壊れると思ってしまうと、どうしようもなく怖い。
「何回も言いますけど、私じゃなくても、いいじゃないですか。」

恐る恐る目線を沖田隊長に合わせると、呆れたような顔が私を見下ろす。そして、伸びてきた手。もちろん、抱きしめられることもなく、その手は私の頬を思いっきり抓る。

「痛たたたたっ!いひゃいいひゃい!」
「馬鹿なんですかィ、アンタ。どうして、なんか俺にも分かりゃしません。ですがね、お前じゃなきゃ駄目かどうかは俺が決めることでさァ。」
「は、離してください・・痛い・・・」
「俺は、名前じゃなきゃ、何にも楽しくねェんでィ。」

ずるい。ずるいずるいずるいずるい。こんな時に限って、名前で呼ぶなんて。
胸が苦しい。悪魔の子らしく、もっと悪魔の眼をしてくださいよ。
沖田隊長は、私の頬を抓る手を弱めない。弱めないまま、その眼はまっすぐに私を捉えて離さない。至近距離の沖田隊長の顔が、さらに少しずつ少しずつ近づいてくる。気のせいなのかどうかは分からなかった。
怖くなって目をぎゅっと瞑った瞬間に、抓られていた頬が解放されて、頭に何かが乗せられた感覚がしたからだ。
目を開けると、沖田隊長の至近距離の顔。今朝まどろみの中で、誰かに頭を撫でられていた感覚が思い出される。あれは、この人だったのだ。きっと、夢なんかじゃない。悪魔の子なんかじゃなく、沖田隊長が。

「お、きた、隊長・・・?」
「お前今、チューされると思って目閉じただろィ。」
「なっ!それはっ!・・・思ってません!」
「嘘吐くの下手ですねィ。顔が真っ赤でさァ。やっぱり名前は俺のこと好きだろィ」
「えっ!?す、す・・・えぇ!?何ですかこれ。」
「チューしてやろうか。」
「それだけは駄目です!!」
「なんでィ、他はいいのか。」
「だだだ駄目です!!」



「名前。」
「なんですか。」
「世界で一番愛してまさァ。」
「ギャーッ!!駄目っ!駄目です!そんな殺傷能力高いセリフ吐かないでください!!」





悪魔の囁き、甘い愛



2017.6.2
沖田隊長に振り回されながら、これはきっと恋だと気付き始める。


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