「沖田たいちょー」
「なんでィ」
「怖いです。」
「は?」

泣く子も黙る江戸の警察組織、真選組。その斬り込み隊である一番隊の隊長、沖田総悟。沖田の部下の名前。彼らは今、攘夷志士らが潜伏していると思しき謎の地下街を歩いていた。
名前は、男所帯である真選組の紅一点と呼ばれる唯一の女隊士。黙っていればスタイル良し、顔良しの可愛らしい少女である。そんな彼女が何故、血生臭い一番隊の隊士に就いているのか、というと、彼女が戦が好きだからに他ならない。
実際に一番近くで名前の戦いぶりを見てきた沖田は、名前の先ほどの発言、「怖い」を鵜呑みにするわけもなかった。
怖いもの無しの顔をして、いつも戦場を突っ走って行くこの女が、「怖い」という感情を持ち合わせているもんか、と、沖田は隣を歩く自分より背の低い女を眼だけで見た。
「おい。怖いって冗談よしなせェ。どうせ真顔だろ。お前、いつも真顔で敵斬りまくってんじゃねーかィ。」

「怖いです。沖田たいちょー。ちょ、ねぇ、手繋いでいいですか?」
「はァ?」

名前は真顔ではなく、珍しく眉尻を下げて、びくびくしている。眼もあっちを向いたりこっちを向いたり忙しなく動いていて、実に彼女らしくない。沖田と一緒だからまだ歩けているという感じだ。戦場以外では、惚けていたり少し抜けていたりする彼女であるので、笑ったり怒ったりするのは日常的に見るが、怯えているのは沖田も初めて見る。
戦場での冷徹さの欠片も無いな、と沖田は思いながら、少し面白くなって、からかってやることにした。
「嫌だね。お前ェと手繋ぐなんてごめんでさァ。今朝トイレの後、手洗ってねーだろィ。」

「え!!なんで知ってるんですか!?怖い。怖いです。たいちょー怖いです。」
「いや、お前の方が怖ェ。」
「いやアレね!急いでたんですよ。土方コノヤローに呼び出しくらって、でも尿意には逆らえないでしょ。それで先にトイレ行っとこ、と思って。でも、土方コノヤローが叫んでやがるんですよ。慌ててトイレから出たんですよ。てことで、土方コノヤローのせいです。」
「いや、土方コノヤローのせいにしたところで、お前の不潔さは変わらねェでさァ。」
「嘘!嘘ですからァァァ!!!私清潔ですからァ!!お願いしますぅ!!私もう一人じゃ生きてけないの!!」

沖田の前まで来て、立ちはだかり懇願する名前。そんな彼女らしくない顔と発言に対し、沖田は根本的なことに疑問を抱いていなかったことに気づく。
「そういやあ、お前は何にそんなに怯えてんでィ?」

敵がこの地下街のどこに潜伏しているか解らない状況に、か。
沖田と二人だけで今から斬り込みに行くことに、か。
いや、この女に関してそれはない。断じてそんなことで怯えるような女ではない。
「敵がどこに隠れていようと斬っちゃえば同じ」と、この任務を近藤局長から任された時にへらっと言っていたし、「たいちょーと一緒ならどこに喧嘩売っても無敵ですね!」と、馬鹿面下げて言っていたこともあるし。
何より、戦場での名前の戦いぶりを見ている沖田には、名前の怯えている対象がよく解らないでいた。

「何に、って・・・。怖くないですかここ。地下街ですよ?怖くないですか、地下って。太陽も月の光も届かないし、密閉空間で、なんか息苦しいっていうか・・・。怖くないですか?」
「・・・お前、閉所恐怖症か?初耳でさァ。」
「へ、へい・・・?何ですかそれ?」
「いや、気にすんな。俺が悪かった。」

名前には少々難しい言葉だったようで、頭にハテナを浮かべてしまった彼女の肩を、沖田は哀れな眼をしながら軽く叩いた。未だ眉尻を下げたままの名前は、本当にもう沖田しか頼れる人がいないのだ、という小動物のような表情で、沖田を見てくる。こんな表情もできるのか、と変に場違いなことを思いながら、「そういやあ、こいつ結局手洗ったのか洗ってねェのかどっちだったっけ?」とまたどうでもいいことに考えを巡らせ、周りを見てみると飲食店が並んでいることに気づいた。
飲食店ならきっとトイレが標準設置されているだろうし、手洗い場もあるはずである。

「おい。そんなに俺と手繋ぎてェ、ってんなら、まずは手洗ってきなせェ。」

沖田がある一つのボロ屋根の飲食店に目線をやると、こう見えても勘のいい名前は、その飲食店で手を洗えということか、と合点がいったようで、嬉しそうな顔をして店へ駆けて行った。

「旦那、悪ィがこいつに厠貸してやってくれ。」
「おー、珍しく客が来たもんだ。右奥だ、嬢ちゃん。」

店の店主は、ボロい店の雰囲気と、どこかよく似た薄汚れた衣裳を纏った、よぼよぼ手前のじいさんだった。白い口髭が立派に蓄えられている。

「珍しい、ってあんま繁盛してねェのかィこの店。」
「あぁ。ここ最近じゃあ、あんまり客が入らなくてね。同業者が減っちまってやり甲斐も無くなって、仕方ねぇや。」

名前が右奥の方へそそくさと消えていった後で、店の中が店主一人しか居ないことに気づいた。沖田は、この街を支配している攘夷集団の話を探るつもりで、店主に話しかける。

「この街は攘夷志士に占拠されてるって聞きやしたが、それの影響かィ。」
「アンタら・・・帯刀してるが何者だ。」
「俺らはただの趣味の悪いカップルてとこでさァ。その攘夷志士の連中に二人で喧嘩売りに来てんだ。潜伏してる場所知らねェかィ。」
「アンタ・・・。知ってるには知ってるが。お勧めはできねぇぜ。」

そう言って店主は、ゆっくり口を開くと、この地下街が攘夷集団に占拠された成り行きや、最近の街の住人の重苦を沖田に話してくれた。攘夷集団が潜伏している立派な屋敷が、この道筋をまっすぐ行ったところにあるらしい、ということも聞かせてくれた。

「沖田たいちょー。手洗いました!」
「おー。遅かったじゃねーかィ。」
「用も足してきました!」
「手洗ってから用足したんじゃねーだろうな。もっぺん洗ってこい馬鹿。」
「ちゃんと、用足す前と用足した後、二回洗いましたからァ!!手繋いでください、お願いしますぅ!!」

名前が戻ってきたところで、早速店を出て攘夷集団の潜伏先を目指す。沖田は仕方がないから名前と手を繋いでやった。

「ねぇ、沖田たいちょー。私たちもしかして恋人に見えますかね?ね?こうやって歩いてる方が今日は私服だし、自然じゃないですか?」
「アァ、そうだなぁ。」

二人は、敵のアジトに乗り込む為、直前までできるだけ警察だとバレないように私服を纏っていた。二人とも帯刀しているし、名前に至っては女物のミニ丈の着物に長刀を差しているのだから、よく見れば不自然極まりないのだけれど。真選組の黒い制服姿よりはマシだと思った結果、私服に帯刀という形に落ち着いていた。
私服だし、異性と手を繋いでいるし、何だか非番のように和やかな空気間に、沖田は少しだけ緊張を緩めた。名前を見ると、いつもの馬鹿面を下げて嬉しそうに笑っている。緊張の欠片もない顔を見ていると、本当に今日は非番で任務を与えられたのも夢だったんじゃないか、と思えてくるが、飲食店のじいさんが言っていた通り、屋敷が見えてきた。

「ここ、ですか・・・」

突然立ち止まった沖田の纏う空気が急に変わったことに、緊張を覚えた名前が呟いた。沖田も緊張感を高め、それから、名前の手を一度強く握ってその手を離した。屋敷には立派な門があり、その奥には見えないが人の居る気配も確かにあった。
沖田は、久しぶりの戦に身震いして口角を上げる。名前は、さっきまでの表情が嘘のように真顔になる。
二人は、門扉をそれぞれの刀で斬り倒した。


中に足を踏み入れると、二人が想像していた通り、数名の侍が外に出ており、慌てて剣を抜く様が見れた。攘夷志士と見てまず間違いないだろう。じきに、屋敷の中からも仲間が出てくるに違いない。

「名前。さっさと終わらせて、さっきの旦那のとこで飯食って帰りやしょうや。」
「わーい。じゃ、沢山斬った方が奢られるってことで。」
「そりゃあいい。敵は50人つったっけ?25以上殺れば勝ちってことか。」
「楽勝ですね。ちなみに土方コノヤローに連絡しといてくださいよ。後片付けは面倒なんで。」
「馬鹿。突入してから言うな。ちなみにもう連絡済みでィ。お前が厠行ってる間に電話入れときやした。」

お互いにニヤリと笑い合うのを合図に、二人は駆け出す。沖田は名前の、名前は沖田の背中を護りながら、お互いより敵を多く斬ることも頭に置いて、屋敷の中へ進んでゆく。
沖田は名前をちらりと見ると、いつもの真顔で剣を振っていた。流れる川のように滑らかに、一太刀一太刀に無駄がなく、細い腕で自分よりも一回り二回りも大きい敵を斬り倒してゆく姿は、まるで舞を踊っているようにしなやかだ。
「たいちょーと一緒ならどこに喧嘩売っても無敵ですね!」と、いつか彼女が言っていた言葉が、脳裏に浮かんできて、本当にその通りなのでは、と馬鹿なことを考えてしまい、沖田は一人小さく笑った。

「沖田たいちょー!」

お互いの背後の敵を剣で刺したと同時に、名前が突然叫ぶものだから、沖田はもしかして笑ったのがバレたのかと、なぜか名前を見直した。ちょうど自身の胸の位置ほどにある名前の頭を見下ろすと、そういえば、と彼女は顔を上げる。

「今日はたいちょーのお誕生日ですね!おめでとうございます!!」

戦場に咲く花のように、名前の笑顔はとても美しかった。
またすぐ真顔に戻って、敵を斬りに行く姿を沖田は一人名残惜しげに暫く見つめてから、苦笑を漏らす。

「なんでィ。反則だろィ、このタイミング。」




ふたり揃えば無敵



2017.7.8
Happy Birthday!!
総悟くん、ドSな貴方の毒舌と優しさ大好きです。


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