「なんで、土方なんでィ。」

私を睨んでいるのか。それとも、見つめているのか。何にせよ、その眼に吸い込まれそうになって、ついぞ身体に力が入ってしまう。


愛されたいのは全人類



私が土方さんのことを好きなのは、真選組内でもっぱらの噂だった。本人にも話が回ってしまうほどだった。だから告白した時、土方さんはあまり驚く素振りを見せず、しかし一言きっぱりと「すまねェ」と私を振った。
初めは“ああ、やっぱり”と思った。この人には昔から心に決めた人が居て、その人が亡くなった今でもずっと、その人を想って焦がれているのだ。そんな、遠い人に私が勝てるはずもない。勝つつもりも無かったのかもしれない。すんなりと、土方さんの返事を受け止めてしまった自分が何だか情けなかった。情けなくて、やるせなくて、恥ずかしくて、とてつもなく虚しくて、泣きたくなった。でも、土方さんの前でなんて到底泣けなくて、私は我慢した。我慢しながら自室まで走った。自分の部屋で、一人で、声を殺して泣こうと思った。

なのに、自室の前には一人ぽつんと人が佇んでいて、ボロボロの私を見て、冒頭の台詞を吐くのだ。
「なんで、土方なんでィ。」と。

どうして。こいつが。私の部屋の前で。まったく、こんなんじゃ、自室へ入れやしないじゃないか。それどころか、このままでは此処で、総悟の目の前で涙腺が崩壊してしまう。

「……どいてよ。」

声が震えているのが自分でもよく分かって、余計に泣きそうになってしまう。それでもぐっと堪えて総悟を睨む。しかし、彼は屁でもないという風にいつもの飄々とした顔で私を見る。睨んでいるのか、見つめているのか、よく分からない顔をしていた。

「俺にしときゃあ、良かったものを。」

私がどうしようか考えあぐねていると、総悟は諭すように言う。彼らしくない優しい声音。慰めに来たのでもない。貶しに来たのでもない。そんな彼は一体、私に何をしに来たというのだろうか。
例に漏れず、総悟も私の土方さんへの気持ちを知っていたはずだ。けれど、彼は数日前に、私に「好きだ」と告げた。今のように、よく感情の読めない顔をして、私を見て、それから、「それだけだ」と言った。だから私は、それでもう終わったものだと思い込んでいた。総悟は私の気持ちを知っていて、それでも自分の気持ちを吐露した。それだけのことだ。そう思っていた。

「俺だって、それだけで終わらせるつもりだったんでィ。」

まるで私の心を読んでいるかのように、目線を逸らしてそう呟いた。私は拘束されていた身体を急に解放されたかのように、息を吐く。総悟は下を向いていて、やっぱり感情が読めない。

「お前がアイツのことを好きなのは知ってたし。だが、アイツにも大事な人が居るのを俺は知ってた。」
「…………私が振られるって分かってたわけだ。」
「まあ、天地がひっくり返りでもしなけりゃあ、あり得ねェだろうなとは思ってたよ。」
「どれだけ確率低いのよ。それ、宝くじ当てるのより厳しいじゃない。」
「だから、お前が振られて、泣きたくなって、部屋まで戻って来て、一人で声を殺して泣く様を、見届けてやろうかと」

そう思って今ここに居るのだ、と彼は言う。なんとまあ、天性のサディストらしく横暴な物言いだ。私は唇をきゅっと結んだ。悲しみや自分への情けなさに、目の前の彼への怒りをプラスして、掻き回したような、そんな心の中。感情がよく分からなくなってしまった。
けれども、泣きたいのは変わらない。悲しみも怒りも紙一重だ。

何かを言い返したいのに、適切な言葉が浮かばない。もう嫌になる。こんな時まで真面目な性格が邪魔をしてしまう。適切な、じゃなくていいのに。何でもいいから、むしろ、言葉じゃなくてもいいから。投げつけて、追い払って。そうしてしまえれば、どれほど楽だろう。

「泣け。耳塞いどいてやるから。」

泣けと言われなくても、もう私の涙腺は限界だった。ぽろぽろと零れ落ちる、というよりは、ぼたぼたと流れ落ちる、に近い涙が出てきた。もう嫌だ。嫌だ嫌だ。総悟の前で泣くなんて。人前で泣くなんて。嫌だ嫌だ、と思ったら、余計に涙が溢れてきて、どうしようもなくなって、目の前に近づいてきた総悟の胸に顔を埋めた。彼は、私の頭を閉じ込めるように腕を回してくれた。いかんせん、力が強すぎて頭が少しだけ痛いのが難点だったが、妙に安心感はあった。

耳を塞ぐ、って、総悟のじゃなくて私の耳か。
なんて、思ったのも一瞬だけで、私は縋り付くように総悟の背中に腕を回した。


「俺だって、泣きてーや。」


もうすでに泣いてるのか、と思うほどに、切ない声で呟くものだから、どうしても無視できなかった。私は、総悟の背中に回した腕に力を込めた。

「いいよ、泣いても。」

ここまでくれば、もう自分から出る情けない声にも、開き直りが勝ってしまう。もうどうにでもなれ。明日になれば、また普通に笑ってられる。数日経てば、また土方さんとも普通に話せる。少しだけ空いた穴を、日々少しずつ少しずつ埋めていきながら、今まで通りやっていける。だから、私は今はもう、開き直ってしまえ、と思った。

「男が女の前で泣けたら、楽だろうねィ。」
「女扱いしてくれたことないくせに。」
「今してんじゃねーか。」
「ふはっ、本当だ。でも、ちょっと痛い……」
「うるせー、喋んな。ちょっとは黙ってろ。」

横暴な物言いをしながらも、ほんの少しだけ弱まった腕の力に、彼の優しさを垣間見た気がして、なんだかむず痒い。
普段は優しさの欠片も無い態度でいながら、こんな時だけ優しさを見せるなんて、狡い。

「総悟。」
「なんでィ。」
「…………ありがと」
「惚れた女の為なら、これくらいどうってことねェや。」

泣きすぎてぼうっとする頭の片隅で、総悟の言葉が反芻される。
らしくない素直な愛の言葉が、どうにもむず痒くて、嬉しくて、また泣いた。






2019.01.28

←BACK

ALICE+