屯所内はやけに静かだ。
その異変に気付いたのは、今日目覚めてから部屋に沖田隊長がいてびっくりして、女子らしからぬ声を上げてしまって、沖田隊長に何か話しかけられてそれから、嵐のように去って行った後だ。
あれ?
そういや、隊長は何て言ってらしたんだっけ?



プレゼントにリボンはいらない


『名前。今日が何の日か分かってんでしょうねィ。』

あ。そうだ。
これだこれ。
あまりにも寝起き早々の突拍子もない言葉に、え。としか答えられなかった。
今冷静になって考えてみれば分かるだろうか、と思ったのだがやはり思い当たる節がない。
大体、寝ている女子の部屋に平気で入り込んできてそんなこと言われたって、あたしじゃなければ泣き叫んで通報してるぞ。
あれ、警察ここだっけ。
世も末だな、おい。
どうなってんのよ、警察。
あ、あたしも警察だった。
ああ。朝から嫌んなる。

「それにしても……屯所が…変だ。」

女の勘は当たるというものだ。
男所帯の中で生活していて、女らしさというものは欠片ほどしか残ってはいないが、こういう勘はまだまだ鈍ってはいないと自負する。

絶対に何かあったに違いない。

おはようございます、の声も掛からなければ、剣道場からの竹刀の音も一切ないし、足音すら自分以外のものが聞こえて来ない。
鳥の囀りだけが朝の空気を揺らしている。

「とりあえず、沖田隊長を探してみるか。」
そう思い至る。
沖田隊長の朝一の言葉。
あれが気にかかる。
もしかしたら、この静けさも沖田隊長が何か仕組んだのではないだろうか。
でも、一体そこまでして何がしたいのか。
兎にも角にも、沖田隊長に話を聞かなければ。
このもやもやしたものは消えそうにない。

「しかし、やけに静かですねィ。」
「ホントに。みんなどうしちゃったんだろう。…………ん?うぎゃあああああ!!!」

腰掛けていた縁側から立ち上がり、沖田隊長を探しに行こうとしたらすでに隣にいらっしゃった。
どうやら気配を消して近づいてきたらしい。

「また可愛げのねェ声出しやがって。ちったァ色っぽい声出せねェんですかィ。」
「煩い!余計なお世話です!ってこのやり取り今日2回目ですけど。」
「てことは寝起きに言ったこと覚えてるんですねィ?名前のことだから寝惚けて忘れてんじゃねェかと思って。」
「それでもう一度言いに来たってわけですか。馬鹿にしないでください。これでも貴方の補佐役やってるんですから。そろそろあたしのこと信用してもらえません?」
「ヤダね。」
「……あたしが、女だからですか?」

直属の上司である沖田隊長をギロリと睨みつける。
あたしは女だ。
でも、女だから、と差別されるのは気にくわない。
それが隊長であろうと何であろうと。
しかし、この人は何を考えてるか分からないような顔をしたまま。
予想外の言葉を発した。


「いや……。からかうの面白ェから。」

「な……。なんだそれェェェ!!ただのサディストじゃん。あたしはただの遊び道具ですかァ!?」
「叫ぶんじゃねーや。鼓膜潰れちまいやす。」

指で耳栓をする沖田隊長。
そんな隊長の仕草が少し可愛いと思ってしまうのは、あたしの感覚が狂っているのでしょうか。
そうだ、そうに違いない。
あたしはこのサディストの王子様にズタズタに遊ばれて正常な感覚を失っているんだ。
ああ、そう考えるとなんて恐ろしい存在。

「名前。また変な妄想してやがんな。」
「こ、こ、こっち来んなァァァ!」
「なんでィ。悲壮感丸出しの顔して……。ソソらせんじゃねーやィ。」
「いやァァァ!!ソソるって何!?ソソるって何ィ!!?」
「ソソる、も知らねェんですかィ。これだから、俺の補佐も務まらねーんでさァ。」
「ソソるは分かりますよォォ!!てか、補佐役の基準そこ!?」

そうやってふざけている内にも、あたしとの間合いを詰めてくる沖田隊長。
彼が一歩進む度にあたしは一歩下がるのだけど、どうにも足の長さの違いからか間は狭まってきているように感じる。
いや、気のせいではない。
先ほどより沖田隊長の整った顔が大きくなっているのは明らかで、それが彼より背の低いあたしに覆い被さるように迫ってくる。

「たっ、たたたたた、隊長!いくら屯所内が静かだからって、誰もいないとは限らないじゃないですか!職場で、こんな、誰かに見られでもしたら…」
「したら?何だってーんでィ」
「へ、変な誤解されちゃいますよ!」

端正な顔を近距離で見ていられるほど、補佐役に就いてから月日は経っていないのだ。
まだ耐性がついていない。
あたしは手で必死に顔をガードして、隊長に説得を試みる。
すると、隊長は『ふーん』と至極どうでも良さげに見せかけて、とても満足そうに離れていった。

助かった、と思った。

あたしが愚かでした。


「ここにはもう誰もいませんぜ?」

「え。いないんですか。誰も?」

そんなことがあって溜まるかァァァ!
警察、何やってんの!?
あ、それともみんな何?
女のあたしに内緒で極秘任務ですかァ!?
超ムカつくんですけどォォ!!

「そ、それは、その、アレですか?アレっていうのはつまり、その、あたしらだけ置いてかれたの?」
「何言ってんでィ。あいつらを外へ追いやったってところでさァ。」

黒い笑顔が見えます。
ああ、もう訳がわからない。
頭が追いつかないのですが、ここにはあたしと沖田隊長以外いないってことだけ分かります。
他のみんなは無事なんだろうか。
生きていることだけ祈ります。
ああ、神様。
それだけは祈らせて。
今まで神様なんか信じないとか言ってごめんなさい。

黒い笑顔を纏ったまま、沖田隊長はあたしにこう言います。

「で?今日が何の日かわからねーんですかィ?」
「そ、そんなこと…」
この混乱している頭で考えれるわけがない。

わかりますよねィ?
と沖田隊長は間合いをまた詰めてくる。

「今日は何日ですかィ?」
「え、えと、7月…8日?」
「名前の大好きな?」
「へ?だ、大好きな?」
「沖田隊長の?」
「お、おおお、沖田隊長の?」


あ。
そうか。
7月8日。
沖田隊長のお誕生日。
大切な隊長のお誕生日だ。
そんな大事な日を忘れていたなんて。
そりゃ黒い笑顔も見えるか。

「「おたんじょーび。」」

沖田隊長とあたしの声が重なった。
考え方が似ているのか、こういうことは幾度となくあったのに、なんでだろう。
ドキドキする。
心臓ばくばくしてる。
破裂しそう。

あ。

そうか。
脳みそが回転不足で気づかなかったけれど、今あたしは沖田隊長に抱き締められているんだ。
これは夢なんだろうか。
今日目覚めた時からずっと夢なんだろうか。
きっと、そう。
だって、沖田隊長がそんなことするわけ、ない。

「今日はあいつら全員追いやったんで、名前は俺のもんでさァ。」

お誕生日に彼女が自らの身体にリボン巻きつけて、『あたしがプレゼントだよ』とか語尾にハート付けて言ってるのテレビかなんかで見たことがある。
それ状態ってことで、よろしいでしょうか?
もうあたしの脳みそダメだ。
使い物にならん。

いや。
待って。
く、首が、ぐ、ぐるじい…。
ホントに、使い物に、ならなく、なる…。

「大好きな沖田隊長の誕生日を忘れてた罰でさァ。」
「ギ、ギ、ギブ…!!た、たい、ちょー…だ、大好き、ですから…!!は、はな…」
「よーく言えやした。今年はその言葉がプレゼントってことで許してあげまさァ。」

一気に解放された首。
そこに流し込むように新鮮な空気を目一杯吸い込んだ。
どこまでも、沖田隊長はあたしの恐怖でしかない。
しかし、お誕生日にプレゼントを欲しがるあたりは小さな子どものように可愛らしいと思うのだ。
これを本人に言うと、また首を絞められかねないので、断固口にはしないけれど。

とりあえず、屯所内にみんなが戻ってくるのを祈るばかりです。

あ、あと、大好きはあながち嘘でもないですよ。
これも当分言えませんが。


*おまけ*

後日聞いた、沖田隊長のお誕生日前日のお話。


───「近藤さん。明日何の日か分かってますかィ?」
「え?どうした総悟。あ!そうか、分かったぞ。アレだろ。総悟の誕生日!」
「よく覚えてやすねェ。逆に気持ち悪いでさァ。」
「えェェェ!!誕生日覚えてた人に対して酷くない!?」
「プレゼントいらねェんで。これ、あげるんで明日屯所内の野郎全員連れてどっか行ってきてくだせェ。」
「え!何コレ!!スナックすまいるのお酒飲み放題券!!!?嘘!!何コレ!!」
「商店街のくじ引きで当たったんでさァ。あ、あと、女中のおばちゃんたちも野郎共がいないんじゃ仕事もねぇだろうから、全員休みにしてくださいねィ。」
「よォし!!誕生日の総悟の頼みなら仕方ないな!!俺に任せろ!!おーい野郎共!!!明日は全員で日帰り温泉旅行だァァ!!!」

ーーーいやいやいや。
こんなかっこ悪い『俺に任せろ』聞いたことありませんけど。
屯所内に誰もいなかったのは、近藤さんの気持ち悪いくらいのお妙さん好きのせいだったのでした。

局長。
あたしが言うことではないかもしれませんが、もう少ししっかりしてくださいよ。

まあ、みんな生きてたし、お陰で沖田隊長と少し親密になれた気がするので、後で局長室に和菓子でも持って行こう。

それにしても温泉旅行って狡い気がする。
今度は沖田隊長もあたしも連れてってもらおうっと。



2015/7/8
総悟くんお誕生日おめでとう!
ドSな隊長に苛められる隊長補佐のお話でした。
同じヒロインで何個かまた書きたいですねー

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