こちらこそ。


汗臭くて、暑い。
男だらけで、むさ苦しい。
そんな場所で初めて出会った。


「なにぼーっとしてんでィ。」
「ぎゃっ!」

真選組屯所。
道場へ入る扉の傍ら。
そこにあたしは三角座りをして、他の隊士たちの稽古を眺めていた。

「可愛くねぇ顔。」
「顔かーい!」

あたしの顔を覗き込むように自らの顔をいきなり近づけたそいつは、隣に胡座を掻いてどかっと座り込んだ。
沖田総悟。
今しがた、あたしが考えを巡らせていた当の本人である。

「あと、声も。」
「声だけにしてよ」
「それはこっちの台詞でさァ」
「はァ!?それどういう意味。可愛くないのは声だけにしろってか。」

あたしは、剣道場の娘で幼い頃から竹刀を振ってきた。
ぶんぶん振り回して、気づけば剣道場に通う男の子たちの誰よりも強くなっていた。
『アイツはやべえ』、と弱い男どもがひそひそ話しているのを何度も聞いた。

剣を振り回して、挙句、あたしより強い人を探しに江戸に1人で出てきた。
しかし、思ったように事は進まない。
仕事もろくに見つからず、食っていけないもう帰ろう、とそこまで思い至った。
そんな時、目に留まったのがここ真選組の隊士募集広告。
その一枚の紙切れにあたしは救われた。
今こうやってぼーっとできるのも紙切れのお陰。

「なんでィ。名前らしくねーな。いつもぼーっとしてるけど何も考えてねー顔してるってのに。」
「え、あたし今考えてる顔してた?」
「年頃の女みたいな顔しやがって。ここ何処だと思ってんでィ。道場ですぜ。」
「え?ただぼーっとしてただけだって。」
「嘘吐きなせェ。分かりやすいんでィ。顔に出やすいわ、嘘吐くの下手だわ。ホント女ですかィ、アンタ。」

一見すると、セクハラかパワハラ辺りに間違えられるかもしれない。
しかし、こいつとあたしの関係は、それを『ふんっ』と弾き飛ばし合えてしまうような、そんな肩の凝らない居心地のいい関係なのだ。
時々、本当にいらっとくる時はあるけど。
まあ、次の日には忘れてるから。
やっぱ女じゃないのかな、あたし。
あは…あははは…はは。

「…あー!なんか美味いもん食べたい!」
「いきなりなんでィ。」
「ねえ総悟、奢って!一応あたしの上司でしょ。」
「一度たりともアンタから隊長という言葉聞いたことありやせんが…」
「総悟隊長!!今言った!お願い!」

じと目で睨まれている。
その目から一瞬でも逸らしたらダメだと言われてしまいそうで、必死にガン見した。
手と手を合わせて顔の前にやって、お願いします、のポーズを取りながら。

「…よし、分かりやした。いくら名前といえども、部下の頼みでさァ。俺と一戦やってお前が勝ったら奢ってやるよ。」
「え!ほんと!?ほんとにいいの!?」
「俺と一戦、ってとこには触れねェのかィ。おう。焼肉でも寿司でも好きなもん好きなだけ食わしてやらァ。」
「上等。」



ーー名前は男の子に生まれてくるべきだったのかもね。

生前の父はあたしにそう言った。
あたしが剣道を好きなことを十分に理解してくれていたからこその言葉だったことは、今になって重々わかる。
当時はそれをわからずに『あたしは女だよ、なんでそんなこと言うの!?』と家を飛び出したのだ。
そして、知らぬ間に父は死んだ。
肺をやられていたらしい。
あたしにはそれを一切知らせず、安らかに息を引き取り、あたしがその知らせを受けたのは、父があの世へ逝ってしまってから3日後だった。
近所のおばさんからの手紙で知った。
母はあたしが幼い時に亡くなっていたし、父には近所のおばさんしか頼る人がいなかったのかもしれない。
全てをその近所のおばさんに託したのだ。

剣道を教えてくれた父に今は凄く感謝してる。
あたしが今真選組で働けているのは、剣道のお陰。
女の子らしくなく、剣を振り回してたお陰。
その全部が全部、父のお陰。

だって、今凄く幸せだもん。


「考え事してると、すぐやられちまうぜ。」
「はっ!やれるもんならやってみなさいよ!」

真選組随一の剣の使い手、1番隊隊長の沖田総悟。
そして、新入りで初の女隊士、名前。
両者が剣を交える所なんて、そうそう見れるもんじゃない。
知らぬ間に渦を巻くように取り巻きができた。
最も、あたしたちには観客が居ようが居まいがまったく関係ない。

目の前にいる相手より先に、殺る。

これは、あたしが習ってきた父の剣道とは少し違うのだけれど、真選組に入ったからには、殺るか殺られるか、それだけだから、と総悟から教わった、命懸けの勝負。
ルールはない。
己のルールを破らなければ何をしてもいいのだそうだ。

たまに、総悟と遊び感覚で剣を振るいながら、彼から命懸けの勝負を教わった。
簡単に言ってしまえば、今のあたしの剣は総悟に教わったも同然なのだ。
今からやる勝負は、いつもの遊びじゃない。
総悟の目が、あたしにそう伝える。

「殺るか、殺られるか…!」

あたしは木刀を構える。
構え方は父に教わった昔からのもの。
まっすぐに相手を睨みつけ、一瞬の隙を窺う。

「久しぶりにうずうずしてらァ。」
「あたしも。」
「来ねーなら、こっちから行きやすぜ!」

瞬きの時間、一瞬。
本当に一瞬。
目の前に飛び出してきた総悟は、容赦なく頭を狙ってきた。
あたしはすんでの所で受け止める。
あの細い腕のどこからこんな力が出るのか不思議なほどの圧力だった。
まるで遊びで剣を振ってた時とは別人のようだ。
呻き声が自然と漏れる。
両手で何とか弾き飛ばす。
間合いを取って、今度はこっちから…。

乾いた簡素な音が道場に響き渡る。
カン!カン!
カン!カン!
あたしが総悟に斬りかかれば、それを総悟が受け止める。
逆も然り。
総悟の剣もあたしには見える。
ちゃんと受け取れる。
あとは、どうやって隙を見つけそこに突き刺すか。

「総悟っ!!あたしっ、アンタには感謝してるの!」
「くっ!何言い出すんでィ!」
「本当に!これだけはっ!冗談なんかじゃないの!」

話している間にも、両者の動きは止まない。
総悟は相変わらず強い剣撃を打ってくるし、そのひとつひとつを必死に受け止めて、あたしは息を切らしながら話しかける。
総悟に、感謝している。
こんなにもすっと言葉が出てきたことに、これは本音なのかどうか自分でもよく分からなくなる。
でも、本当なんだよ。
剣を教えてくれたのもそうだし、女だからといって手を抜くなんてこと、してくれないところも全部全部。


あれ。
どこ…?

「ここでさァ。」

一瞬、総悟を見失った。
声が聞こえて、振り向いたときには遅く、地球がひっくり返ったように目の前がくるくる回る。
気づけば視界には天井が。
背中には床が。
顔のすぐ横には総悟の木刀が。
あたしの右頬を掠めとったらしい。
少しずきりと痛む。

「へっ。まだまだだねィ。」
「……はっ、はっ、はっ…。負けました。」
「えらく潔いじゃねーかィ。ほらよ。」

息を整えるのもままならない内に、総悟が手を差し出す。
あたしは少し間を置いてからそれを受け取る。
ぐいっと引かれて、身体が浮く。
普段はまったく感じないけれど、こういう時に、総悟は男であたしは女なんだ、と時々思う。
少し気まずくなって、素早く手を離す。
総悟の顔を見れない。
道場の床をじっと見つめていると、総悟はあたしに言った。

「たまに女らしい顔すんじゃねーや。」
「え…。」

唐突の言葉に驚いてしまってふいに顔を上げれば、珍しくその頬を赤らめているドSがいた。
女のあたしでもたまに嫉妬してしまうくらいの、酷く綺麗な顔が赤らんで、より一層綺麗な気がした。

ねえ、総悟。
アンタと初めて会ったのはこの道場なんだよ。
覚えてる?
覚えてないよね。

今日みたいに、あたしがぼーっと座ってたらアンタのその綺麗な顔がいきなり現れて、俺と勝負しやしょう、っていきなり言われて。
『女だからって手抜かねーぜ』
総悟が言ったその言葉が凄く胸に響いた。

「ありがとう。」
「ん?」
「手抜かないでくれて。」
「バカ言いなせェ。手抜いたら殺られちまう。いろんな意味でな」
「いろんな意味?んー。よく分からないけど、ありがとう。」

手を差し出せば、握り返してくれた。
普段はまったく素直じゃないのに、こういう時は素直になるんだから。

「こちらこそ」
「え?」
「俺ァ、名前の勝負が終わった時の顔、好きですぜ」

顔が熱くなるのがわかる。
素直じゃない彼から、そんな言葉を聞けるとは思いもしなかったから。
あたしの脳の中で、総悟の言葉が反芻される。
何度も何度も。
自分の意思とは関係なく、響き渡って脳から離れない。
言い返してやりたい。
なのに言い返せない。
固まってしまって身体が言うことをきかない。

すぐそこまで来てるのに、喉に引っかかったまんまその言葉はあたしの中に留まる。
仕方がないので、総悟の言葉を無理やり塞いで、あたしの言葉を脳みそで唱える。


あたしも好きだよ。





2015/8/27
恋愛要素なくね?と途中まで書き進めて怖くなって、無理やり最後で落としました(笑)
総悟最近すごく好きです。
あの綺麗な顔を近づけられたら、鼻血出てしまいそう(笑)

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