今日、風邪を引きました。
昨夜の飲み会終わり、喉に何かが引っかかったような違和感。
今日の朝には喉が腫れてました。
そして、鼻水。
かんでもかんでも出てくるわ出てくるわ。
気を抜いていると、鼻垂れ小僧さながらに間抜けになってしまいます。
慌てて、また鼻をかみました。
私はどうしてまた厄介なことになってしまったと、今日の始めから憂鬱でありました。



空気の贈り物


とりあえず何か食べて市販の薬を飲もうと思い至りました。
部屋の襖を開けて、廊下をぱたぱた歩いていると前方に人影が。
これはこれは、栗色の髪の毛をした可愛らしいお顔のサディスティック王子様ではありませんか。
私は挨拶をしてみました。
喉に何かが引っかかってあまり上手く喋れません。

「おはようございます…」
「ありゃ、随分元気なこって。」

皮肉を言われました。
総悟くんはいつもこうです。

「これのどこが…。完全に風邪を引きました。移してしまったらごめんなさい。」
「名前の風邪は誰に移されたんでィ。昨晩誰とヤったんだ。土方か?山崎か?近藤さんか?白状しなせェ。」

今度はからかわれました。

「まだ昨日の酔いが覚めてないんですか?今からお味噌汁作りますから、飲んで覚ましてくださいね。」
「ばか言ってんじゃねーや。俺ァ正気でさァ。朝風呂入ってさっぱりしてきたとこでィ。」

あれ、そうだ。
いつもなら、お風呂上がりには総悟くんが愛用しているらしいシャンプーのいい香りがするはずなのに。
全く気付きませんでした。
風邪というものはまったく煩わしいものです。
私は、これ以上彼のペースに引き込まれるのが怖くなって、話をシャンプーにすり替えました。

「総悟くん、シャンプー何使ってるんですか?いつも髪の毛さらさらだし、この匂い好きです。今日はちょっと鼻が詰まってるので分かりませんが。」
「名前は何使ってるんでィ。」
「あれ?私の質問は無視ですか?酷いですね。泣いちゃいますよ。」
「泣いてくれんのかィ、俺のために。至福だなぁ。このまま死んでも本望だなぁ。」

総悟くんは棒読みで、仕返しをしてきます。
彼の仕返しは、それはもう倍返しならぬ10倍返しくらいの勢いで、良いように言えば負け嫌いなのでしょうが、しつこい、と言ってしまえばそれまでのこと。
私は、しつこさに負けて、いつも総悟くんのペースに落ちてしまいます。

「名前、味噌汁飲みてー。精力つくやつ作ってくれや。」
「そうですね。私も風邪ひいてるので元気になるの作りますね。」




「うんめーっ。名前ってやっぱ料理うめェよな。」
そう言って、お味噌汁をごくごく飲む総悟くんは、いつもの捻くれた大人の皮を剥いで、子どものように素直に喜んでくれます。

「一応女中始めて2年目ですからね。これで下手だったらへこみます。」
食べてる時が1番可愛いな、と彼に言ったら怒られてしまうようなことを思いながら、私は台所の片付けを終えました。

「名前もこっち来て早く飲みなせェ。」

手招きする仕草は、微笑ましすぎてつい頬が緩んでしまいます。
ふと、自分の鼻の中から垂れてくるものに気を取られました。
テーブルの上に置いてあった可愛い柄の箱ティッシュを見つけ、私はすぐさま鼻をかんだのですが、総悟くんが隣にいるのを忘れていました。
横目で見ると、彼は此方を凝視していて、何ともまあ表情の読み取れない真顔と言うに相応しい顔で固まっています。

私はさて、困りました。

別に男の人の前で鼻をかむという行為は、私の中では恥ずかしくも何ともなかったのですが、もしかしたら、端ない行為なのか、汚いと思われたのか、はたまた女中として隊士の方々に失礼にあたるのか、ぐるりぐるりと思考を巡らせました。
行き着いた先は、不透明な答えでしたが、何も言わないのも心地が悪く、私は咄嗟に「ごめんなさい」と呟いてしまっていました。

「何が?」
「えっ…と、これ。嫌でした、よね?」
「…いや、別に。気にしませんぜ。ただ…」

そこで、区切って総悟くんはお味噌汁に手をつけました。
ズズッと勢いよく啜ってゴクッと飲み込むと、此方を見てこう言います。

「無防備な顔だなぁって。」

それは、どういう意味だろうとまたぐるりぐるりと深く考え込まずにはいられませんでした。
ただ気づいたことは、私は総悟くんの隣であるから無防備でいられるのだな、ということでした。

いつも何気なく側に寄ってくる空気みたいな存在が、総悟くんであることにこの時初めて気がついたのです。
そして、その瞬間から空気みたいな存在が物凄く大きいものに変化してしまったように、私に重くのし掛かってきたのです。
私は、味噌汁をズズッと啜り、ゴクッと飲み込みました。

「…美味しい…。」
「鼻水垂れてんぞ。」
「えっ!うそ!?」
「嘘でさァ。」

慌ててティッシュを取り出して、鼻を覆うと嘘だと言われました。
総悟くんは、どこまでもからかうのが好きなようです。

「もう…やめてくださいよ。」
「名前。風邪明日には治しなせェ。」
「え?明日ですか?」
「明日非番なんで、どっか連れてってやらァ。」
「それ、は……」

デート、と捉えてよろしいですか?



今日風邪を引きました。
私はどうしてまた厄介なことになってしまったと、今日の始めから憂鬱でありました。

しかし、私は風邪を治す特効薬を見つけたのです。
私は垂れてきた鼻水をかみながら、目の前にいる彼の頬がほんのり紅く染まっていることに気づきました。
自分の頬も熱くなってしまいそうで、慌ててまた鼻をかみました。




2015/10/22
総悟くんでほのぼのでした。(笑)
総悟くんの子供らしさと大人びたのがない交ぜになった、あのなんとも言えない雰囲気が堪らなく好きです。

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