「あっれ〜!?」

真選組屯所。
先日、名前は初手柄を獲った。
かぶき町に潜伏する過激派攘夷浪士集団の一つを一斉検挙したのだ。
まあ、実際にアジトに乗り込んだのは名前一人だけではないし、本人は一人の手柄ではないと思っているのだけれど、彼女が個人的に怪しいと睨んでいた場所がそいつらの隠れ蓑だったということで、“お前の手柄だ”とゴリラ局長が褒めて下さったのだ。
初の手柄、と半分お世辞のようだとも思ったけれど、素直に喜んで今日の宴会を思う存分楽しんでやろう、と。
名前はそう思ってお酒を浴びるように飲んでいた。


「あっれ〜!?あれれあれれ??あれあれあれ??おっっっかしーなぁー。あたしの目が節穴なのかなぁ?」
「なんですかィ。鬱陶しいな。名前姐さんにこんなに酒飲ませたの一体どこの誰でィ。」
「総悟くんやーい。お酒飲んでないのぉ〜?」
「矛盾してやしませんかィ。いつもは未成年はお酒は飲んじゃダメ、とか風紀委員みたいに言ってくるくせに。」

ビールに焼酎に日本酒に。
両手にお酒を抱えて、ちょこっと座り込む。
それを長炬燵の上にドンッと置いて名前はニンマリと、それはもう緩みきった顔を総悟に向けた。

「こういう時くらい、いいの!宴会よ!?え、ん、か、い!!わかる?え、ん、か、い!!」
「宴会は分かったからもうそろそろそのくらいにしときなせェ。名前姐さん、酒弱ェんだから。」

総悟が心配するのは、無理もない。
名前は、酒が弱いくせにこういうお祝い事とか何か特別な席となると、普段気が張ってる分緩むのか、どうにも酒が止まらなくなる。
そうして、このようにでろんでろんに酔っ払って何かとやらかしては、翌日後悔して落ち込む、というのがお約束のパターン。
落ち込んだ名前を励ます役が、ここ最近はもっぱら総悟ということもあって、総悟としては酒をこれ以上飲ませたくなかった。
それに何よりも、他の隊士たちにこんな名前の姿を見せたくはなかった。
男衆の中のたった一人の女隊士で、それに加えて容姿も性格も申し分ない名前を、他の隊士たちが放っておくはずがなく、こんなに隙だらけの状態をあえて狙っている下衆い大人たちがここには大勢いるのだ。
そんなヤツらに名前は渡せない。

「ねぇ、聞いてんですかィ。名前姐さん。どんだけ落ち込んだって、俺ァ幾らでも慰めてやりやすんで構やしねェが、姐さんが他の男に取られんのだけは御免だ。」
「んん?何取られんのぉ?」
「ナニ取られて堪るかってェ話ですよ。」

まるで、話を聞いていない。
というより、頭が回っていない。
素面ならきっと、驚いて少し顔が赤くなって…、いや、それよりもまず総悟が胸の内をさらっと明かすはずがないのだが。
名前が酔っているのを承知の上での言葉なのだろう。

名前の後方ずっと向こう側では、ゴリラ局長の裸踊りが今まさに始まろうとしていた。
名前がいくら酔っ払っていて今日の記憶なんか米粒ほどしか無くなったって、これだけは見せたくない。
総悟は、騒がしい向こう側に負けずに、名前の興味をこちら側に向け続けなければならないと思った。

「名前姐さん。最近噂になってんですが、土方コノヤローと寝たって本当ですかィ。」

真選組屯所内ならず、江戸のディープな処でももっぱらの噂だった。
真選組副長の土方と、唯一の女隊士名前がお酒の勢いで寝たらしい。
そういう噂が、広まっていた。
というのは、誰の仕業かと言うと実はこの男。
沖田総悟の仕業なのだが、土方が相手であればよっぽどの男でない限り名前に近寄ってこないだろうという、何とも彼らしいと言えば彼らしい思惑だった。
“土方と寝たのかィ”と一言呟けば、ムキになって否定する名前が、酷く面白かったというのもある。

「んんん?土方さんと寝たって?」
「そうです、アンタが。」
「ええー!!あたしが?あたしはいつも一人で寝てますよぉ。子どもじゃないもーん。」
「一人で寝て寂しくねェんですかィ。」
「んん〜?あれれぇ?総悟くんは寂しいのかなぁ〜?」
「寂しいんで今夜は名前姐さん、一緒に寝てくだせェよ。」
「総悟の頼みなら仕方ないなぁ。その前に……お酒飲もうか、ね!」

口説き文句も、酔っ払いの手に掛かればこんなもんだ。
そんな一筋縄ではいかないところも、総悟は面白いと思ってしまう。
名前は、長炬燵の上に置かれたお猪口を一つ手に取り、総悟に手渡すとお酒を注いだ。
おそらく、日本酒を注いでいるつもりなのだろうが、生憎それはビール。
小さいお猪口にビールの泡は収まらず、たちまち溢れ出してゆくのだが、注いでいる当の本人はそれにさえ気づいていない始末。
床にぽたぽた溢れてゆくビールを布巾で拭きながら、総悟は目の前の酔っ払いの手を優しく止めてビールの泡を少しずつ啜る。

「苦ェ…、よくこんなもん飲んでやすねィ。」
「あはははは!総悟にはまだ早いか!…あれ?総悟って何歳だっけ?」
「まだ10代。」
「……あぁぁ!!お酒ダメじゃん!!まあでもいっかぁ。宴会だもんねぇ。飲んじゃえ飲んじゃえ!」

まだ10代の未成年に酒を勧め、自らも酒を浴びるように飲むと名前はぱたりと、それはもう突然に床に倒れ込んだ。
総悟は目をぱちくりさせて、倒れ込んだ名前を暫く眺める。
ピクリとも動かない。
声を掛けた。
反応は僅かに唸り声が聞こえるだけ。
しかし、死んではいないと確認することができる。
総悟は、安心して短く溜息を吐き出すとその隣に並ぶようにして寝転んだ。
うつ伏せて顔だけ横を向いている名前と対になるようにして、顔は名前へと向ける。

「名前姐さんやーい。寝たんですかィ。」
「んん……。そ、…ご…。」
「先に寝ちゃうなんて俺ァ寂しいなぁ。寂しすぎて死んじゃうなぁ。」
「…だ、め……。」
「何がダメなんでさァ。」
「んんっ…。」
「吐息が妙にヤラシイな。」

この無防備な顔も、妙にヤラシイ吐息も今日は自分だけのモノだ。
なんて、総悟は優越感にも似た悦びを感じて、口角を上げる。
幸いと言うべきか、ゴリラ局長の裸踊りがヒートアップしてきて、周りの連中は皆、それに夢中になっていた。

「こんな可愛い顔を他の連中に見られて堪るかってんでィ…。」
「んー……。」
「姐さんは安心して寝ててくだせェ。ちゃんと朝になったら起こしてあげますんで。」

まさにお母さんのように、背中をポンポンと叩く総悟。
彼らしくもない姿に、見る者は驚愕するだろうが、生憎今は誰も見ていない。
唯一目の前には名前がいるが、スヤスヤと寝息を立て始めていた。

たった一人の女隊士だからと言って、甘えたりせず、逆になめられたくないといつも無理をして。
女らしく何かと気を遣うし、かと思えば男っぽく男よりもどっしりと構えていて。
だけど、酒を飲むといつも気が張ってる分おかしくなる。
そんな彼女がいつの日か、酒を飲まなくても気が休める相手と出会ってくれたらいい。
自分はそれの傍観者でもいい。
独占欲の強い総悟らしくもない考え。


「…けど、それまでは隣に居させてくだせェ。」

スヤスヤと寝息を立てる名前には、ぽつりと呟いた総悟の本音は届くはずもない。
それでもいい。
横でスヤスヤ寝ていてくれるだけでいい。
ただひたすらに、幸せを願う。

総悟は名前に顔を近づけると、お酒が回って赤くなったその頬に、そっと口づけを落とす。


「名前姐さん…おやすみなせェ。」



おやすみ、大好きな人。



2016/6/9
※お酒は20歳になってから。

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