「明日の討ち入り、怖くねェんですかィ。」


此処は真選組屯所。
唯一の女隊士、名前を迎え入れてから、初めての討ち入りを明日に控えた午後。
その女隊士は、むしゃむしゃと親子丼を掻き込みながら、周りの隊士どもと喋ってはへらへら笑っていた。
そこにずかずかと寄って来て、名前に話し掛けるは沖田総悟。
そして、冒頭の質問を投げかけるのだった。

「どうしたの。総悟。」
「どうしたの、じゃねェだろィ。へらへらへらへらしやがって。」
「ん?何のことを言いたいのかなぁ?てか、みんなどっか行っちゃったじゃん。今お話盛り上がってた所だったのにぃ〜」
「ああ。そうかィ。」

頬を膨らませる名前に対して、隣の総悟は至極どうでもよさげに名前の隣にどかっと腰を下ろして親子丼を頬張る。
総悟が名前に好意があるということは、屯所内の誰もが知っていると言っても過言ではないほど周知されている。その総悟が男どもに囲まれる名前を見て寄って来たと思えば、どやされるかバズーカをぶっ込まれるかどちらかに違いない。実際にそういう同志を見て来ている男どもは、あっという間に他所へ引き上げてしまった。

「総悟が来たらみんな何で逃げるんだろうねぇ。」
「腹黒女が。分かってて聞いてんだろィ。」
「あははっ。腹黒って、総悟にだけは言われたくないなぁ。ところで・・・何だっけ?」
「アァ?何って何でィ?」
「此処に来る時、何か言ってなかった?」
「あぁ。もう気にすんな。話し掛ける相手間違った。」

今度は名前が至極どうでもよさげに「ふーん」と喉を鳴らした。そうして、親子丼をまた掻き込む。箸休めにお茶を飲み込むと、横目で隣に座る同志を盗み見た。
「総悟くん総悟くん。」

「・・・・・・。」
「総悟くーん。ねえってば、聞こえてる?」

へらへら笑っていた名前が相当気に食わなかったのか。
総悟は親子丼を一心に貪る。
「名前を呼ばれたって、横腹を抓られたって、髪を引っ張られたって返事をしてやるもんか。」と、総悟の決意は固い。
実際に名前が横腹を抓ってきても、髪を引っ張ってきても、気にせず親子丼を口に運ぶ。

「もう。なによう。総悟なんか急いで食べて喉詰まらせればいいのよ。」
「ンッ・・・!むごッ・・・!」
「へっ!!?うそ!!?ごめん!!」

無視され続けるのが気に食わなかったのか、名前は仕返しとばかりに悪態を吐く。が、本当にその通りになってしまっては焦る他ない。自分の何気ない一言のせいで同志を死なせたとなっては、後味が悪いに違いないのだ。名前は、トントンと隣の背中を慌てて叩いた。自分のお茶を手に取り、総悟の前に差し出し、どうにか喉に詰まった物を流そうとした。
その様は必死の形相、とも言えた。
そんな姿に笑みを浮かべるは、喉を詰まらせ死にかけているであろう当の本人。

「ぶわははははッ!!おもしれェ。なんつーツラしてんでィ。」
「へ・・・?」

まさに石。石のように固まった名前は、ほんの数秒で状況を察する。
目の前の喉を詰まらせて死にかけている男は、本当は死にかけてなど、ましてや喉を詰まらせてもいなかったのだ。
この男はきっと「騙される方が悪いんでさァ。」などと平然とした顔で見下すだろう。そう言われて仕舞えばそれまでなのだろうが、こんなに心配してやったのに、この仕打ちはあまりに腹立たしい。

「ばっっっっっっっっかやろーーーー!!!!もー口きかない!!きいてやるもんか!!絶対にきかない!!もう死ぬまできかない!!総悟のばか!!」
「おお、おお。うるせぇ豚だなァ。」
「何平然とした顔してんの!?あたしのせいで死ぬかと思ったのよ!?」
「俺がそんなことくれェで死ぬかよ。つーか、口きいてんじゃねェか。」
「うるさっ、・・・」
「何途中から平然を装って親子丼食ってんでィ。あんなにギャアギャア喚いてたヤツが!」
「痛っ!!」
「オメェが俺に楯突こうなんて100年早ェんだよ。」
「何様!?」
「俺様でさァ。」
「上手くない!なんかムカつく!」
「うるせー。そろそろ静かにしてくれやせんかね?観客たちが集まってきてしょうがねェや。」

屯所の食堂は、いつも何かとガヤガヤ騒がしいが、こんなに騒がしいのも珍しい、と他の隊士たちや女中たちも遠巻きに二人の行く末を見守っていた。総悟が名前の頭を叩くのは見慣れているとはいえ、やはり皆一様に顔を歪めた。どれも、痛そうという率直な感情と、名前が心配だという気持ちと、素直じゃない総悟がもっと素直になれば良いのに、というモヤモヤしたものからなる顔だった。

「誰のせいだと思ってるのよぉ。総悟が元はと言えば悪いんでしょう。」
「俺のせいかィ?いや、名前が悪いねェ、へらへらへらへら笑ってやがるから。」
「へらへらしてちゃいけないの?局中法度にそんなこと書いてありましたっけ?」
「うるせぇ。八方美人な面して誰にでも媚び売る女に腹が立ったんでィ。」
「別に媚び売ってるつもりないんだけど。なに?もしかしてヤキモチ?」
「はァ!?どういう思考回路したらそうなるんでィ!ばっかじゃねェですかィ。」
「いひゃい、いひゃい、離してっ!」

総悟は名前の頬を思いっきり抓る。ぱっと手を離すと、親子丼の残りを全部胃の中に掻き込んだ。ハムスターのように頬を膨らませ、もぐもぐ咀嚼するその頬は心なしか赤い。
名前もそんな総悟を見て、何故か顔を赤らめるとぼそりと何やら呟く。
「・・・ないよ」

「あ?なんか言ったか?」
「何も言ってない」
「そーかィ、そんなにもっかい頬抓られてーのか」
「え!いっ、何か言いましたっ!」
「だからなんでィ。」

少しだけ苛々している総悟に、これ以上反抗するとどうなるか。名前にはそれが目に見えるくらいに想像できてしまう。
名前は、バツが悪そうに自分の膝辺りを見て、それから総悟を見て、またすぐ目線を落とした。「・・・こ、怖くないよ、って。明日の討ち入り、怖くないよ、って言ったの・・・!」

恐る恐るまた目線を上げれば、少しだけ驚いたような顔があった。それが名前には凄く意外で、何だかとても恥ずかしくなってきて、また目を逸らしたくなる。けれどそれを必死に我慢して総悟の言葉を待っていると、片腕が伸びてきたので、また頬を抓られるんじゃないかと目を瞑ってしまった。

「気に入りやした。お前には明日の討ち入り、俺の背中護らせてやりやすよ。」
「えっ、と・・・」
「死ぬ気で護れよ。」

ふいに頭上に感じた温もり。名前が目を開けると大方信じがたい光景が広がっていた。
なんと総悟が、あの総悟が、名前の頭をぽんぽんとそれはもう幼な子をあやすようにしているのだ。
けれど、先ほどの言葉だ。
横暴で自分勝手で無茶苦茶。総悟らしいと言えばらしいけれど、と名前は思う。頭の上の手はもうすでに離れていて、あれは錯覚だったのかも、とも思う。総悟はすっと立ち上がり親子丼の空の器を持って流し台の方へ向かって行く。名前は、声を掛けることも躊躇われて、ただ呆然と総悟の背中を見つめた。
すると、その背中を予想外にもくるりと回転させた総悟は、大方誰にも想像できない言葉を名前に言い残すのだった。



「その代わり、名前の背中は俺が死んでも護ってやりまさァ。」




親子丼と君の背中と


後には、親子丼の器に残ったご飯粒と虚空を見つめる名前が残るばかり。




2017.2.11

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