「大人しくしなさい!!その喉叩っ斬るわよ!!」

パトカーに押し付けられた男。
暴れようと抵抗する彼を押し付ける女。

ここは江戸。
真昼間から、なんだなんだとあっという間に取り巻きができている。
今日も今日とて、江戸の犯罪は一向に減らない。

女の名は名前。
江戸の警察組織、真選組の女隊士である。
唯一の女隊士ということもあって、江戸中彼女の存在を知らない者はごく僅かだが、実は負けん気が強くてさっぱりした男らしい性格であることを知る者は少ない。
というのも、黙っていれば目を惹く凜とした顔立ちと、低身長ながらすっと伸びた背筋を見れば、誰だっておしとやかな女性という印象を受けるだろう。
それに加えて、隊服のミニスカートから覗く健康的な脚は、男のみならず女も虜にさせてしまう。

そんな女は、攘夷浪士の男にも負けない力強さで相手の動きを封じ、それでも抵抗しようとするその男の喉に刀を構える。
名前の本性を初めて知った江戸の住民らは、呆気に取られてしまっている。
頭の禿げた爺さんが、まるで金魚のようにパクパクと口を開けたり閉じたりしていた。


「おい、名前。その辺にしとけ。早く男を乗せろ。」

江戸の住民らのそんな反応を見かねて、名前に声を掛けたのは、彼女の上司であり友人でもある土方十四郎。
鬼の副長と恐れられる、真選組の頭脳である。

「分かってるってば!トシこそ煙草なんか吸ってないで手伝ってよ!」
「お前、俺が手伝おうとしたらいつも一人でやるとか言って拒否すんじゃねェかよ。都合の悪いときだけ俺を使うんじゃねェ。」

攘夷浪士の男に手錠をかけ、無理矢理パトカーに押し込み、今度は土方に突っかかる名前。
これまた、江戸の住民らは呆気に取られるかと思いきや、彼らは散り散りに去って行く。
どうやら、土方とのやり取りは日常茶飯事らしい。
先ほどの頭の禿げた爺さんも、今日も始まったか、と言わんばかりに脇道へ消えて行った。

「大体、こんな派手にやりやがって。後始末すんの誰だと思ってんだよ。」
「わかんない。誰?」
「俺だよ!!!てめェ…舐めてやがるな。」
「あははっ!ごめん!」

住民らが去って行く中、攘夷浪士が乗せられたパトカーが発車し出した。
土方と名前はそれを眺めながら、攘夷浪士を捕まえるために暴れた悲惨な痕を改めて確認する。
脇道の角の団子屋の壁に刀痕、その団子屋の屋外に設けられた椅子の破壊、それに加えて向かいの和菓子屋の品々の散乱、その他もろもろ。
この光景を改めて眺めてみると、始末書の束を想像して吐き気がしてくる。
土方の眉間には皺が寄り始める。
それにさすがの名前も気づいたのか、苦笑いしながら、団子屋、和菓子屋ともに軽く謝罪をし出した。

「ほんと、ごめんなさいね…。また弁償させていただきますので。」
「いつものことじゃないの!気にしないでおくれよ!名前ちゃんのお陰でいつも安心してお店開けれるんだから。」

お店の店主たちは、口を揃えて名前を擁護する。
余程、住民らに気に入られているし信頼されていると見て取れる。
これだから、罪人を捕まえることにしか集中できなくて、暴れ癖が直らないんだ、と土方は心の中でぼやいた。

「トシ!!見て!こんなに貰っちゃった!」

土方の元に帰ってきた名前は、謝罪をしに行ったというのに、晴れた顔でそれはもうとても嬉しそうに笑っていた。

「おい何貰ってんだ。返して来い!!」

右手には団子の串が数本、左手には和菓子がたっぷり入った袋。
まるで盗みを働いた小学生みたいだ。

「土方さん!!いいんだよ、貰っとくれ!!名前ちゃん、土方さんにも分けてあげるんだよ!!」
「はーーーい!!!」

店主たちの粋な計らいで、と言うべきか、怖がって逃げて行った客が残した串団子と、散乱して売り物にならなくなった和菓子をたんまり頂いてしまった二人は、並んで歩き出す。

「あははっ!このんまい棒粉々すぎてどうやって食べたらいいか分からんっ!」
「あははっ!…じゃねェ!!誰のせいでこんなに粉々になったと思ってんだ!!」
「あ。あたしか。」
「そうだよ!!!」

名前は、土方に串団子の束と駄菓子の袋を持たせて、んまい棒の袋を開けては食べ続けている。
一つ一つ開ける度に、『あんまり割れてない!』だとか『もう原型ないな』だとか、割れ具合を楽しんでいる様子だ。
何でも楽しむのが得意なタイプである。

名前のこういう所もこいつの良い所だ、と土方は内心思っているのだが、どうにも刀を握っていない彼女には警戒心がないというか、無防備というか、兎に角目が離せないと手を焼いている。
しかし、勘は鋭いし、剣士としての素質は十分であるし、土方や沖田までも名前の剣の腕を認めている。
心配することなど無いと、本人にも何度も釘を刺されているのだが、それでも土方には心配事が一つある。

真選組は命を懸けて戦いに行くのが仕事であるし、真選組の隊士らは皆、その覚悟を持って任務に当たっている。
勿論、名前が女だからと言って、それは変わらないし特別扱いする気も無い。

それでも、土方には心配事が一つある。

「おい、名前。」
「ん?トシも食べる?」
「いや…。俺ァいい。それより、その脚…」
「た、食べなって!お団子食べなよ!」

喉の奥に何かが詰まったような感覚。
少しだけ空気が澱んだ。
土方は残りの串団子を貪るように食した。
驚きと呆れの半分半分の顔で、名前はそんな彼を凝視する。
もぐもぐと口一杯に入れられるお団子。
真選組きっての色男が、こんなにも頬を膨らませる姿はそうそう見れるもんじゃない。

「え…そんなに食べたかったの…?我慢してたの?」
「…ごっ、ごほっ…!ごっ…!」
「ちょ、ちょっと!?大丈夫!?」
「……んぐっ…!……………ふぅ。」
「トシ、生きてる…?」

心なしか鬼の副長の目に薄っすらと涙が浮かんでいる。

「よし。これですっきりした。」
「何がよし?」

そうかと思えば、いつもの鋭い眼差しに早変わりする。

「脚、見せてみろ。」

「せ、……せくはら。」


「好きなように言え。お前はこうでもしねェと手当てしようとしねェだろ。」
「気づいてたの。この傷。」

名前の隊服のミニスカートから覗く脚。
その太腿のちょうど見えるか見えないか辺りの部分に血が滲んだような痕があった。
それは、本当によく見ないと気付かれない位置にできた小さな傷だった。
攘夷浪士と少しだけ斬り合いになった時につくった傷だろう。
土方は深いため息を吐く。

「当たりめェだ。毎度毎度傷つくっては、黙って何も無かったみたいな顔して帰ってきやがって…」
「べっ、別にいいじゃない!怪我人出してないんだし。」
「怪我人なら此処に居んだろォが。」
「あ。あたしか。」

傷の具合を確かめようと土方はその場にしゃがみ込む。
目の高さを名前の太腿辺りに持ってくると、いきなりの行動にさすがの名前も慌てふためく。
身体に熱が篭るのが嫌でも分かる。

「ちょっ、ちょっと…!此処ではやめてよね!後で屯所帰ったらちゃんと消毒するから!!」

幾ら、友人関係である土方にでも、至近距離で太腿をまじまじと、それも外で見られるのは堪ったもんじゃない。
名前は、必死に短いスカートの裾を引っ張った。
土方は、やれやれと言わんばかりに今度は短めの溜息を吐き出す。

傷をつくるのは、日常茶飯事。
そんなことは百も承知だ。
けれど、どうにも名前は傷を放置する癖があるらしく、それが土方の心配の種となっていた。
少しくらいなら、誰にも言わないでろくに手当もしないでいる。
そんな名前が心配で堪らないのだ。

「お前の人に頼りたくない気持ちも分からんでもないが、心配くらいさせてくれ。」
「…トシって心配性ね。」
「あァ?何だその言い方。」
「ごめん。……ありがとう。」

まさかの感謝の言葉に、土方は目を丸くする。
自分も同じくらいだと自負するが、素直じゃない彼女の口から感謝の言葉など、到底想像できるものじゃない。

「何だよ、急に。素直じゃねェお前が。」
「何よ!たまに素直になったらこれ?トシには言われたくないんだけど。」

心なしか、名前の顔は陽が落ちてきた空のように紅く染まっていた。
かと思えば、本当に空も赤らみ始めて1日の終わりを告げようとしている。
川面に映る赤い光が、キラキラ輝いては空に舞い上がっていくようだ。
この光のように、どこまでも舞い上がっていってしまいそうな。
そんな錯覚を覚えれば、名前がらしくないことを言い始める。

「ねえ、トシ。久しぶりにご飯食べて帰らない?」
「あ?そうだな。まあ…」


“悪くはないな。”

傷の手当は、帰ったら俺がしてやろうと、土方はらしくないことを考えながら、軽く返事をした。


たまには素直になってみたい


「大体、こんな際どい所に傷をつくるヤツがあるか。さっさと治せよ。うちの野郎どもが群がってしょうがねェ。」
「野郎どもはいつも群がってるでしょ。」
「余計に群がるって言ってんだよ。」
「心配してくれてるの?」
「ばっ、違ェよ!!奴らがうつつを抜かしてると仕事にならねェだろ!!」




2016/4/24
素直じゃない二人。
土方さんは、きっとヒロインのこと大好き。
ヒロインは、きっと土方さんのことを信頼している。
はっきりしない関係でも素敵だと思います。

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