「副長って最近苛々してない?」
「え?何なのその愚問。副長はいつだって苛々してるじゃん。」
「そうなんだけどさ。最近、苛々に拍車がかかってるっていうかさ。それが、名前ちゃんと付き合い出してからなんだよね。」

真選組屯所、食堂の一角。
そこに山崎くんと私は居た。
山崎くんとは同期で、たまに食堂でばったり出会ったりすると、お昼を共にする仲である。
地味でバドミントンくらいしか取り柄のない彼は、地味だからこそ輝ける監察方という役についており、いつも裏で真選組を支えてくれている地味に凄い人なのだ。
ここで、「地味は余計だよ」というツッコミは入る筈も無い。
何故なら、これは今、私の胸中でのみ繰り広げられている、山崎くんイコール地味という方程式の解なのだから。

「意味わからんこと言ってないで、もうちょっと顔引き締めたら?笑い堪えきれずに酷い顔になってるよ。仮にも名前ちゃん女の子でしょ。」
「あり?口と顔に出てた?」
「その惚けた表情とかが、沖田隊長にそっくりだね。最近仲良いよね、お二人さん。だから副長が苛々するんだよ。」
「えー何それ。何でそこで副長が出てくるの?そういやあ、一緒にいるのが増えたかもね。なんか知んないんだけど、沖田隊長には恋愛相談とかもできちゃうのよコレが。」
「れっ、恋愛相談!?沖田隊長に!?」
「そうそう。沖田隊長って見た目、口軽そうじゃん。でも反対に、意外と口堅いのよあの人。」
「へ、へぇー。意外すぎて、びっくり・・・。ていうか、副長とはうまくいってるの?」
「えー、山崎くんには教えない。山崎くんも口堅そうだけど。」

そう言って笑えば、驚愕の表情で此方を見つめる目の前の山崎くんが、さらにその目を大きく見開いて冷や汗をたらたら流し始めた。その目からは、驚愕を通り越して、もはや恐怖に近いものを感じる。何だろうと思って、眉間に皺を寄せていると、私の背後で人影が動いた。慌てて振り返ると、そこには鬼が居た。
いや、間違った。鬼じゃなくて、土方副長が居た。いや、土方さんってことは、もはや鬼だろうか。

「あ、土方鬼副長さん。」

「誰が、鬼だ。」

あ、なんか混ざってしまった。
我らが鬼の副長こと、土方さんが私の後ろから現れた。山崎くんがさっき恐怖の目を向けていたのは、私ではなくこの人だったのだ。なるほど、それなら納得。

「ふ、副長!お疲れ様です!」
「よォ、山崎。随分と楽しそうじゃねーの。俺もまぜろ。」
「ぜ、是非どうぞ!!」

山崎くんは、急に身体を強張らせて、持っていた箸をすかさず置き、土方さんに挨拶していた。幾ら鬼と言っても、そんなに恐がらなくてもいいのに、と思いつつ、そんな山崎くんの反応は見ていてとても面白い。一方土方さんは、私の隣の席にどかっと座り、こめかみに青筋まで浮かべちゃって、まあ分かりやすいほどに怒っている。

「土方さん、何をそんなに怒ってるんですか?仕事のストレスを山崎くんで発散しないでください。」
「アァ?お前いつも山崎の肩持つよなァ。そうか、そんなに山崎のことが好きなら、こいつと付き合やァいいんじゃねェの。」
「何ですか、その言い草。あ、もしかしてアレですか。山崎くんに寝取らせてそれを見て愉しむ変態プレイですか?」
「アァ!?なんでそうなる!?」
「違うんですか。」
「当たり前だ。んなわけねェだろ。そんな変態だと思ってたのか俺のこと。」
「ハイ。」

土方さんは、怒りより、むしろ呆れてしまったようで、私から視線を逸らすと何も言い返さなくなってしまった。そのまま今日のお昼ご飯を食べ始める。今日の食堂のお昼のメニューは、カレーライス。土方さんのカレーライスには、特別にマヨネーズがたっぷりかけられている。もはや、カレーライスと呼べるのか疑問だ。絶対、マヨネーズが勝ってるもの。それ、カレーライスじゃなくてマヨネーズだもの。

「あり?名前じゃねーですかィ。」

そこへやって来たのは、沖田隊長。私が恋愛相談をしている唯一の存在と言ってもいい。年は私たちより下だと聞いているが、そんなことは微塵も感じない、大人びた空気を纏った一番隊の隊長だ。そんな沖田隊長は、山崎くんの隣、土方さんの前の席に座った。

「わあっ。沖田隊長だー。おはよーございまーす。」
「名前、もう昼ですぜ。こんにちは、だろィ。」
「初めて会ったから、おはよーでいいんですよ。細かいことは気にしない気にしない。」
「名前らしいや。じゃ、俺も土方のことは気にせずに行きまさァ。」
「どさくさに紛れて何言ってんだ!オメーはちょっとは気にしろ。俺がいつも誰の尻拭いをしてると思ってんだよ。」
「誰ですかィ。」
「テメーだよ!!」

土方さんのツッコミが決まったところで、私が笑いを堪えきれずに声を出してしまうと、土方さんはまたマヨネーズを貪り始めた。沖田隊長は、満足気にニヤリと笑って、それから目の前の人を真似るように、カレーライスを食している。
二人は、なんだかんだで仲が良い。二人に言うと、いつも「どこがだ!」と言われるけれど、何となく、そう思うのだ。私には到底分からないような底の底で繋がっている。そんな感じ。実はそれが羨ましくもあったりする。
私と土方さんは、まだ、目には見えないけれど強く繋がっている、そんな関係にはなれていないから。
とは言っても、一緒に過ごす時の長さの差だろうし、どうしようもないのだろうとも思う。言うなれば、目標みたいな。いつの日か、こんな風になれたらいいな、みたいな。

「ねぇ、土方さん。」
「アァ?」
「明日非番被ってるんで、デートしましょう!」
「ブホァァァァァァァァ!!!」
「ちょっ!何してるんですか、汚いなぁ。マヨネーズばっかり食べてるからですよ、まったくもう。」
「ちょ、おまっ。こここんなとこで、何言い出すんだよ!!」
「え?だから、マヨネーズばっかり食べてるからでしょーが!って言ってんの!」
「違ェェェよ!!!」

女中さんが慌てて走ってきて、マヨネーズ塗れになった床をモップで拭いてくれた。さすが、仕事が早い。ほんの数秒でさささっと拭き終えると、苦笑いを携えて会釈を一つ。私は、女中さんにお礼を言って会釈を一つ。今度、何か差し入れ持って行こう。

「で、そうそう。明日の話ですよ。マヨネーズの話はいいんです。」
「お前がマヨネーズの話延長させてんだけどな。」
「名前。こんなヘタレマヨのことは放っといて、明日は俺と甘味処行きやしょう。隠れ家的ないい店見つけたんでィ。」
「え!隠れ家!?行きたーい!」
「おい、人の女堂々と口説くのやめろ。名前も話に乗ってんじゃねェよ。」
「え、土方さんの女ってどこに書いてあるんでィ?」
「ふぇっ。土方さん、妬いてるんですか?もしかして、妬いてるんですか?嫉みと妬みと書いて、嫉妬ってヤツですか?」
「総悟、テメー喧嘩売ってんのか!?つーかお前はしつけェ!」

そろそろ土方さんの血管が破裂しないか心配になってくる。それくらいにこめかみの青筋は太く膨れ上がっていて、顔は興奮からかほんのり赤みを帯びている。
さっきから発言しなくなった山崎くんをちらりと見ると、地味なだけに、地味にカレーライスを食べ終えていた。そして、沖田隊長を連れて何処かへ行ってしまった。

「名前ー。土方さんに飽きたらいつでも俺のとこ来ていいですぜー」

なんて、普通の女の子ならどぎまぎしそうな捨て台詞を吐いて、山崎くんに半ば引き摺られてゆく沖田隊長。あの人も結局気を遣ってくれたのかな。二人が見えなくなるまで、私は手を振ってお見送りをした。
向き直ると、隣の人は、マヨネーズ塗れのソレをむしゃむしゃと頬張っていた。その姿は、戦場での鬼の欠片も無い。私が大好きな人の、ただの大好きなものを頬張る、大好きな姿だった。
「で?明日はどこに行きましょうか」

「隠れ家でもどこでも連れてってやるよ。行きたいとことか無ェのか?」
「きゃ。私をどこか遠くへ連れてってー、ですね!」
「何言ってんの」
「土方さんが連れてってくれるんだったら、どこでもいいですよ!むしろ、どこまででも行きたいです!」
「・・・ハァーーーー」
「どうしたんですか。そんな長い溜息吐いて。」
「そろそろ自覚しろよ。」
「えっ!ウザいですか?鬱陶しいですか?勝手にどっか行ってろよ的なアレですか?」
「違ェよ。俺の心臓持たねェからやめろ、その天然デレ。」
「・・・ふぇっ?」
「馬鹿!こっち見んじゃねェよ。じろじろ見んなって、向こう向いてろ。」
「ええっ!?向こうってどっちですか?あ、中島くん!」
「おい、どこ見てんだよ。こっち見ろ。」

横暴にも程がある。向こう向いてろ、って言われたから、素直に従ったのに、同期の中島くん見つけて手を振ってたら、いきなり頭を鷲掴みにされて無理矢理土方さんの方に向き直された。
さすがの私もこれは怒りますよ、と軽口でも叩いてやりたかったのだけれど、何故か出来なかった。
だって、だってさ。
土方さんの方が、怒ってる顔してるんだもの。
「土方さん。怒ってます?」

口から溢れたのは、「副長って最近苛々してない?」という冒頭の山崎くんの言葉くらいの愚問だ。

「怒ってますよね。いつだって、そうですよね。それでこそ鬼の副長ですもんね。というか、土方さんって、怒ってない時ありますっけ?あり?私何が言いたいの?」
「知るか。」
「酷いですよー。あ、もう食べ終わったんですか。ちょ、まっ、私まだ・・・。むごっ、行かないでくださいよーっ。」

残りのカレーライスを掻き込んで、立ち上がる土方さんを慌てて追いかけた。こういう所が、やっぱり鬼だと思う。パタパタとわざと大きな足音を出してみるけれど、土方さんは此方を振り返るどころか、気にもしない。女中さんに空の食器類を軽く会釈しながら渡して、食堂を出て行く鬼の背中をさらに追いかける。廊下を少し行った所でようやく隣に並ぶことができた。
「酷いじゃないですか!ちょっとくらい待ってくれても・・・。あ、あり?土方さん・・・?」

詰め寄って怒鳴りつけても、屁でもない、なんて顔してすたすた自室まで向かうのだろうな、と予想していた私が馬鹿だった。
土方さんは急に立ち止まって、私を見下ろした。それは、鬼でも副長でも無い、私の大好きな顔。そんな顔、急にされたら困るじゃないか。昼休憩はもう終わりでしょう。もう仕事に戻るんでしょう。沖田隊長にも山崎くんにも誰にも見せない、そんな顔を急にされたら、心臓がおかしくなる。

「なァ。俺の女だって、そろそろ自覚しろよ、名前。じゃねーと、俺のだって分かるように本当に名前でも書いちまいたくなんだろォが。ココに。」

そう言って、伸ばされた土方さんの片手は、私の首筋を優しくなぞった。きっとそうだ。土方さんは私を殺そうとしている。こんなことされたら、心臓が破裂してしまうじゃないか。
破裂する前にその手をどけて欲しい。その目をやめて欲しい。どうしたって、もう私の心は土方さんのモノなのに。
土方さんだけのモノなのに。


「ふぇぇ。ひ・・・土方さんの、鬼。」

「誰が、鬼だ。」



嫉みと妬みの愛の唄


(鬼じゃなくて嫉妬深いカレシです)



2017.5.5

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