「たでーまー」

夜分遅くに酔っ払って帰宅した銀時。
玄関扉をガラリと開け、さあブーツを脱ごうと屈みかけた腰を危うく攣りかけた。
身体に異常をきたさなかったことへの安堵。それから、すぐに「ここは俺の家だよね」という疑心の念が彼の胸に浮かぶ。
帰ってきた家を間違えたのだろうか。
そんな風に自信を無くしてしまう。いやいや。いくら酔っ払っているからと言って、今までに帰る家を間違えたことなど一度もなかったはずだ。
しかし、どうにもしっくりこない。
今日は、居候のチャイナ娘もどこぞの友達の家に行くと言っていたし、この家には誰も居ないはず。
しかし、実際に目の前には、ここにはいないはずの女が一人佇んでいるではないか。

「なんでいんの?」

それは、チャイナ娘ではなく、それよりも幾分か歳を重ねた女。

「いちゃ悪いの?」

まるで居るのが当然のごとく、横暴な物言いだが、その目は心なしか赤い。

「悪かねぇけど。お前、鍵持ってたっけ?」
「持ってないよ。ちなみに不法侵入もしてないからね。チャイナさんが居る間に入れてもらったの。」
「え。もしかして、そっからずっと居たわけ?」
「うん。だって、銀ちゃんが怪我したって聞いたから慌てて来たのに、来たら居なくて。そしたら、ふらふら飲みに行ったって言うもんだから。」

怒って帰らないところがなんとも彼女らしい、と銀時は呆れ顔をしつつ、愛おしげに彼女の頭を優しく撫でてやった。
すると、母猫にすがる子猫のように、それはそれは嬉しそうに目を細めるものだから、こっちまで何だか嬉しくなって、咄嗟に彼女の身体を抱き寄せた。

「酒臭いよ、銀ちゃん。」

言いながらも、彼女は銀時の背中に腕を回した。ぎゅっとしがみつく小さな手は、銀時の傷を癒す一番の薬だ。

「酒臭いのお前にうつすわ。」
「何それ。男の欲望的なやつ?」
「え、何それ。何の話してんの?もしかして誘ってんの?やーらしー。」
「銀ちゃんにだけは言われたくないよ。」

銀時は酔った頭を彼女の細くて白いその首筋に埋めた。くすぐったいのか身をよじる彼女をさらに強く抱きしめた。不可抗力か、銀時の背中に回された小さな手にも力が入る。
銀時にはそれが堪らなく面白くて、無性に愛おしくて、傷の痛みも酒の臭さもすべてを忘れて、ただ目の前の女だけを想った。

「銀ちゃん。傷治ったでしょ。」

悪戯に笑う彼女は、銀時の顔をちらりと見ては、また小さな手をぎゅっと握った。




2017.3.28



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