夜が更けた。

私はあの真ん丸いお月様を捕まえたくて、手をうんと伸ばす。

「手が伸びたらいいのに」

そんなことをぽつりと呟けば、返ってくるのは優しい声。

「手なんか伸びなくても俺が連れてってやるよ」

お月さんに届く所まで。

目をぱちくりさせて、後ろを振り返ってみれば、その人はお酒の入った赤らんだ顔で、へらへら笑っている。
足元も覚束ない。
そんな人が、よくもお月様まで連れてくなんて、言えたものだな。

しかし、私は、彼に微笑んで言うのだ。

「銀さんとなら、どこへでも行けそうだね」と。


不安もないし、恐怖もないし、迷いもない。
暗い暗い夜の道でも、なんの心配もなく歩いていける。
銀さんが共に歩いてくれるだけで、こんなにも事足りる。
私に追いついた彼は、隣に並んで月を見上げる。
私もつられて月を見上げる。
だが、それよりも、隣の人が何を考え、何を思っているのかに気を取られて、月から隣の顔へと視線を移した。
大欠伸をするだらしのない顔。
見られていたことに気づき、睨むように私を見据える覇気の無い眼。
口角を上げて見つめ返せば、彼はひっくと喉を鳴らした。

「うふふ。飲み過ぎだよ」
「うるせー。飲もうって言ったのはどっちですか」
「私ですけど?」
「そうだよ。なのに酔ってねェってどーゆーこと?」
「銀さんが弱いんだよ」
「お前が強いの」

ふらふらと左右に揺れたり、前につんのめったりしながらも、銀さんは自分の足でよろよろ歩く。
時々、月を見上げながら進む姿は、どうにもこのまま宇宙人に攫われて空へと飛んで行ってしまいそうな、そんな気がして、可笑しくって仕方がない。

くすくす笑って歩いていれば、今度は訝しげに、しかし死んだ魚のような覇気の無い眼はそのままに、私を捉えた。

「おーい。何笑ってんですかー?」
「だって、可笑しいんだもん」
「え。何が?俺の顔?人の顔見て笑うとかサイテー」
「違うよ。全部だよ全部。銀さんの全部!」
「それ、もっとサイテーなんですけど!?何だよ、ひでぇなーおい」


銀さんの全部が此処に在って、彼が歩いていて、私を見ていて、彼が酔っ払っていて、私が笑っていて、二人とも息をしている。
ただただ、それだけ。
それだけなのに、酷く幸せ。


「銀さんの全部が大好き。」

私が恥ずかしげもなく言うと、目の前の間抜けな顔が、段々と下手くそな笑顔を作っていき、終いには両手で顔を覆った。
私はまた可笑しくなって、今度はケラケラ笑った。


私たちの足音が、夜の静けさに溶け込んでゆく。
空の星たちに吸い込まれるように、また私は手を伸ばした。





2018.4.29
「夜陰の余韻」@銀さん


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