しんと静まり返った世界に、透き通る水のように虫の音が聞こえてくる。
私は夜の星空を一瞥して、廊下を進んだ。
ぎしぎしと軋んだ。
皆が寝静まっている時間帯だから、大きな音は立てたくないが、どう頑張ってそうっと進んでも音は鳴るので仕方がなかった。
それでも、そうっと進んだ。
すると、縁側にぽつんと、人影が見えた。
月明かりに照らされて、綺麗な栗色の髪の毛は、まるでこの世のもので無いような神々しさを帯びていた。
「なんでィ。お前も男の寝込みを襲おうたァ、良い趣味してんな。」
「そ、総悟くんっ。私、そんなことしようとしてないからっ。」
私が見惚れて立ち竦んでいると、その髪の持ち主、総悟くんは、私を認めるなりからかいの言葉を寄越す。
変な誤解をされても困るので訂正は入れたが、大声を出してしまわないように気をつけた。
総悟くんはいつもこうだ。
いつもの彼で、だから、“ああ、この世のものだ”と、私は酷く安堵した。
「必死に否定は、肯定と捉えられるの知ってやすかィ?」
「知らなかった、まあ初耳。」
「ちぇっ。つれねーや。まあ、座りなせェよ。」
トントン、と縁側の床を叩いて、総悟くんは私を呼んだ。
別にどこかへ向かおうと思って歩いていた訳ではなかったし、私は素直に従って隣に腰掛けた。
月明かりがすうっと射し込んできて、心が洗われるようだった。
「寝れないの?」
「そりゃあこっちのセリフでさァ。アンタこそこんな夜更けに何してんでィ。」
「あ、うん。あの、えっと、考え事してたら、毛ほども眠たくなくなっちゃった。」
「ほんと、そういうの多いよな。何も考えてねェ顔して、一人で泣いてたりとか……」
「そっ!それは、もう忘れてってばぁ」
隣に座る悪い顔した彼は、この場に私以外誰も居ないのに、誰かに語るように、私が初討ち入りの後に一人で隠れて泣いていた一部始終を話し始めた。
「ちょちょちょ!総悟くん!?もういいから!その話忘れかけてたのに…」
「ほんっと面白ェ。一人で何もできねェくせに、何でも一人でしようとしやがる。」
「…………だって」
「お前の悪い癖でさァ。ちょっとは反省しろィ」
珍しく笑った顔を見て、本当は嬉しかった。
私のことを気に掛けて言ってくれているのは知っていた。
でも、一人で出来ることは一人でしたい。真選組の皆は、ただでさえ忙しく慌ただしい生活を送っているのだ。
それこそ、私が皆の前で泣いたりしたら、心配を掛けるのは必至だ。
余計な心配を掛けたくもないし、手を煩わせたくもない。
だけど、そんな心情を一番理解してくれているのは目の前の人で、“それではいけない”と叱ってくれる。
いつもいつも、あの月明かりのように、私の心を洗ってくれる。
「ごめん、なさい……」
「なにが?」
「……いつも一人で抱え込んで、誰も頼れなくて、こうやっていつも総悟くんに」
「だから俺でいいだろィ。俺にこうやって、頼ってんだろ、今。」
“誰にも頼れなくても、俺に頼ればいいだろ”
そう言ってくれているのだろうか。
自惚れ?勘違い?
総悟くんが優しいなんて、可笑しい。
「何笑ってんでィ。」
「ははっ。総悟くん。ごめん、また泣きそう。」
「お前の感情の起伏、良く分かんねェな。」
「うん。」
「あーあ。月が綺麗でさァ。」
「……うん。」
月を見上げるその横顔は、何故か少し笑っていた。
2018.4.29
「夜陰の余韻」A総悟
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