ゆらゆら燻る煙草の煙。
月明かりに吸い込まれるように昇ってゆき、やがてそれは、消えてなくなった。

「お前も吸うのか。」

声のした方を振り返れば、鬼の副長が私と同じように煙草を口に咥えながら、少しだけ驚いた表情をしていた。
けれども、驚いたのはほんの僅かで、もう既に見慣れたと言わんばかりに、そうして、縁側に座る私の隣に腰掛けた。

「バレちゃいましたね。火要りますか?」
「いや、いい。」
「……真選組の紅一点が喫煙者なんて、そんなこと知られたらげんなりされるかなあ、と思って、言い出せませんでした。すみません。」
「……自意識過剰だな。」
「……はい。ですね。」

馬鹿にしているのではない。
貶しているのでもない。
こんなちっぽけな私でも、土方さんの隣で肩を並べて煙草を吸っている。
それを許してくれている。
こんな私を同等だと見てくれている。
女だと、紅一点だと、ちやほやするでもなく、ただの真選組の一隊士として私を見てくれる。
土方さんは、鬼と言われているが、本当はとても優しい人だ。


「夜も更けましたねえ。土方さんはまだお仕事ですか?」
「ああ。完璧徹夜だな、こりゃ。」

そう言いながら、欠伸をこしらえて、眠たそうに外を眺める。
その姿がまた、どうにも色気を醸し出している。

「お前は?」
「あ、私は、今帰ってきたところで、これから寝ようかと思ってたところです。」
「そうか。まあ、早く寝ろよ。」
「あ……ふふ。はい。」

土方さんが自身の目の下を指差して言うものだから、少し考えて合点がいった。
私の目の下の隈が酷いのだろう。
ここ数日、ずっと夜の仕事続きで、でもお構い無しに朝の稽古には参加しなければならず、今朝、鏡を見て自分でも驚くほどに隈ができていた。
しかし、こんな夜更けに“早く寝ろ”なんて、もう既に遅いのでは、と思ってしまって、そう考えると何だか土方さんの言葉がとても面白くなってしまった。

「ふふふ。ははは……あ、すみません。」
「なんだ。マジで早く寝ろ。」
「寝不足で可笑しくなったと思ってるでしょう?違いますからね。土方さんが可笑しいんですからね。」
「どっちでもいい。とにかく早く部屋戻れ。風邪引くぞ。」

暖かくなり始めた近頃でも、夜風はまだまだ涼しい。
きっと土方さんは、そのことを言っているのだ。
もくもく、と土方さんの口から白煙が吐き出されるのを、私はぼうっと見つめた。私の持っていた煙草から灰がぽと、と落ちた。
ああ、いけない。土方さんに見惚れていたら、こんなに煙草が短くなっていた。
慌てて吸うと、ほんのり苦い味が身体を満たす。肺一杯に溜めてから、吐き出した。

「もう一本吸ってから寝ます。」

私が堪らずそう言うと、土方さんは渋い顔で、しかし、私の好きな優しい声でこう答える。


「好きにしろ。俺ももう一本吸ってから戻る。」



二本の煙が、月に昇ってゆくように、夜風に吹かれて消えていった。




2018.4.29
「夜陰の余韻」B土方さん


←BACK
ALICE+