雪がちらつく天気。

傘を持って行くか、持って行かないか、迷った挙句、結局ショルダーバッグ一つだけ背負って家を出た。

手は空いてる方が何かと便利で良い。
走る時も速く走れるし、買い物した荷物をたくさん持てるし。
あとは、大好きな人にぎゅっ、てできる。


「総悟くん!おはよう!」
「わわ、姐さん…フライデーに撮られますぜ。」
「いいのよ。総悟くんだもん。」
「いや、理由になってません。それに姐さんはよくても、俺が困りまさァ。」
「どうして?総悟くんって彼女とかいたっけ?」
「いませんけど。」


会った瞬間に、ぎゅっ、て抱きしめてあげると、総悟くんは少し照れたようにしていつもあたしを宥める。
困ったような顔をしながら、優しくあたしを引き剥がすと、総悟くんは側に停まっていたパトカーまであたしを誘導する。

警察に突き出すのか。
いや、勿論そうじゃない。
彼は、江戸を護る警察組織、真選組の一番隊を率いる隊長さんなのだ。

こんな可愛い顔をして、楽しそうに剣を振るうのだそうだから、末恐ろしい。
それに返り血一つ浴びないらしい。
あたしも何度か、討伐入りの後に会った時があったけれど、その服には確かに血の匂いはすれど返り血がついているのを見たことがない。


「姐さん、今日は俺ァ暇じゃないんでィ。」
「えっ。めずらしい…。どうりで雪が降ってるはずだわ。」
「見た目によらず結構な毒吐きますよねィ。まあそんな所も俺ァ好きですぜ。」
「なになに?今のもしかして告白?ねえ、告白?愛の告白だよね?」
「そういうポジティブな所も、雪の日に傘持たねェ所も、全部好きでさァ。」


そこまで言われてしまうと、冗談だと分かっていても、さすがのあたしでも多少は照れる。
かじかむくらいに冷え切った手で、火照った頬を包むと、手がぐんぐんと熱を吸い取っていくのがわかる。


悪戯っ子のような顔をして、目の前の少年はあたしを抱きしめる。
いつも会えば抱擁していたのに、それと同じことなのになんだか違うことみたい。


寒いのに熱くて、熱くて熱くて蕩けてしまいそう。
まるで、冬の終わりの雪だるまになった気分だ。




「総悟くん……。雪…もっと降らないかなぁ。」




じゃないと、溶けてしまいそうだよ。





「俺がらしくないことしてるから、雪が降るんじゃねェか、ってことですかィ?」

総悟くんは喉奥でククク、と笑ってみせると、あたしを離して、傍らのパトカーの中を指差す。

運転席には、慌てふためいて目を逸らすけれど逸らしきれていない真選組の隊士の方が乗っていた。
総悟くんにばっかり気を取られて気づかなかった。
よく考えなくとも、運転手が居ることは容易に判断できたはずなのに。
いつもあたしからする抱擁は、照れ臭くもなんともないけれど、総悟くんからのそれは恥ずかしくって仕方ない。

ああ、もう。
きっと、この子はそれを全部わかってて、わざと運転手の隊士さんに見えるようにしたんだ。
卑怯だ。狡い。







「…からかうのもいい加減にしないと、あたしだって怒るからねっ。」

「からかってるつもりは無ェんだけどなァ…。…俺ァ、本気ですぜ?」

「えっ?」

「じゃ、そろそろ仕事に戻んねェと土方のヤローにどやされるんで。」



パトカーが遠く小さく消えてゆく。
呆気にとられて、それをぼーっと見ていたあたしは、頬に手をやる。
熱い。
熱くて熱くて、蕩けてしまいそう。



もっと降れ降れ。雪よ降れ。




2016.11.25




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