彼はいつも心の読めない顔をする。

局長や副長や真選組の隊士さんたちと話す時は、穏やかな表情。
女中のお姉様方と話す時は、少し惚けた表情。
腐れ縁の万事屋の皆さんと話す時は、悪戯な表情。
私以外の人には色んな表情を見せるくせに、私と話す時は、いつも無表情になる。

ほら、今日も心が読めない。
私はこのことについて、もうほとんど諦めているから、いつものように微笑んで挨拶をしてみせる。

「総悟くん。おはよう。」
「ふあぁーあ。よく寝たぜィ。」

屯所の庭で洗濯物を干していたら、ふいに背後で人の気配がして、振り向いたら彼が居た。
挨拶を返さないどころか、あまり目も合わせてくれない。
彼は縁側に横向きに寝そべって、うーん、と猫のように身体を伸ばすだけ。

これが、私たちの日常だった。

「朝の稽古は?行かなくてもいいの?」
「うるせェ。黙って仕事してろィ。」
「副長に怒られても私知らないからね。」
「母ちゃんヅラすんじゃねェや。」

質問してもバッサリ切られたり、逆に質問返しされて答えてくれなかったり。私が何か言う度に、つっかかってきたり。そればっかりで、まったく会話にならない。

でも、私は彼を嫌いになれない。
今日みたいに、私が洗濯物を干してたら後ろに居たり、食事の配膳係の時は必ず彼に当たるし、私が買い出し係の時はだいたい彼が見廻り担当で、偶然道端でばったり会っては成り行きで買い物袋を持ってもらう。

そういうわけで、勝手に親近感まで抱いてしまっている始末だ。


「なァ、アンタ。」


最後の洗濯物を干し終えて、縁側へ上がろうとしているところで、声が掛かる。驚いて固まっていれば、持っている籠を取り上げられた。彼の冷たい指が少しだけ触れて、すぐ離れる。取り上げた籠を隣に放って、胡座をかいて、私を見上げる。栗色の髪の毛と、寝起きの気怠げな瞳が、太陽に照らされて輝いている。

「怒ったこととか、泣いたこととかねーんですかィ。」

彼が、私に興味を持ってくれていたことに、まず嬉しさが込み上げて、それから、何故そんな質問をするのか、疑問に思った。「そりゃあ、勿論あるよ。」と答えてみたけれど、彼は不満げだ。
どう答えれば良かったのか、私には分からない。逆に「無いです」と言えば、それはそれで「嘘吐くな」と機嫌を損ねてしまいそうだし。

「どうして、そんなこと聞くの?」

首を傾げていれば、今度は立ち上がり、そっぽを向く。


「……ちょっと、気になっただけでィ。」


立ち去る背中に胸を掴まれてしまったようで、そこからしばらく動けなかった。
手持ち無沙汰になってしまった私の指には、まだ、彼の触れた指の感触が残っていて、どうにも消えてくれない。






2019.01.18
「指の隙間に、情」


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