重ね合う身体に、心を満たされることはない。そんなことは分かっている。頭では分かっていても、心では理解できない。最初は神聖な儀式のような、そんな気がしていた。何か特別なことをしているような気分で、それでいて、少しだけ罪悪感が混じっていて、複雑な大人の時間。今は、形式化された何かの数字の並びのように、単純作業を繰り返すだけの、ただの戯れ。
何かを求めるように、何かを探すように、何かを埋めるように。今日も、私は、恋人でもない男の下で、哭くのだ。
私を犯そうとしたあの人を思い出す。
そうして、いつものように頭が真っ白になるまで。

そう思っていたのに。

私は、誰?
私は、何?
私は、私は、わたしは、ワタシは、私は……─────







「珍しいな。」

トシは、私の上に跨ったまま、そう言葉を溢す。そして、私の目の端にそっと触れた。私は泣いている、と、その時初めて気づいた。

「お前が人前で泣くなんてな。」
「あ、ちょっと、」
「無理矢理ヤるほど落ちぶれちゃいねェよ。」

そう言いながら、トシが私の上から退く。バサリと音を立てたベッドのシーツは、どちらのものとも判別がつかない何かで湿っていた。最中は何も気にならないのに、事が終わるといつもこれが不快だった。今日も例に漏れず、布団を干してから出掛けよう、などとぼうっと考える。
物音で現実に戻ると、隣では寝転びながらテーブルの上の煙草に手を伸ばすトシが居た。

「ねえ、私にもちょーだい。」
「アァ?切らしてんのか。」
「ううん、あるよ。でも、トシのが欲しい。」
「……お前な。厭らしい言い方をすれば、男はみんな優しくしてくれると思ってんだろ。」
「え?違うの?」
「まあ……あながち間違いでもねェか。大概の男は、そうかもしれねェな。」

煙を部屋の天井に吐くついでに、口から言葉が漏れたかのように、呟く。その姿があまりにも色っぽいものだから、私は少し嫉妬する。貰ったマヨボロの箱から一本取り出すと、私もそれに火を点け吸った。肺に異物が入り込んでくる感覚。この感覚が、私は好きだった。生きていると実感できたから。

「トシは、違うよ。」

真似をして、煙を吐き出しながら、喋ってみた。天井を見上げるのを忘れて、吐き出した煙が副流煙となって、鼻から入った。少しだけ咽せた。煙草は好きだけど、煙は苦手だ。トシには、可笑しいと言われるが、煙草は好きでその煙は苦手なのだから、仕方がない。いい加減に辞めろ、とも言われたこともある。きっと、それはトシの優しさだ。

「トシは、色仕掛けしなくても、元々優しいから」

だから、モテるんですよ。
加えてそう悪戯っぽく笑えば、嫌な顔をされた。

私とトシは、いわゆる身体だけの関係だ。恋人ではないから、デートもしないし、最中でなければ手を繋がないしキスもしない。一人暮らしの私の部屋に、トシが好きな時にやって来て、私がしたい時に、身体を重ねる。お互いにそれだけを望んでいるから、この関係が続いている。この関係が酷く心地良い。

「また痩せただろ。」

天井に昇って行く煙をぼうっと眺めていたら、ふいにそう言われた。ベッドに寝転びながら、天井を見つめたままで、「そんなことないよ」と言い返せば、煙草の煙を吐き出す息なのか、それとも溜息なのか、どちらともつかない反応が返ってくる。
食べるのは嫌いじゃないんだけど、どうしても一人暮らしだと食に対して無頓着になる。コンビニに買いに行くのも面倒だし、自分で作るのも面倒だし、少しくらいお腹が空いたって死にやしない、と思ってしまう。実際に少しくらいお腹が空いたって死にやしないんだから、仕方がない。

ぼうっと天井を見つめていれば、裸の身体に何か薄い布が掛けられる感覚がして、見ればそれは、私が数時間前に着ていた着物だった。トシの方に頭を向けると、彼は知らぬ間にベッドから降りていて、白いシャツのボタンを留めている最中だった。
なんだもう帰るのか、と、思ったけど、窓の外はうすら明るく日が差していて、そうかもう夜は明けたのか、と、私はその時初めて、ここへトシがやって来たのは、真夜中をだいぶ過ぎた時刻だったのだと気づいた。


「いい加減、ちゃんと食えよ。」

そんな捨て台詞と、煙草の匂いだけを置いて、黒の隊服をさっと羽織った真選組の鬼の副長は、私の前から姿を消した。
相変わらず仕事熱心な人だ。いつ何時、私の家へ訪ねてこようとも、こうやって朝方には必ず帰ってゆく。

少し湿った布団の、湿っていない部分を探して、私は身体を落ち着かせる。
それにしても、お母さんみたいな最後の言葉だったな、と思いながら、私は深い眠りにつくのだった。

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