ずっときみの大切な幼馴染でいること

3つ下のナマエは物心付いた頃にはずっと一緒にいた。隣の家に住んでいて母親同士が仲が良かったこともあって、ガキの頃からよくナマエはウチに泊まりにきていたのだ。ルナもマナもよく懐いていたし、オレにとってはもう一人の妹みたいな存在だった。
 妹から好きな女に変わったのは、いつからだっただろう。
「隆く……あ、オーナー。これ、今度使う生地のサンプルなんですけど」
「今まで通り普通に呼べば良いだろ。オレとナマエしかいねーんだから」
 オレの事務所には、オレとナマエしかいない。オーダーも増えて、軌道に乗ってはいるが、まだナマエ以外は誰も雇ってはいなかった。生真面目なところがあるナマエは、でも……と少し困ったような顔をしていて、思わずその頭を撫でた。子供扱いしないでと不貞腐れるナマエを愛おしく思う。
 ナマエがオレのアトリエでバイトするようになってもうすぐ3年が経つ。俺の独立のタイミングでちょうどナマエはバイトを探していて、何となく話の流れで手伝ってもらうようになった。ナマエはオレの苦手な機械系に強いだけでなく、大学で経営学を専攻しているから仕事のパートナーとしては最高だ。
「あの……隆くん」
「どうした?」
 帰宅直前、言いにくそうに声を掛けてくる様子が気になり、座るように促した。眉尻を下げた表情をしていて、あのね……と消えそうな声で話し始める。
「来月から内定もらってる会社のインターン行こうと思ってて……」
 研修も兼ねてるから、と続けたナマエの言葉はあまり頭に入ってこなかった。考えてみれば、もうナマエは大学を卒業する年齢になっていたのか。何の約束もしていないのに、ナマエはこのままオレと一緒に会社をやってくれるんだと頭のどこかで思い込んでいた。チクリと痛む心を誤魔化しながら、何系の仕事すんの?と話を振ってみる。服飾関係だったら傷付くなぁ……なんて考えは、苦笑いとして顔に出てしまう。
「コンサルティングなんだけど、そこの社長さんの秘書としてまずは働くことになってるの」
「そっか……頑張れよ」
「ありがとう。土日はまたお手伝いにくるから」
 毎日のように顔を合わせていたのに、それが週2に減った。大学卒業後はその週2のバイトも来なくなって、月に1、2回会えれば良い方になっていた。子供の頃から何かと悩みごととか愚痴を聞くのはオレの役割だったのに、そういう話を聞く機会すらなくなった。

──そりゃオレの出番なんてねぇよな。
 
 数m前にいる一組のカップルが目に入った。手を繋ぎ、控えめながらも幸せそうに笑い合う二人は、どちらもよく知る人物だ。
「ナマエ、大寿くん」
「わっ、隆くん。ビックリした」
「三ツ谷か」
 知り合いだったのか?と問う大寿くんに、「幼馴染みなの」とナマエが返す。今日ほど幼馴染みという響きが残酷に感じられた日はない。
 軽く立ち話をした。まさかナマエが就職した会社が大寿くんのところだとは思いもしなくて、公私混同が過ぎるだろ……と心のなかで毒吐く。
「何かあればいつでも話聞いてやるから。仕事の愚痴でも、大寿くんの悪口でも」
「ありがと、でも大丈夫だよ」
 ね?と大寿くんを見上げるナマエの表情は、オレが何年かけても手に入らなかったものだ。
 少し靄が掛かった感情を抑えながら、すぐにその場を離れた。二人のデートを邪魔するほどオレは小さい人間ではない。暫く歩いたあと、後ろを振り向く。もうずいぶんと小さくなった二人の後ろ姿を見て、どこまでも男らしくなれなかった自分を冷笑した。
 オレはずっとナマエ見守ることが出来ればそれでいい。いつまでも大切な幼馴染みとして。この気持ちを消化するのに、何年掛かるかわからないけど。


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