(※攻め主です)






人から好かれること、特に恋慕の意味で好かれることはなかなかないことだと思う。
そしてその人が自分に好意を寄せていると確信することは稀なことだし、さらには自分の想い人なんて、夢のまた夢だ。
でもそれがもし、本当なら。

  

「緑谷」
「はい」
「俺に言うことない?」
「……え?」
「言いたいことない?の方が正しいか」
「…………あの、特に、ないですけど…?」
「えー、マジ?」

1年A組の教室、廊下沿いの窓を間に挟んで向かい合う。緑谷はキョトンとした後、眉根を寄せ困ったような表情を返してきた。
手招きして呼んだ時、ほんの一瞬だったけど緑谷から漏れ出た温かくて黄色いようなオーラは俺の確信をより裏付けてしまったのに、当の本人は今「後輩」の顔で「先輩」の俺と話している。緑谷が隠しているものに気付いてしまった身としては気になって気になって仕方がない。意識して抑えているのか、無意識に切り替わるのか。上手いのか下手なのかよくわからない態度に俺もどうすることもできない。
だんだんと疑問の色が濃くなりオドオドし出した大きな瞳ににこりと微笑み返してみるも、戸惑い困惑する表情は全く変わらない。笑えばそこそこ女子を赤面させてきた自覚はあるだけに、スルーされる以上にダメージのある反応に肩から項垂れるしかない。
大袈裟に溜息をついてみせると「す、すみません!」と緑谷が吃った。

「僕、何か気に触るようなことしましたか!?したんですよね!?」
「俺で遊んでんならもうやめろよ。さすがに傷つく」
「え!?」
「でもさあ、俺としてはそうとしか思えないわけ。気付かないなんて白々しいの。わかる?」
「……す、すみません、あの…」
「ん?」
「話が、全く、見えないで、す……」

困惑の色を浮かべながら小首を傾げる後輩を見つめる。
ここまでカマをかけても通じないとは思っていなかった。隠し通す気満々なのか。だとして緑谷はそれでいいのか甚だ疑問だ。

「緑谷はそれでいーんだ?」
「な、なにがでしょう」
「…………」
「そんな顔で見ないでください…!!」

ここまでシラを切られると地味に傷つくし虚しいし冷めそう…、はないか。
でも確実に俺のやる気はケバブのように1枚、1枚と薄く大きく削がれていく。

これまでずっと緑谷を見てきて、期待するたびにそんなわけないって打ち消してきた。それでも俺に向けられる表情や声、身振りにやっぱり自惚れじゃないって確信して、ちょっかいをかけては通じずの繰り返し、もどかしくて堪らない。
告ってこいよっつーサインを俺なりに出してきたけど変わりなく話しかけられて微笑まれるだけ、それとなく言ってみても躱されるどころか気付かれていない。

「本人にその気がなきゃ意味ねぇよなぁ」
「………へ?」

秘めた想いが尊いのはそりゃそうだろう。でも今回のパターンはそこで終わる話じゃない。
これからどう進めるべきか、もしくは引くべきか。今後の攻め方を思案しながら大きな瞳を見返すと、エメラルドに浮かぶ戸惑いの色がさらに濃くなった。
困ってんじゃねぇぞ。

「みょうじ先輩!また遊びに来てる〜!」

よく通る高い声が飛んできた瞬間、緑谷に視線を外された。
空中に取り残された視線を奥に向けると、宙に浮いた制服が跳ねながら駆け寄ってきていた。

「よぉ葉隠」
「先輩ほんとによく来ますよね!」
「駄目なの?」
「駄目じゃないですけど。クラスに友達いないのかなって勘繰ります〜」
「ひでぇなぁ」

底抜けに明るい声に心が軽くなり、口角が勝手に上がっていくのがわかる。

「じゃあ友達いなくなっても葉隠はずっと俺の相手してくれる?」
「えー、遠慮します」
「なんで」
「そういうとこですよ〜、自覚ないんですか?」
「葉隠の俺に対する認識ってどうなってんの。一応先輩なんだけど」

先輩に対してとは思えない言葉を投げられるのは今に始まったことではない。それでもころころと笑う声に嫌な気持ちは一切しなくて、こんな会話が楽しく感じられるのは葉隠だからなのかな、とも思う。
緑谷は黙ったまま、でも離れていく様子はなさそうだ。視線だけを左にずらし様子を窺う。

「…………は?」
「?みょうじ先輩?」
「………あー、葉隠。ちょっと緑谷と話あるから、ごめん」
「っ、え」
「緑谷、ちょっと来て」
「もうすぐ休み時間終わりますよ〜?」
「すぐ戻る」

疑問を浮かべた瞳に無理矢理視線を合わせると、緑谷の肩がびくりと震えた。無言で圧力をかけながらサッシから身体を離し踵を返すと、数秒遅れて小走りの足音がやってきた。
追いついた足音は隣に並ぶことはなくぴたりと後ろをついてきて、そんな気配に俺の苛立ちは募っていく一方だった。




騒めきが遠のいていく。
廊下の突き当たりに差し掛かり準備室が並ぶ廊下を目指して角を左に曲がると、予想通りそこには誰1人としていなかった。

「あの」と小声が上がったのと俺が振り返ったのはほぼ同時だった。
緑谷の左肩を掴み壁に押し付けると、不意打ちに驚いたのか緑谷は瞼を閉じ眉を顰めた。上靴の高い摩擦音が響いた。

「緑谷、お前いい加減にしろよ」

ただの八つ当たり、俺が言えばいいのに、わかってる。
それでもこれから俺の口から出るのは乱暴で我儘なエゴばかりで、そしてそれらを押し留める気もさらさらない。

「うるせぇくらい見てくるし嬉しそうに話しかけてきて。俺が気付いてねぇと思った?」

お前が言うなよ、と頭の中で呟いた。
でももし、緑谷が本当に望んでいないなら俺の気持ちは仕舞わなければいけない。だったら先に確かめるしかないだろ。
脳内で言い訳をしながら、怯え驚く瞳を無遠慮に覗き込む。

「終いにはあんなツラして。あんなになるのに全然何も言わねぇの、流石にイラついてきた」
「……ッせ「緑谷は、俺のことどう思ってんの?」

ここまで言ってやっと俺の真意が届いたのか、緑谷ははっと開いた口を右手で覆った。

「みょうじ、先輩」

指の隙間から籠った声が漏れ出る。気のせいでなければ震えていた。
今日一番目を見開き真っ直ぐに凝視してくる緑谷を認めてやっと、肩の力がすっと抜けていった。右手は肩に乗せたまま「怖くしてごめん」と呟くと、ゆるゆると頭を振り返してくれた。

「なあ、どう思ってる?」

目は口ほどに物を言うなんて、数分前の俺だったらそんなのは嘘だと断言していた。
でも今、俺を見上げるエメラルドの瞳はひどく潤んで辛そうで、切なそうで、そして。

「ほんと、も、わかってますよね……?」

気付いてって、好きって、言ってる。

「わかんない」

だいぶ前から気付いてるし、俺も好きだよ。

「俺馬鹿だから全然わかんねぇ」
「せんぱい」
「教えてよ。俺、緑谷がどうして欲しいのか知りたい」
「……っタチ悪過ぎです…!」
「ごめん」

でも言って欲しい。緑谷がどうやって伝えてくれるのか、知りたい。告白されたい。
そんなことを考えながら空いた左手で頬を撫で柔らかく微笑んでみせると、真っ赤に潤んだエメラルドがさらに揺らめいた。みるみる染まる目尻と耳朶をしっかり確認する。あーーー、キスしてぇ。

「……………す」

ごく、と喉仏が上下した。
逃げるように伏せられた瞼は右に左にとゆらゆら揺れていて、薄く細い深呼吸を繰り返す肩は強張っていた。鳩尾のあたりで握り合わされた両手の甲には無数の傷と筋が浮いている。

「す…………き、でし、た」

呼気を多く含んだ言葉が空気を震わせた。
胸のざわめきは潮が引くように静かになっていく。
たった一言でこんなにも満たされるし、俺はこの一言が欲しくて欲しくて堪らなかったのだと再認識する。

「でした?」
「…………へ?」
「なんで過去形」

そう付け足すと緑谷は声もなく叫び、そして遅れて不機嫌を纏い出した。

「細かいです!」
「大事だろ。今はそうじゃないとかヤだし」
「言うじゃないですか!!ほら!『ありがとうございました』とか!」
「俺はありがとうござい『ます』って言う派だけど」
「え」
「いやだってさ、今はそう思ってませんって思われたくないじゃん?」
「っっっいっ、意地悪……!!!」

怒ってるなあ、と笑うと眉間の皺を深くして睨んできた。何の牽制にもなってない、びっくりするくらい怖くない。

「嬉しくなかった?」

左肩から離した右手でもわもわの毛先が掛かった耳に触れる。吊り上がった眉は無視して耳殻を親指でなぞり、そして耳朶に降ろしていくと、緑谷は肩を揺らし息を呑んだ。

「オーケーもらえるってわかってて告白するとか、そーゆー安全パイ」

真っ赤に染まる頬と動転したかのようにぶれる潤んだ瞳に、胸は擽ったいなんてもんじゃない。
引き結ばれていた唇が緩んだ瞬間を見逃さず素早く顔を近付ける。
薄く唇を合わせるとくぐもった声が漏れた。咄嗟に胸板のシャツを掴んできた指先が震えているのを感じながら甘噛みをしてみると、口端から上擦った吐息が漏れた。

我ながらクサすぎる、でも本音なんだ。
今だってニヤけそうな表情筋を抑え込むことに神経のほとんどを使っていて、落ち着かない胸の内から溢れ出てくる言葉を選別することなんて到底無理だ。

「緑谷」

唇だけを離し、呼気が頬を撫で合う距離で見つめる。
羞恥に染まりながらもしっかりと見返してくる瞳に、やっぱりもっと、触りたい。

「好きだ、付き合って。んでもっかいしていい?」
「へ、あ、ちょっとま…っ、」

構わず唇を寄せ甘噛みをする。逃げようとする緑谷を押さえて続けていると次第に抵抗の色が薄れていき、ついにはごくごく緩く応えてくれた。
そのまま舌を入れようとしたらさすがにそれはまだ早かったようで、頭を平手で引っ叩かれた。




リフレクション
ワールズ

中原さん
リクエストありがとうございます。
「緑谷くんの片想い(バレバレ)で、夢主に誘導告白させられる」とリクいただいた時、あまりに悶え過ぎて大変でした。萌えが過ぎる設定を活かすべく頑張ったのですが、筆が止まらぬまま両片想いになってしまいました。一部設定を変えてしまい申し訳ございません…!
ラブコメっぽいおはなしを書けて楽しかったです。また遊びに来ていただけると嬉しいです。


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