忘れてるわけが無い

全部知ってる。

私は全てを知っている。生まれた瞬間から今まで目に映るものは全て記憶されている。産声を上げた時の母の涙も、幼稚園生の時に踏んだ草の名前も全て。現代のゼウス、などと呼ばれ持て囃されてきた人生だった、そんな私が。

「……おい、聞こえているなら返事をしろ」
「え、ああ、ごめんなさい。なんでしたっけ」

目の前の彼を見ると、不鮮明な映像に脳裏にチラつく。何かよく分からない感情が、ふつふつと燃え上がる。嬉しいのか、悲しいのか、怒っているのかすらも自分で分からない。

「お前の名前を聞いているんだ」
「あ、私は琴葉××です」

名乗ると彼は鋭い目を細め、睨むように私を観察した。上から下まで、それはもう、脳天から爪先まで。

「想像とは違ったな。こんな軟弱そうな女だとは」
「軟弱だなんてそんな、身体は硬いもん」
「知識以外の才能は空というわけか」
「む……その通りです」
「まあここはそんな奴らばかりだったな。俺は__」
「ビャクヤくんでしょ?」
「……なんだその馴れ馴れしい呼び方は」

なんだこの馴れ馴れしい呼び方は。

自分で自分に驚いてしまった。なぜならそれは無意識に出た言葉だったからだ。私は確かに知っている、十神白夜という完璧らしい存在を。しかしそれは彼がトンデモ有名人で、世界的に有名な十神一族の御曹司だからであり、決して仲が良い訳では無い。そもそも初対面だ。

「私今なんて呼んだ? 白夜くんって呼んだの?」
「自分で分かっていないのか……全知全能とは掛け離れた、とんでもない馬鹿だな」
「馬鹿じゃないもん、そういうところが嫌われるんだよ」

なぜそんなことを言えるのか、感じているのか、知っているのか、分からない。分からないということが分からない。

「初対面のお前に言われる筋合いは無い。他人に好かれようとも思わない」

十神白夜はそういって私に背を向けた。自己紹介が終わったらもう用済みという訳だ。その小さい背中が何故かとても遠く感じて、思わず手を伸ばした。待ってよ白夜くんってば。そう言おうとしたことが自分でわかってしまい、また混乱する。

私は初対面から下の名前で呼ぶようなムードメーカーでも陽キャちゃんでもないのに、なぜ近寄り難い彼の事をそう呼んだのか。

それが分かるのは、ずっと先の話。


________

「白夜くん、私、昨夜はじめてルアックコーヒーを飲んだの。知識として知っているだけじゃ味は分からないから」
「そうか、感想は?」
「事前情報が無ければ、最高に香りが良くてさっぱりしてて上品で美味しいコーヒーだったと思う。けどね……」
「製造の元や過程を知っていると楽しめない、と」
「そういうこと」

全知全能の神様なんて崇められても、生きてく上でこういった障害にぶち当たる。知らない方がいいことが、この世には山ほどあるのだ。

「フッ、いい勉強になったじゃないか」
「う〜ん、確かに味は知る事が出来たけども」
「知識だけの庶民派には分からない世界だったな。お前には味わうということ自体が酷だろうが」

この世は諸行無常だ。知っていても分からない。カレーは辛い、と分かっていても実際口にしてみないと辛いかどうかは分からない。つまりそういうこと。現代のゼウスと持ち上げられ特別扱いされがちな私だが、案外何も分からないポンコツなのだ。

それを彼は、白夜くんは面白がってくれている。
私はそれに救われていた。私の中身を知った人は、知識があるだけで常識はないと見切りをつけて去っていくのが常。だからこそ、こうしてからかいつつも傍で私の知らないことを教えてくれる彼が、私は。

「ところで明日は試験だが、さっさと帰った方がいいんじゃないか」
「出題される問題はわかってるし、その答えも分かるよ。ゼウスだからね」
「……面白いな。情報に踊らされコーヒーすら味わうことの出来ないお前が、超高校級の全知全能などと呼ばれるのか」

私は全て知っている。そんな詰まらない私を、白夜くんが好いている事も。そんな彼に私が好意を抱いていることも。

全部、知ってる。


________________
超高校級の全知全能
全て知ってるけど、知ってるだけ。なんでもは知らないよ、知ってる事だけ。

超高校級の御曹司
知識しかなく経験のない全知全能ゼウス神(笑)をからかって暇を潰している。暇は無ければ作るもの。つまり時間を作ってわざわざからかっている。

というのを原作沿い書きたいと思ったけど自分より頭のいいキャラを書くことは出来ないので没です。