不毛(千空)

「先輩、今度は隣のクラスの子と浮気してるって…」
「…だから、何で俺にそれを言うんだよ」
放課後の化学室、千空と私の二人っきり。蒸し暑さが消えてきた秋の夕方、外はしとしとと雨が降っていた。窓に映る千空の横顔を見ながら、言葉を続ける。
「私ってそんなに魅力ないかなぁ」
「魅力有無の以前の問題だろうが、向こうの倫理観どうなってんだよ」

高校に入ってすぐ、かっこいいと有名な先輩と委員会が同じになった。お世辞にも今までモテてきたとは言えない人生だったから、近い距離感や女の扱いに慣れている先輩に魅力を感じたし、モテる年上からのアピールに悪い気はしなかった、何より長年の不毛な片思いに疲れていた私は、気づけば差し出された手に飛びついていた。
初めての恋人に浮かれ、周りからの羨望の眼差しに優越感を感じていた期間はすぐに終わりを迎えた。先輩が他の女の子とも親しくしていると友人経由で聞いたのが始まりだ。まだ舞い上がっていた私は、先輩はモテるから女の子の方から寄ってくるのだろう、と大して気にも留めなかった。なんておめでたいんだ。
少しずつ交わすメッセージが減っていって、他の女の子の影が見え隠れする様になり、流石の私も焦りを覚え、恐々と本人に尋ねれば笑顔で「そんなことするわけないじゃん。なまえちゃんどうしたの?」と白々しく告げた先輩に思わずぞっとした。あ、この人何の罪悪感もないんだなと気づいた時には遅かった。彼の手中に落ちていた私は、それでも会えば優しく、一番だと言ってくれる甘い言葉に、縋るように関係を続けてしまっていた。

「毎回俺に愚痴るぐらいなら、別れりゃいいだろーが」
「…先輩も悪い人じゃないんだよ」
「悪くねーやつが何人もと関係持つかよ」
意味わかんねぇだろ、と呟く千空。彼の目には私はひどく非合理的に映っているのだろう。実際その通りだ。
別れちまえよ、とは言ってくれないんだろうな、千空は。
幼馴染の千空には最初からずっと相談をしていた。というか、先輩と出会った頃から逐一全部報告していた。下心があったのだ、人気の先輩と仲良くする姿に少しは妬いてくれないかな、ちょっとでも面白くなさそうな顔をしてくれないかな、と。いつまで変わらない幼馴染という関係から卒業して、せめて女の子として見てもらいたかった。残念ながら恋愛に全く興味がない彼には私の思惑は通用せず、逆に痺れを切らした私が先輩に溺れるのを加速させただけだった。千空はどんどん親密になる私と先輩の関係について、話は聞いてくれるものの、他のなんてことはない雑談と同じような反応しか返してくれなかった。
皮肉なことに、相談内容が先輩の浮気についてになってからの方が親身に話を聞いてもらっている気がする。千空は優しいから。落ち込んでいる私を放っておけないのだと思う。ただ、慰めるというより、何をやってるんだと呆れられているといった方が正しいのだけど。
あいつはやめとけって一言千空が言ってくれたら、こんな不毛なことすぐ止めるのに。優しくて正しい千空は私の行動を勝手に決めるような事は言わない。お前はそれでいいのか、とか、別れないのか、とかあくまで私が決めることだと言わんばかりに意志を確認してくる。
その優しさが嬉しいけど物足りない。
今だって話は聞いてくれるけど、千空は実験の手を止めることはしないし、私は千空の横顔を見ることしかできない。もう、どうにでもなっちゃえ。これで嫌われても今よりマシだ、なんて自暴自棄な思いで最後の切り札を出す。

「初めて捧げちゃったのになぁ」
「…は?」

目を見開いて私を見やる千空、やっとこっちを見てくれたね。それだけでちょっと安心する私は、やっぱり先輩の事をそこまで悪くは思えなかった。利用してるのはこっちも同じだ。

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