(フランソワ目覚め前)
目が覚めてから、そんなに美味しいものを食べてない。いや、科学王国には地道で根気がいる作業が山ほどあるので、体を動かしたあとのご飯は染みる。現代にいたときはコーラなんて飲まなかったけど、夏の炎天下での作業の後のコーラは喉を生き返らせてくれた。でも、千空君達が作ってくれたラーメンは、最初こそこのストーンワールドにラーメン!?と感動したけど、やっぱり現代の味を知っている身としてはそこまで美味しいとは思わなかった。だから、お酒の味も正直期待してなかった。ラーメンやコーラと違って、お酒は元々村の人たちが作っていたものだというし、多分そこまで美味しくないだろうなと思ってた。
それでも、ほんの少しだけ、初めてのお酒に期待してる自分がいた。
日が暮れてから、お酒を分けてもらいに行ったとき、ゲンに「あらら〜、なまえちゃんたら不良になっちゃったの〜?」と言われたけど事情を話したら素直に渡してくれた。揶揄う様な物言いだったけど、急にお酒なんて欲しがった私を心配してくれての発言だとわかって、相変わらず素直じゃないなぁと苦笑した。ゲンは折角だから皆で飲もうと提案してくれたけど、それは謹んで辞退した。
私には私のプランがあるのだ。そしてやっぱりそこら辺のプロであるゲンは、私の企みに気づいたみたいで、最後にはおめでとう、とどこからともなく小さな花を出してくれた。
右手にお酒、左手にゲンからもらったお花、この2つを持って司帝国のはずれの、少し丘になっている場所へ向かった。周りが展望できて眺めがいいのだ。丘の上の適当な石に腰掛け、栓を開ける。アルコールの匂いが漂ってきて、思わず期待に胸が鳴る。少し悪いことをしている気になってしまって、妙にワクワクしてきた。よし、飲むぞ!と瓶を持ち上げたら、聞きなじみのある声が降ってきた。
「こら、未成年飲酒」
「お巡りさんは陽くんの役割じゃないの?」
「陽は注意するかなぁ」
「不良警官だもんね」
「あれで公務員だったのが不思議だよ」
と笑いながら彼は私の横に腰掛けた。洞察力があって目敏い羽京君なら、私がお酒を持っていることも、こちらの方角へ一人で向かっていることも気づいて付いてくると思ってた。「それで、なまえちゃん、どうしたの」急にお酒なんて飲み始めて、と尋ねるその声は優しく、心配してくれているのが伝わってきた。
「あのね、正確な時間はわからないけど、多分5分前ぐらいに20歳になったの」
「え…」
ストーンワールドで成人とか、お酒の年齢制限とか、何の意味もないのはわかってるけど、何となく特別に感じちゃうんだ、と伝えたら、びっくりして固まっていた彼も破顔した。
「そんなことないよ!おめでとう。なまえちゃん」
「ありがとう、羽京君にお祝いしてもらえるの、なんだか嬉しいな」
「それは、どういたしまして?でも、なんだってこんなところで一人で飲もうとしたの?言ってくれれば皆でお祝いしたのに」
「うーん、我らがリーダーが今そんな気分じゃないかなって」
一昨日司君を眠らせたばかりだ。誰より仲間思いな千空君が気にしてないわけがない。
「優しいね、なまえちゃんは。でも、千空はむしろお祝い事があれば喜んだと思うよ」
「そうかもね。でもいいの、こうやって羽京君と二人で過ごす誕生日も悪くないし」
「それは光栄だな」
そうやってさらっと返しちゃうところが、大人な羽京君らしくってときめいてしまう。本当は、一人で祝おうとした理由は千空君のことだけじゃない。羽京君なら気づいて追いかけてくれるんじゃないかって、期待してた。今だって、結構勇気を絞って言ったセリフなのに、こうも簡単に返されると自分が一人相撲をしているみたいで妙に気恥しい。ごまかす様に羽京君に質問を投げかけた。
「ねぇ、お酒って美味しい?」
「うーん、どうだろう。ひとによるとは思うけど、僕は好きだよ」
「そうなの?普段あんまり飲んでないイメージだった」
「この世界では急に何が起こるかわからないからね。僕の耳は外敵の見張りになる。その僕が酔っ払ってたら話にならないからね、あまり飲まないようにしてたんだ」
「酔っ払った羽京君が想像できない…」
「飲んでも変に酔っ払ったりはしないよ。でも、顔が変わらなくても判断力は確実に鈍るからね」
「そういうもんなんだね」
「今なまえちゃんが飲もうとしてるワインも、初めて飲むにはアルコール度数強いから気を付けてね」
と、瓶を指さされて、すっかり話に夢中になってワインの存在を忘れていたことに気づいた。ここに来た本来の目的だというのに。そろそろ覚悟を決めて飲んでみよう、未知の味に期待を込めて瓶を唇に近づけた。
「…苦い」
「あはは、やっぱり最初にストーンワールドのワインは厳しいみたいだね。3700年前だったら、カクテルとか、果実酒とか、もっと甘くて飲みやすいお酒から試せたんだけどね」
「私が子供舌ってことね…」
「そんなことないよ。僕だってワインは好きだったけど、この世界のはあんまり美味しいとは思わないしね」
「私、当分お酒はいいかな…。千空君がカクテル作ってくれたら、また挑戦する」
「もう飲まないなら、僕が飲んでいいかな」との提案に申し訳ないけど甘えさせてもらった。これを1瓶は飲めそうにない。さっきの話からするとあまり飲まないようにしていただろうに、またもや気を使ってもらってしまった。舌どころか、全てに置いて大人な羽京君との差を感じてしまう。あーぁ、と思いっきり背伸びをする。
「もっと美味しいものたくさん食べたいなー」
「大丈夫、千空がこれからもっと色々作ってくれるさ」
「うん、期待しておく」
なにしろこのストーンワールドで世界へ飛び出そうというのだ。夢みたいな話だけど、今までに彼が作ってくれたものの数々を見ると現実味を帯びてくる。船で外国に行けたら、食材の幅も広がるだろう。
「カクテルとか果実酒とか、色々復活したら、またお酒付き合ってくれる?」
「もちろん、喜んで付き合うよ」
娯楽も何も世界だけど、美味しいものを食べるために、がんばろう。そう決意した。