万年桜とサボりの桃太郎

季節外れの桜の花びらがひらひらと風と舞っていた。
今の季節は秋。本来なら桜の季節はとっくに終わっているはずである。それなのにこの桜の樹は春夏秋冬、季節に関係なくいつも満開の花を咲かせている。
いつの頃からそれは『万年桜』と呼ばれ、いつの時代も塾生達の憩いの場所だった。

季節は中秋を過ぎ日毎に気温の寒暖差を感じるようになった。けれども日中は、動けば少し汗ばむくらいに暖かい。
「剣くん、またサボりなの?」
ここ数日、午後の授業が始まってもその場を動かない輩がいる。
万年桜の幹に寄り掛かり気持ち良さそうに微睡むのは、一号生筆頭・剣桃太郎である。
ナーナの問い掛けに返ってきたのは、微かな寝息。
(いつもなら私の気配に気づくのにね……)
足音を立てないように慎重に桃に近づき、ナーナは彼の隣にそっと腰を下ろした。
(お疲れなのかな?)
それは仕方ないと思う。
一号生が男塾に入塾して半年が過ぎようとしている。
全国から行き場の無くなった不良少年達を集め、過激なスパルタ教育を施すのが男塾。

封建制度、軍国主義。

時代遅れな教育はなんのその、塾生は友情を育みながら命を懸けて苛酷な死闘に挑んだ。

驚邏大四凶殺・大威震八連制覇。

それらが終わった今、塾生たちはつかの間の平穏な日々に心と身体を休めていた。桃だって例外ではないだろう。
「……」
ナーナは隣の桃の寝顔を見つめた。
精悍な顔つき。時に年上ではないかと思うほど大人な彼。
頭脳明晰、語学堪能。数々の秘技・秘拳を極めている謎多い男。けれどもそれを鼻に掛けることなく仲間思いで義に厚い男。
(飄々としてつかみどころないんだけど、厭味がないから凄い)
初めて出会ったあの日、ナーナは桃に恋をした。
けれどもそれを伝えるわけでもなく、ただ心に秘めている。

桃の傍にいれればそれでいい。多くは望まない。

「……」
肩に感じる心地好い重みに桃は目を開けた。
「ナーナさん?」
「スゥスゥ……」
桃に寄り掛かり気持ち良さそうに眠っているのはナーナ。

彼女との出会いは男塾に入学してすぐの事―――。

その日桃はいつものように遅刻をした。彼は遅刻常習者なので珍しい事ではない。
男塾に登校してきた桃は校舎の屋根の上に人影を見かけた。
「あれは、女か?」
近づいて見るとそれは女性で、大工道具を手に屋根の上を忙しく動き回っていた。
(なんで女人禁制の男塾に女がいるんだ??)
そう思ったのと同時に、桃は人塾してすぐ仲間の話しをふと思い出した。

『なあ桃、男塾って女人禁制だよな?』
休み時間富樫がなにやら神妙な面持ちで訊いてきた。
『当たり前だろう?フッ富樫お前夢でも見たんじゃないのか?』
『いや夢じゃねぇ。秀麻呂も田沢も見てるんじゃよ』

その時は話し半分で聞いていたのですっかり忘れていた。
「……マジかよ」
結局、富樫の話は本当だった。
彼女の名前は七瀬ナーナ。
桃ら一号生が入学する前から男塾にいたという。噂では男塾塾長江田島平八の旧友の娘で、訳あってこの女人禁制の男塾で特例を持って預かっているとの事だった。
桃は何度か男塾にいる本当の理由をナーナに訊ねたことがある。
だがナーナは答えてはくれず、いつも体よくはぐらかされたのだ。
(こうやって間近で見ると、ナーナさん、綺麗だ……)
白い肌はきめ細かくみずみずしい。化粧といえば薄い暖色の口紅が塗られているだけ。
ナーナは塾生達に女性である事を意識させないように色々と工夫していた。
例えば身体の線がでないゆったりとした服や肌を露出させないように真夏でも長袖。ほぼノーメイク。ただし血色が悪く見えないように口紅だけは薄い暖色をひいていた。
ナーナに好意を持っている塾生達は多分多いだろう。

桃もそんな一人。

「無防備過ぎるぜナーナさん?」
こんな姿を見せるのは自分の時だけにしてほしい。自分以外の者には見せたくない。
「フフフ、喰っちまうぞ?」
桃はそう呟くと、そっとナーナに口づけた。

不知夜月