7.全てはあなたへと続く未来
予め相手の女の事は全て調べる。ナーナも例外ではない。
天挑五輪大武會冥凰島決勝戦。
「この天挑五輪大武會。決勝戦の火ブタを切る前に自己紹介をしておこう」
豪毅の目に白いハチマキを巻いた精悍な顔つきの男が映る。彼も豪毅を見つめていた。
男塾総大将 剣桃太郎。
初めて自ずから欲した女の幼なじみで……。
心の中に渦巻くどす黒い塊。
これを何と表現すればいいのか。
「……思い知らせてやるがよい。貴様の力を!!」
冥凰島十六士赤い稲妻(レッド・サンダー)に声をかけ、豪毅は司令室に戻った。
「豪毅さん?」
豪毅から冥凰島に来るように言われ、昨日からここに滞在していたナーナは、司令室に戻ってきた豪毅の様子がいつもと違うのに気がついた。
「ナーナ、モニターを見ろ」
闘技場が映しだされた大画面のモニター。
「!?」
ナーナの目が大きく見開かれる。
そこに映っていたのは────。
まさか、『彼の戦い』を見せる為に豪毅さんは私を呼んだの?
ナーナは豪毅を見つめるが、彼は目を合わせようとしなかった。
試合は雷に苦戦しながらも桃太郎が勝った。無事でよかったと、ほっとしている自分がいる。
「……」
でもそれは知り合いが無事で良かったという気持ちで、幼なじみだった彼への恋愛感情は今はない。
今は豪毅さんだけなのに────。
「……」
ナーナは悲しくなり、モニタールームから出て行く。
だが豪毅は一瞥しただけだった。
エレベーターに乗り、宛がわれている部屋へ向う。
「ナーナ様」
「あ、洪(ホン)さん」
途中この冥凰島十六士師範である洪礼明(ホンリンメイ)が声をかけてきた。
冥凰島に来てから何かと気にかけてくれる。
「若の事嫌いになられましたか?」
やり取りを見ていたのであろうか。
洪の言葉にナーナは首を横に振る。
「どういう意味であの試合を豪毅さんが私に見せたのか分かりません。でも桃……剣桃太郎とは終わっているんです」
確かに彼を想って泣いたこともあった。でも、豪毅に出会い彼に惹かれ、今はもっと彼を知りたいと思っている。
「私はまだ少しの時間しか豪毅さんと過ごしていません。もっと彼の事を知って、藤堂豪毅という人を知りたいんです」
ナーナはしっかりと洪を見つめた。
「若に近づく女性は全て藤堂家目当てで、誰も若自身を見てませんでした」
「あ……」
ナーナも令嬢だから分かる。「家」目当てに近づいてくる欲に溺れた人間達の事を。
豪毅も同じだった。
「あなたは若自身を見て下さっている。どうか若をお願い申し上げます」
「洪さん?」
戦う世界に身を置いているからには、いつか死ぬという事は避けられないだろう。
でも自分が知り合った極少数の人達には、死んで欲しくないと思う。
自分勝手な考えだけど……。
けれどもその願いは届かなかった。
「これからの戦いは凄惨極めるでしょう。貴女様が見て決して気持ちの良い物ではありません」
「……」
「じきに若から連絡があると思いますので、お部屋でお休み下さい」
冥凰島での戦いは男塾が優位だった。豪毅率いる冥凰島十六士の戦いぶりのふがいなさに、怒りをもって藤堂兵衛が乱入してきた。
『……諸君等にはこれより、真の決戦闘場へと移動してもらう……』
主催者である兵衛の一言により、場所を移し戦うという事に変更された。
そして冥凰島殺シアム。
世界中のVIPが観戦する中、戦いはいよいよ最終決戦を迎えていた。
(豪毅さん、桃……)
二人が戦うなんて、どれだけ神は残酷な事をするのだろう。
ナーナはロイヤルボックス席にいた。勿論藤堂兵衛も一緒である。
「フフッなかなか出来るようだな。あの剣とかいう男…………!!」
傍らに控えている部下に剣桃太郎の事を至急調べるように命令する。
「豪毅さん……」
胸の前で手を組み心の中で祈る。もう誰も死んで欲しくないから。
最後の戦いが始まった。
豪毅と桃太郎の試合は一進一退。実力は互角だった。
「くらえっ!!蒼龍寺超秘奥義暹氣龍魂!!」
豪毅の振るった刃から青白く燃える龍の様な氣の塊が発生する。
だが、桃太郎も黙っていない。
「王虎寺超秘奥義暹氣虎魂!!」
桃太郎の振るった刃から青白く燃える虎の様な氣の塊が発生した。
空中で龍虎が烈しく衝突し消えた。
「!!」
ナーナは息を呑んだ。兵衛と部下の話しが時折聴こえてくる。
「ば馬鹿な……ここのデータによると……」
武術界ふたつの総本山の一つ蒼龍寺で豪毅は修業を積み、桃太郎はもう一つの王虎寺で修業を積み、互いの寺に伝わる秘奥義を皆伝していたと。
確か彼は武者修業だと言って、何年も日本へ帰って来なかった時期があった。
(桃はあの頃から決めていたんだね……)
氣を刀身に集中し龍(虎)の形をした衝撃波として繰り出すその技は、その破壊力に比例して消耗が大きい。
互いに打った二回目の衝撃波はコロシアムの土台を破壊し、クレーターがそこに出現する。
力は互角だった。
大量の氣を使い果たした二人はしばし刀で戦い合う。
豪毅の刀が桃太郎を切り、桃太郎の刀が豪毅を切る。
「……」
二人が傷つけ合うその姿にナーナはその都度目を逸らした。
見なければいけないその試合。けれども傷つけ合う姿に胸が苦しくて。
「顔色が優れんようだな。別室で休んでいても構わんぞ」
ナーナの苦しそうな様子に、兵衛はそう声をかける。
「お義父様、申し訳ございませんがお言葉に甘えさせていただきます」
まだ籍を入れた訳ではないが、兵衛は自分の事を『お義父様』とナーナに呼ばせていた。
『お義父様』と声に出す度、胸の中がもやもやとする。
藤堂兵衛のあの雰囲気は、祖父を思い出させる。とても苦手な人だった。
宛がわれた部屋はだだっ広い和室。広すぎて違和感満載だ。
「悪趣味ね。お祖父様といい勝負だわ」
部屋を見渡すと兵衛の収集品だろうか。一目見ても高価な壷や皿だと分かる骨董品が並んでいる。
あの白磁の皿は、確か億はくだらないと何かの本で見た事があった。
「ふう……」
あの場からこの部屋に移動をして、気分はだいぶ落ち着いた。
桃太郎とは生まれる前から出会っていて、自然と好きになっていた。
豪毅は良い噂がなかった。残虐・冷酷・非情で不遜。
けれどもナーナの知る豪毅は、野望と闘志の中に深い哀しみが揺らめいているように見え、彼を知る度に守りたいと思ったのだ。
自分の心を整理していたナーナは、屋敷内が慌ただしいのに気がつく。
何かあったのだろうかと考えていると、乱暴に襖が開いた。
「ナーナ様っ!豪毅様が!!」
「えっ!?」
部屋に駆け込んで来たメイドの顔は真っ青で、ただならぬ様子だった。
冥凰島から自家用ヘリコプターでその場所へ急ぎ移動する。
ヘリコプターの中で知らされたのは、あの後の壮絶な戦い。死力を尽くして二人は戦い、遂に桃太郎の拳が豪毅の胸を貫いたと。
身体は震え、衝撃は隠せなかった。
通された部屋には、上半身を包帯に巻かれた豪毅がベッドに横たわっていた。
医師が詳しい容態をナーナに話す。
幸いにも拳は急所が外れており(桃太郎はわざと急所を外していた)重傷であるが、豪毅の体力ならば助かるとの事だった。
「ナーナ様!?」
騒然とする部屋の中。
張り詰めていた緊張が緩んだのか、徐々に意識が遠のいてゆく。
「あ……」
ナーナはその場に崩れ落ちた。
「……」
目を開けると視界に白い天井が飛び込んできた。
「気がついたか」
「ご、豪毅さん!?」
かけられた声に驚き思わず飛び起きる。
「っ!!」
だがいきなり起き上がったので、クラリと視界が歪み再びベッドに沈み込んだ。
「全くお前は慌て者だな」
ククッと豪毅は喉で笑う。馬鹿にしてるような豪毅の態度だが、これは彼の愛情の裏返し。
かなりの重傷で、命を危ぶまれた豪毅。その傷はかなり深いはずなのに、彼は痛さを全く感じさせない。
「豪毅さんは大丈夫ですか?」
それが分かっているから普通に言ったつもりなのに、何故か視界がぼやけていた。
「あ、あれ?」
「ナーナ……」
豪毅の手がナーナの頬に触れ、そっと涙を拭う。
ナーナは泣いていたのだ。
けれどもそれは悲しみの涙ではなく、豪毅が無事だったという嬉し涙。
「豪毅さんが……無事でよかった。……私は豪毅さんが大切なの……」
そんなナーナを愛おしいと思う。
「もう待たん」
「え?」
「今すぐお前をもらう。文句も反論も許さん」
お見合いをして約一年。
二人にはまだ肉体の関係はない。
豪毅にしてみれば、今までよく我慢していたものだと自分に感心してしまう。
色事よりも優先したいものがあったのだろう。
「きゃあ!!ご、豪毅さん!?」
豪毅はナーナを抱き上げた。
「帰るぞナーナ」
「え?でも豪毅さん傷がまだ……」
つい数時間前まで重傷の容態で命すら危ぶまれたのに。
「フン。こんなのかすり傷だ」
それはまるで駄々をこねる子供のようで。
「豪毅さん!!」
「!!」
ナーナは豪毅の首に腕をからませ、それから唇を重ねた。
「俺を煽った事を後悔させてやる。覚悟しろよ」
唇が離れると、豪毅は意地悪く耳元で囁く。
それが彼の愛情表現だと分かるから。
ナーナは返事の代わりに、豪毅にギュッと抱き着いた。