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 人通りの少ないビルの谷間。
 ぶらぶらと当てもなく歩いた休日、私はそこで猫と出会った。段ボールに白い毛並みの子猫が三匹、お互いを暖めるかのように身を寄せ合っていた。
 我が家はペット不可のマンションでこの子達を飼うわけにはいかず、かといってこのまま放っておくことも出来なくて、とりあえず飼い主を探しながら世話をすることにした。とはいっても連れて帰れるわけはなく、世話と言っても仕事帰りや休日に寄る程度でのことで、世話をしている≠ニ言えるほどのものでもないのが現実だった。
 異変に気が付いたのは、夜中に突然大雨が降った翌日。
 きっとずぶ濡れだろう。風邪を引いているかも知れない。
 逸る気持ちで谷間に足を踏み入れた私の目に映ったのは、子猫達の段ボールに立てかけられた傘だった。
 透明なビニールのそれに守られて子猫たちは元気に過ごしていて、そこに傘があったことが偶然≠ニいうわけではないことは考えずとも分かった。
 私の他に、この子達を気遣っている人がいるのだ。
 その人が飼ってくれればいいのにとは思ったが、飼えるならそうしているだろうとすぐに思い直す。きっと私と同じで、飼えない理由があるのだろう。


※ ※ ※


 その次もその次も、異変は起こり続けた。
 私が与えたものではない餌。新しい毛布。私が出来ていないことをやってくれている、誰か。
 何度もその異変を見ているのに、私はそれをもたらしている人に会ったことがない。どうやらその人と私は入れ違いで子猫の元へ来ているようだ。いつか会ってお礼を言いたいと思いながら、その機会は一向にやってこなかった。
 いつもより少しばかり早く仕事が終わった私は、子猫達の元に向かっていた。
 仕事の同僚、友人、ありとあらゆる人に声を掛けて飼い主を探しているのだが、依然として引き取り手は見つからない。私が声を掛けた人達も「探しておくよ」と言ってくれたので一人で探すよりは見つかる可能性は高くなったが、それでも先が見えないことに変わりはない。
早く、あの子達に家を与えたい。
 もっと目の付くところにあの子達が居ればまた違ったかも知れない。あそこは本当に人通りが少ない。少ない、というのは少々好意的な言い方で、本音を言えば全くない。
 あの日私があの子達を見つけたのは、本当に偶然で、奇跡的なことだったと思う。
 だから、だろう。私と同じようにあの子猫達を見つけた誰かと仲良くなれそうな気がしているのは。
 いつか会えるだろうか、その誰かと。そう思いながらビルの谷間に足を踏み入れた。
 誰かいる。
 そこで足をピタリと止めて、その人を観察する。少し距離があるのではっきりと見えたわけではないが、その人は子猫が入っている段ボールを覗き込んでいるようだ。
 子猫達とその人の様子から、どうやら時々世話をしてくれている人のようだと推測した。子猫達が慣れた様子だし、こちらには背中しか向けられていないが、その様子も慣れているような感じがした。
 その後ろ姿から察するに、その人は男性らしい。
「あの、こんにちは」
 一瞬戸惑ったが声を掛けることにした。
 歩み寄るとその人が振り向く。浅黒い肌に白い髪。シャツの胸元にサングラスが引っ掛かっている。その目付きが鋭くて、でもどこか寂しげで、猫みたいだと思った。
「………………」
 その人は私をその目に映しているはずなのに、何も言おうとしない。「いつも、お世話して下さってるんですか?」
 黙って見つめ合っていても仕方ないのでそう訊いた。十中八九、この人がもう一人の世話人なのだろうと確信していたが、万が一ということもある。
「いつも世話してんのは、アンタの方だろ。俺はたまに、だ」
「え」
 彼はどうしてそれを知っているのだろうか。
 そう思ったのが顔に出ていたのか、彼は、「家から見える」と付け加えた。辺りを見回してみたが、人が住んでいるような建物が見受けられない。ほとんど廃墟のようなアパートが近くにあるが、まさかそこだというのだろうか。
「家、この辺りなんですか?」
「まぁな」
 地面に視線を投げ掛けながら彼が言う。詳しい場所等を教えてくれる気はないようだ。
 しかし、こうして質問にちゃんと答えてくれる辺り、悪い人ではないらしい。そもそも、悪い人なら子猫達の世話などしないだろうが。
「いつもありがとうございます。一人だとなかなか手が行き届かなくて……」
「アンタ、飼わねえのか?」
「飼いたいのは山々なんですけど、うちはペット禁止で……」
「そうか」
「えっと……」
 この人のところはどうだろうかと思って訊こうと思ったが、彼の名前を知らなかったので引っ掛かった。
「自己紹介、まだでしたね。私は山口洋子と言います」
「…………K'
 ケイ・ダッシュ。変わった名前だ。外国の方なのだろうか。とても日本語が上手だ。
「ダッシュさんのところでは飼えないんですか?」
「………………あぁ」
「そうですか……。今、知り合いを当たって、引き取ってくれる方を探してるんですが。……ちょっと難しそうです」
「そうか」
 どうも口数が少ない人のようだ。
 次は何を話そうか話題を探していると、彼はシャツの胸元に掛けていたサングラスを掛けた。
「俺はもう行くぜ」
「あ、はい。すみません。お忙しいのに」
「……じゃあな、洋子」
 擦れ違いざま、彼はそう言って私の横を過ぎた。呼び捨てられた自分の名前がまるで自分のものではなく、何か特別なもののように感じた。
 これが私と彼の初めての出会い。


※ ※ ※


 子猫達の引き取り手は幸いなことに見つかった。ただ、見つかったのは二匹のみで、一匹だけはどうしても見つからなかった。
 あれから何度か、子猫達の元でダッシュさんに会った。
 その回数を重ねて知ったのだが、ダッシュというのが名字というわけではなく、ケイダッシュで名前らしい。変わった名前だと言うと、「本名じゃねぇ」と言われた。では、本名はなんというのかと尋ねたら「知らねえ」と、これまた短く答えられた。
 あまり多くは教えてもらえなかったが、どうやら彼には記憶がないらしい。
 人に付けられた名前が、ケイダッシュだそうだ。「何とも珍妙なセンスですね」と言うと彼は鼻で小さく笑い、その小さく上がった口角に私の胸はときめいたのだった。
 思えば、初めて彼を見掛けたときから惹かれていた。運命のようなものを感じてしまっているのは、やはりあの場所が人目に付きにくいからだろう。口数は少なく、恐ろしく無愛想だが、幸いなことに嫌われているわけではなさそうだ。もし嫌っているのなら、記憶のことも話してはくれなかったに違いない。
 一匹だけ残った子猫の世話は、相変わらず私とケイさんで──ダッシュさん≠ヘ呼びにくいので変えさせてもらった──行っていた。
 その日も子猫の世話をする為にあそこへ向かっていた。すっかり慣れた道を辿ってそこへ足を踏み入れた時、そこに新たな人影があった。

 とても大きい人だった。横にも縦にも大きい。がっしりしてる≠ニいうのが正しい表現かも知れない。
 その人は、初めてケイさんに会った時の彼同様、子猫の入った段ボールを覗き込んでるようだ。
 そちらへ近付こうか悩んでいると、その人が振り向いた。ビクリと反応してしまったが、その人はにっこりと微笑むと手招きをして私を呼ぶ。ソロソロとそちらに歩み寄った。
「こ、こんにちは」
「こんにちは、お嬢ちゃん」
「えっと」
 何から聞こうかと考えていると、その人がフッと笑った。
「俺はマキシマ。最近相棒が楽しそうにしてるから気になって来てみただけだ」
「"相棒"?」
「あぁ、知ってるだろ。K'
「ああ……ケイさんのお知り合いなんですね」
「いつもあいつが世話んなってるな」
「いえ、こちらこそ。その子の面倒一緒に見てもらって、助かってます」
 その子≠フところで、段ボールからこちらを見上げている子猫を見た。
「意外だったよ。あいつがこんなのに興味を持ってるなんてな」
 マキシマさんはこんなの≠ニ言ったが、その目も、頭を撫でる指先も、優しさに満ち溢れていた。
「あ、あの。マキシマさんのところはどうでしょう?」
「ん?」
「この子、飼えませんか? 実は引き取り手がなくて……」
「お嬢さんのところは?」
「うちは、ペット禁止なんです。今、ペットが飼えるところに引っ越しも検討してるんですが、情けないことに先立つものがなくて……」
 この子が残されることが分かってから考えていた。私がこの子を飼えない理由は、住んでいるところがペット禁止、という理由だけ。それさえなければ飼えるのだ。
 だから引っ越しをしよう。
 そう思ったものの、残念なことにその資金がなかった。
 なんとか次のボーナスが入ればいけそうなのだが、まだそれまで数ヶ月ある。
「うーん。飼ってもいいんだが、俺達もいつどうなるか分からんからなぁ」
その言い方からして、転勤族か何かで、恐らく家族がいるのだろう。
「あ、それなら、私が引っ越しするまでの間だけ飼ってくれませんか?」
 このままこの段ボールに入れて数ヶ月過ごすよりはいいと思った。
 これから梅雨に入る。雨が続けば、この子も体調を崩してしまうかも。
「そういうことなら、いいぜ」
「ホントですか!?」
「あぁ。……ところで、アンタが引っ越すって話、アイツは知ってるのかい?」
「はい。そうするつもりだと伝えていますが……」
「一週間くらい前に?」
「はい。……ってなんで分かったんですか?」
「ハッハッハ。それはアイツがお子様だからさ」
 マキシマさんの言っていることは良く分からなかったが、とりあえず残った一匹の子猫はこれで屋根のない生活とはお別れ出来るようだ。
「良かったね」
 言いながら段ボールの淵に手を掛けている子猫を撫でる。
「そういや、この子の名前はあるのかい?」
「いえ、まだ決めてなくて……」
「そうか」
「マキシマさんが付けて下さってもいいですよ。当面、そちらでお世話になることになるわけですし」
 そう言うと、彼は少し悩んで一つ頷いた。
 こうして、全ての子猫の引き取り手が決まった。引き取る際に必要だから、とマキシマさんと連絡先を交換したのだが、彼は律儀にも定期的に子猫の様子を送ってくれた。それを見る限り、順調に成長してるようだ。
 一つ残念なのは、もうケイさんに会うことがないということ。私達の接点は子猫の他にはなく、その子猫もマキシマさんが引き取ってしまえば私があのビルの谷間に行く理由も、ケイさんが来る理由もない。
 もう、会うことがない。理由がない。場所がない。
 子猫を引き取ったことは、きっとマキシマさんから伝わるだろう。
 もう少し話す機会が多ければ、もっと仲良くなれたかも知れないが、その機会は二度とない。


※ ※ ※


 そして三ヶ月後。
 ボーナスが支給された私は目星を付けておいたアパートを契約した。そこは予定通りペット可のアパートで、子猫達が居たあの場所から程近い場所だった。
 子猫を引き取る為の用品を買い揃え、マキシマさんに連絡を取るとすぐに住所が送られてきて、待っているとのことだったのでケージを持って向かった。
 彼から送られて来た住所はあの場所のすぐ近くだった。というより、私が廃墟だと思ったあのアパートだった。訪ねてみて驚いたのだが、外から見ると廃墟のように見えるのに、その中は意外としっかりしていた。
 呼び鈴はなく、ドアをノックする他なかったので、軽く叩いてみた。すると、中からマキシマさんの声が聞こえてくる。誰かにドアを開けるように言っているらしかった。何度かマキシマさんの頼み込むような声が聞こえ、今度は乱暴な足音が聞こえる。それは荒い音を立てながら近付いて来る。ドアの前でそれが止まると、乱暴に鍵が開けられる音がしてグイっとこちらにドアが開いた。
 そこから顔を覗かせたのは、
「あ、アンタ……」
「あれ? ケイさん?」
 荒い足音の主はケイさんだった。目を丸くして見つめ合っている私達にマキシマさんの声が飛んでくる。
「二人ともそんなとこにいないで、入れよ」
 少しからかいの色を含んだようなその声に、ケイさんはしかめっ面をして舌打ちを一つ。そのまま部屋の奥へ歩いて行ってしまった。
「あ、えと。お邪魔します」
 玄関で靴を脱いで上がった私も奥へ進む。そこはリビングのようだった。隅でケイさんが煙草を吹かしていて、部屋のほぼ中央でマキシマさんが子猫と遊んでいた。
「いらっしゃい。待ってたぜ」
「お邪魔します」
 子猫はマキシマさんから頂いた報告通り、元気に育っていた。それを見て確認した後は、どうしてもケイさんとマキシマさんを交互に見てしまう。友人同士だと思っていたが、ケイさんの雰囲気が自分の家に居るときのそれな気がした。
K'がいて、驚いたかい?」
「え、ええ。まぁ」
「一緒に住んでるんだ。俺はこいつの、まぁ、保護者みたいなもんかな」
「はぁ」
「適当なこと言ってんじゃねぇぞ、テメェ」
 それを聞いたケイさんがドスの効いた声で唸る。初めて聞くそれに私は驚いて委縮してしまったが、マキシマさんは大して気にも留めていない様子だ。
「アパートはすぐ近くに?」
「はい。そうです」
「だろうな。連絡してから訪ねて来るまでが早かった」
 なぜかケイさんがマキシマさんを睨んだ。ここでもやはり、その様子をマキシマさんは気にしていない。
 子猫は嫌がらずにケージに入ってくれた。これまで預かってくれていたお礼として、菓子折りを持って来たのを差し出して引き取りは完了だ。
「それじゃあ、私はこの辺で。ありがとうございました」
 改めて子猫のお礼を言って立ち上がる。するとマキシマさんがケイさんに呼び掛けた。
「おい、K'。彼女を送ってこいよ」
「あ?」
「え?」
 そして、彼はそんなこと言った。訊き返したのはケイさんと私だ。
「何言ってんだ、テメェ」
「何って、女の子の一人歩きは何があるか分からんからな」
「ここに来るまで特に何もありませんでしたけど」
「だからと言って、帰りも何事もない保証なんてないだろう?」
「それは、そうですが……」
 そうはいってもまだ昼間だ。危険なことがあるとは思えない。
「いいから送ってもらっときな。それとも俺の方がいいのかい?」
「え」
「ちっ」
 マキシマさんが口角を上げて言うのと同時にケイさんが舌打ちをして立ち上がった。そしてそのまま玄関に向かう。
「行くぞ、洋子」
「へ、あ、はい!」
 チラリとマキシマさんを見ると、ニコニコと手を振ってウインクをくれた。


※ ※ ※


 特に会話もなく、私はケイさんと歩いている。どうもイライラしている様子だし、話し掛け辛い。かといってこのまま無言なのも侘しい。
せっかくまた会えたのだから何か話したいと思った。
「あ、そういえば、ケイさんっていくつなんですか?」
 言ってから、しまったと思った。記憶がないと言っていたが、年齢もそれに含まれるはずだ。迂闊だったと、思わず頭を抱え込みそうになる。
「知らねえ」
 返ってきたのはやはりそんな言葉で、軽々しく年齢のことを訊いた自分を心の中で叱責する。
「ただ……」
 零すようにケイさんが言う。
「ハタチにはなってねぇらしい」
「へ、へぇ。そうなん、ですか」
 ということは少し年下か。彼はそういうの気にするのだろうか。
「オイ」
 その声に顔を上げると二股に分かれた道の真ん中でケイさんが立っている。
「どっちだ?」
「あ、こっちです」
 そう言って右の道を指した。
 そこからはまた無言だった。迂闊な発言はするまいと思って質問を慎重に考えたが、まだ何が彼にとってされたくない質問で、していい質問なのか分からない。
 そうこうしている内に家に着いてしまった。
「ここです。このアパート」
「そうか」
 これで、お別れか。そう思うと、このまま別れたくないという気持ちが沸き上がる。せっかくまた会えた。今度こそ、もう会えないかも知れない。
「あの!」
 今度は何も考えず思ったまま口に出た。
「家、寄って行きませんか?」
「は?」
「あー、いやー。こ、この子も! きっと、まだケイさんとお別れしたくないと思うんです!」
 言い訳にしたのはケージに入って大人しくしている子猫。私が目の高さまでケージを掲げるとタイミング良く鳴いた。
「ほら!」
「…………」
「それに、それに……」
 必死に言い訳を探す私に、ケイさんが溜息をつく。
「分かった」
「え」
「分かった。寄ってく」
 意外なことに、彼は私の誘いに乗ってくれた。
「あ、ありがとうございます!」
 そうと決まれば気が変わらない内に、と私はさっさと自室を目指す。ケイさんは大人しくその後を付いて来た。

 この日から、ケイさんは度々私の部屋を訪れるようになった。初めの内は「マキシマに猫の様子を見て来いと言われた」とか、猫のおもちゃを持って「渡し忘れたらしい」とか、マキシマさんに言われて来ていたようだった。
 しかしその内、「居るかと思って」とか「暇だったから」とか自主的なものに変わった。
 そして……。


※ ※ ※


「ちょっと! ケイくん! もうお昼だよ!」
布団に包まっている大きなネコ。そこから布団を引っぺがすと、そのネコは薄目を開けて睨んでくる。
「睨んだってダメです! 起きて!」
「……うるせぇ」
「凄んだってダメだからね! 起きる起きる!」
「ちっ」
「ダッシュだって起きてるんだから!」
ダッシュとは、私のところにきたあの子猫だ。もう子猫と呼べるほど小さくはない。今は先日マキシマさんが買ってくれたおもちゃで遊んでいる。
 ダッシュという名前だが、初め、この子はK'だった。名付けたのはもちろんマキシマさんで、ケイくんもしばらく知らなかったそうだ。
 ある日、自分を呼んでいるのかと思うが、どうもおかしい。よくよく見てみると自分ではなく、子猫を呼んでいた、ということがあったらしい。

 私がその名前を知ったのは、ケイくんをアパートに上げた後だった。どこかで見ていたのかと思うくらいのタイミングで、マキシマさんからメールが届き、子猫の名前を知った。
 しばらくは、まるでケイくんのことを呼んでいるようで気恥かしかったが、段々それに慣れてくると「K'」と呼べるようになった。
 ところが、それに慣れると同時に困ったことが起きた。K'と呼ぶとケイくんまでこちらを見るようになった。
 何度もそういうことが繰り返されて、とうとう本人から「呼び方、どうにかしろ」と言われた私は子猫の名前をダッシュ≠ノ改めて、彼のことはそのときからケイくん≠ニ呼んでいる。
 そしてその後、私達は恋人同士になった。ケイくんから気持ちを聞いたわけではない。私が堪え切れずに好きだと言ってしまったのだ。
 夕陽の差し込む私の部屋でそれを受けたケイくんは、私の腕を掴んで引き寄せるとキスをくれた。これが俺の気持ちだと言っているようなキスだった。
 マキシマさんとケイくんを取り巻く話も聞いた。私達が恋人同士になったと知ったマキシマさんが話しておくべきだと色々聞かせてくれたのだ。「引き返すなら早めの方がいい」そう言って教えてもらった数々は確かに衝撃的な、現実味のない話に思えたけれど、二人の能力を見せてもらったら実感せざるを得なかった。
 マキシマさんは私のことを心配してくれていたようだったが、それがケイくんと離れる理由になることはなく、今もこうして彼と同じ時を、同じ空間で過ごしている。
 ケイくんは、週の半分はここに居て、私が仕事へ行っている間はここでダッシュと遊んでいるか、寝ているようだ。もう半分はマキシマさんのところにいるようだが、その夜になると結局ここへ来てしまうので、半ば同棲しているようなものになっていた。
足 元に違和感を覚えて見下ろすと、ダッシュが擦り寄って来ていた。甘えているのかと抱き上げて頭を撫でていると、ベッドの淵に座っているケイくんが見上げてくる。私を見ている、というよりダッシュに注がれているような目線。その目線はそのままにケイくんが立ち上がった。
「あっ!」
 彼はダッシュの首根っこを掴んで持ち上げると、ポイッとベッドに放り投げた。
「ちょっと、乱暴にしないでよ」
「…………」
 無言のまま私の腰に回された手。それをグッと自分に引き寄せることで私を引き寄せたケイくんは、ダッシュを睨んでいた。ダッシュもケイくんを睨み付けている。
「俺のだ。触わんじゃねぇ」
 そのセリフに思わず苦笑してしまう。子猫に張り合って一体どうするのか。
 ダッシュは一つ「ニャア」と鳴いて定位置となっているソファへ移動する。その後ろ姿をじっと睨みつけているケイくんは、ダッシュがそこで丸くなったのを確認して私の腰から手を離した。
「ケイくん」
 咎めるように呼び掛けると、彼は何事もなかったかのようにダイニングテーブルに向かった。
「ケイくん」
 もう一度呼び掛ける。すると今度はこちらを向いた。「だって」と言いたげな目をしている。
「ダッシュだって甘えたいんだよ。ケイくんだってそうでしょ?」
「……別に。俺のはそんなんじゃねぇよ」
 それ以外にどんな理由があるというのか。マキシマさんが言っていた通り、まだまだお子様なところがあるケイくんに戸惑うことも多い。でもそんなところを愛しく思うのも確かだ。
 
 いつまでこの生活が続くのかは分からない。明日には追手が二人を追い詰めて来るかも。
 そんな日が来ないことを祈って、今は一日一日を大切に過ごしている。
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