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顔に当たるやわらかなものは何だろう。時折僕の頭を揺さぶって、それは何度も僕の顔にぶつかってくる。ラベンダーの匂いが染み付いたそれはどこか懐かしいもので、僕はじわりと感覚を取り戻し始めた手をどうにか動かして顔を覆い隠す。それからわんわんと耳鳴りがしたかと思えば耳元で誰かが手を叩いて、聞き慣れた声が僕の名を呼んだ。


「イアン!起きろ!起きろって!イアン!」

「……もー……うるさいよジャック……」


顔を覆っていた手をそのままに、僕は指の隙間から枕を振りかぶったジャックを睨む。起きた!と枕を部屋の隅に放り投げたジャックは、とても家族が流行り風邪でクリスマスだというのに友人の家へ泊まってこいと告げられたとは思えない。彼はいつも通り僕の枕を奪って、それで僕を叩き起こしたのだ。
これが寮ならまだしも、まさか僕の家でまでこうだとは。朝が弱い僕にとって彼が毎朝起こしてくれるのは構わないのだが、如何せん起こし方が気に入らない。せめて体を揺さぶるだとか、そういった起こし方をしてくれればいいのに。それを前に伝えたら彼は僕が起きないからだとまた枕で叩いてきたので、もう言うつもりはないが。


「…………なんか、今日は良い夢を見た気がするよ……」

「おお、そうか。それより早くプレゼント開けようぜ!ほら!」

「……訊いてくれないんだ、どんな夢だったか」


体を起こし、部屋の隅に転がる枕を眺めながら前髪を撫でつける。いつもは一度撫でつければすぐにもとの場所に戻る髪が今日はそうもいかなかったので、随分と寝てしまったのだろうか、と壁にかかる時計を見るが、どうもそうでもないらしい。むしろいつもより二時間は早い時間を時計の針は指していて、それどころか窓の外はまだ暗い。雪雲のせいで太陽が見えないせいでもあるが、そもそも太陽なんてまだ見えない時間だった。朝の、五時だなんて。


「ちょっと、ジャック、まだ寝れるじゃないか……」

「はあ?おいおい、クリスマスだぞ?プレゼントを開けなくて良いのかよお前は!」

「別に良いよ……どうせ大人はろくな物をくれないんだから……。……ジャックが代わりに開けてよ」

「お前どんなクリスマス送ってるんだ……」


ベッドからおりてルームシューズをはき、部屋の暖炉の前でプレゼントを膝に乗せリボンを解こうとしていたジャックに歩み寄る。彼は変なやつだなあと呟きながら金のリボンを引っ張って、プレゼントを開けていた。床に置かれたクリスマスカードには、彼の両親らしい名前が書かれてある。カードの書き始めは、可愛い愛しの人参坊や、だった。
魔法で出された暖炉の火に手をかざしながら、僕は足で転がっていた枕を引き寄せる。親に見られたら口封じの魔法をかけられ一日中説教をされることは間違いないが、今は彼らもまだ夢の中だろう。僕は引き寄せた枕を乱暴に拾って、暖炉の真ん前を陣取った。


「イアンって朝だけは態度悪いよな……二重人格ってやつ?」

「……うるさいよ。それに、二重人格とまではいかないから」

「ふうん?そんなもん?……お、今年は手袋かー!」


ぱちぱちと弾ける暖炉の火を眺めながら、きっと後ろでいそいそと手袋をはめているであろうジャックに良かったねとだけ呟く。彼はそれが聞こえていなかったのかばりばりと次のプレゼントの包装を破り、鼻歌を歌い始めた。


「お!おいイアン、ほら!」

「いたっ……もう、何なの?」


そのまま黙って鼻歌に耳を傾け枕を抱えて目を閉じようとすれば、背中に何かを投げつけられ、僕はジャックを振り返る。カナリアイエローの包装紙に包まれた小さな小包は、僕宛のプレゼントなのだろう。彼がわざわざ自分のプレゼントを投げつけてくるとは思えない。
まるでハッフルパフを思わせるような包装紙に、オリーブ色のリボンが結ばれている。それを拾い上げてみれば触れた場所から金の星が流れ、僕は手の中のそれをまじまじと見つめた。


「それ、ヴィッセルからだぞ。ほら、俺にもある!」

「……え、何でヴィッセルからだって分かるのさ」

「何でって、クリスマスカード……」

「ちょっと、何勝手に僕宛のカードを見てるの」

「え!?イアンが開けても良いって言ったんだろ!」

「どうせ大人とジャック達からしか来ないと思ってたからだよ!」


枕をベッドに放り投げ、ジャックの手にあるクリスマスカードを奪い取る。彼の家では異性からの贈り物やカードを特別に扱うようにと言いつけられていないらしい。根っからの上流階級で純血の魔法使いである父親と同じく純血の母親を持つ僕からしてみれば、とんでもないことのように思えた。
ぶつぶつと何か文句を言いながら包装紙を破るジャックに背を向けて、僕はリボンをほどき包装紙を丁寧に広げていく。中に入っていたものは黒い紅茶の缶と銀色の丸い手のひらに収まる程の球体で、球体の真ん中には人差し指ほどの穴が空いている。確かこれは、最近出たばかりの天体映写機だ。


「おおお!イアン見ろよ!ほら!ベジボムセット!」

「それ、使うならスリザリン相手にだけだからね」

「分かってる分かってる!大丈夫だって!」


ヴィッセルからのクリスマスカードをそっと後ろに隠して、僕は立ち上がる。何でもないふりをしてベッドに座り、枕をさわるふりをしてその下にヴィッセルからのプレゼントとカードを隠した。きっと、ジャックに見つかったその瞬間、このプレゼントは寿命を迎えるに決まっている。僕は彼に貸したせいで役目も果たせず壊れていった羽根ペンやインク瓶を、割と根に持っているのだ。
異性からの、それも同じハッフルパフの彼女からの贈り物を、そんな目にあわせるわけにはいかない。


「見ろよイアン、ほら、ヒューからもきてるぜ!」

「うん、そうだね。……ジャック、あまり僕の部屋を散らかさないでね」

「おう!任せとけ!」


枕の上からそっとプレゼントを撫でて、僕は立ち上がる。彼女のプレゼントは、ジャックの家族の流行り風邪が直るまでお預けだろう。それを少し残念に思いながら、僕は窓の外を見た。外はまだ暗く、窓の縁は凍り付いていた。






「ヒュー、悪い、これをそっちの棚に並べてくれるか?」


木の脚立の上に座り休暇中に読もうと思い借りてきた『狼男から身を守る』を広げてランプに火を灯していれば、大きな木箱を抱えマフラーをぐるぐる巻きにした大きな男が名を呼んだ。ついたばかりの火を消さないようにそっとランプを床におろして、脚立の上に本をおき、脚立からおりてその木箱を受け取る。埃っぽいこの部屋はそこら中からすきま風が入り込んできて、男、父親の弟である彼はぶるりと体を震わせた。


「悪いな、クリスマスだってのに朝早くから店の手伝いなんかさせちまって」

「良いよ。どうせ暇なんだし、大丈夫」

「……悪いな、本当に。これが終わったら朝飯にしような」


叔父さんはそう言って、すきま風だらけの此処、店の倉庫をそそくさと出て行った。彼が何を考えているのか、いやでも分かる。小さな甥っ子に申し訳なく思いながら、何もしてやれない自分が不甲斐ないのだ。分かりたくなくても、分かってしまうのだ。
きっと今日の朝食はホグワーツのそれより味付けの濃い、豪勢なものなのだろう。せっかくのクリスマスだからと昨夜甥っ子が寝たと信じ込んで狭いキッチンで支度をしていたのを、寝ていなかった俺はちゃんと知っていた。


「……気なんか、つかわなくて良いのに」


ぽつりと呟きながら木箱を床に置き、蓋をはずす。中に並んだ小瓶を言われた棚に並べながら、小瓶のラベルをランプに照らし確かめていく。夏に仕入れたはずの『金の煌めき』は、叔父さんが思っていたよりも売れたらしい。
小瓶を全部並べ終えて、脚立の上の本を手にとる。倉庫から出ていけば叔父さんは仕事の手を止め朝食にしようと言い出すので、彼が仕事を終えて呼びにくるまで此処で待つことにしたのだ。何せ、今の自分には『狼男から身を守る』がついている。


「どこまで読んだっけな……」


昨夜叔父さんが妙なうなり声をあげパイ生地を作っている音を聞きながら読んでいた頁を探し、指を這わせていく。空いた手でランプを持ち上げ脚立にのぼり、脚立から飛び出したさび付いた釘にランプを引っかけた。たぷりと、火が揺れる。
狼男にきくらしい防衛魔法を見つけて、脚立の上に座る。時折強いすきま風が頬をさしたが、気にはならなかった。こんな場所でなければ、落ち着いて本を読むことすら出来ない。叔父さんも、ジャックもイアンもいない、こんな場所でなければ。


「……面倒だな、クリスマス」


きっと朝食を終えるなり買い忘れたプレゼントやカードを買いにくるだろう魔法使いや魔女達のことを考えると、今から気が滅入ってしまう。笑うのは、苦手だった。作り笑いは、どうしても。
こちらを向いて牙をむける狼男の絵を指ではじきながら、目を閉じる。目を閉じるとそこは自分だけの世界で、すきま風の音も、雪の降り積もる音も、何の音も聞こえてこない。そこにあるのは、誰にも気をつかわずにいられる藍色の空間だけだ。
その、筈なのに、藍色の空間に鼻をおさえてこちらを見つめるダークブラウンが見えて、思わず目を開けた。指ではじき続けていた狼男の絵は、相変わらず僕に牙をむけている。


「……ちょっと、やりすぎたか」


ぽつりと呟いて、そっと本を閉じる。それから脚立をおりて、ランプの火を消し空になった木箱を持ち上げた。
こん、と叔父さんが倉庫のドアを叩き、顔を覗かせる。


「ヒュー、終わったか?終わったんだったら、朝飯にしよう」

「……うん、分かった」

「今日の、今日はな、ちょっとなんだが、あれだ、クリスマスだからな、凄いぞ!」

「うん、楽しみだよ、叔父さん」


空の木箱を抱えながら、叔父さんと並んで倉庫を出る。棚という棚に商品を並べたらしい叔父さん自慢の店の窓の向こうは微かに明るくなっていたが、今日は一日晴れることはないだろう。
ぶるりとまた体を震わせた叔父さんに小さく笑いかけて、藍色の空間に思いを馳せる。そこに、クリスマスにお似合いのリースやツリーは、存在しなかった。



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