安堵

 少し時間が早いとは言え、一応お昼と言える時間帯の食堂はやはり混雑していた。別に集まるのは病人だけではない。診察を受けに来た人、そしてその家族、付き添いの看護師、ただ近所の人、あらゆる目的を持った人達がごちゃごちゃと集まっている。想像していたよりも優にその上をゆく人混みに思わず足が止まった。予想以上に人が多すぎる。これだったら味の薄さは問わないので他にゆっくりできるところで食べたい。なんなら日を改めたっていい。はてさて、どうするか。

 ザッと見渡しても席も空いていないようだし、どちらにせよ諦めるか粘るかの二択だった。
 ……と言っても、ほぼ答えは決まっているのだけど。斜め前にいる名前の背中を見て、少し申し訳ない気持ちになりながらも「名前、」と呼びかける。わりぃ、誘っといて何だけど。そう言おうと口を開いた瞬間、名前がグルンと振り返った。
 
 ひゅんと風を伐る髪を間一髪でかわすと、続くはずだった言葉は喉の奥へと押し戻される。自分もやらかしたことがあるので何とも言えないが、髪の毛も凶器になりうるのだと認識した瞬間である。

「席、確保してきます」
「は?」
「席とってくる」
「分かりやすく言えってことじゃなくてだな」
「すぐ戻ってくる」
「いや、この状況どう見ても無理だろ!ちょ!俺外で食べるって!」

 ダッと駆け出した名前の背中に「おい!」と声を張るが、当の本人は振り返りもせずに人混みの中へと潜り込んで行く。思わず追いかけようと駆け出したら、お盆を持ったおばさんが突拍子もなく現れてブレーキをかける他なかった。その間にもあれよあれよと小さくなっていく名前の後ろ姿。
 ああもう! と頭を掻けばまた目の前のおばさんに迷惑そうな顔をされてしまった。……なんつーやつだ。この人の多さで自ら席を確保しにいくか、普通。お昼時の食堂は戦場みたいなもんなんだぞ、戦場。なんだあいつは。勇敢すぎるだろ。唖然とその場で突っ立って名前の意外な根性に驚かされるしかない。全くもって侮れねえ。

「あら、エドワード君?」
「え? あ、中尉!」
「偶然ね。あなたもここでお昼?」
「あー、まあそんな感じ。中尉は?」
「私も同じよ。少し……タイミングが悪かったわ」
「……はあ」
「仕方ないわ、お昼時だもの」
「くっそーあー腹減ったぁぁ」
「外に出て違う食堂を探した方が良さそうね」
「……だよな。やっぱ普通こんなに人多かったら無理だよな……」

 そうだよなぁぁ。あーーーとキョロキョロと辺りを見渡す俺を不審に思ったのか、中尉は「アルフォンス君?」と一緒になって首を動かす。それに違う違うと軽く否定しておいて、やっぱりここで昼飯を食うのは無理があると判断した。 

 名前もきっと空席なんざ見つけられるはずがない。戻ってくるのを待つか、それともこっちから探しに行くか。背伸びをして名前らしき姿を探していると、中尉に肩をトントンと叩かれて振り返る。髪をボサボサにしながら走ってくる名前は俺の前で止まると、またグシャリと髪を耳にかけた。
 ほらみろ、言わんこっちゃねえ。

「だから無理だって言ったろ。アルに何か買ってきてもらうわ」
「え?」
「え?」
「あの」
「なに」
「席……」

 控えめに指差す先に視線を向ければ、そこにあるのは赤いハンカチが広げられたテーブル。まさかの四人テーブル席である。

 まさか…この人の多さで席を……確保した、だと……!?

 少し誇らしげに胸を張る名前をワナワナと見つめていたら「早く行きましょう」と名前は笑って足を踏み出した。けれどそこで、また足を止める。あ、と俺の後ろを見て薄く開く唇に、拾えない程度の大きさで出る声。なんとなく理解した。
 どうやら俺の後ろにいる中尉の存在に気がついたらしい。

「中尉だよ」
「なにかしら?」
「あ、いや、中尉じゃなくて、中尉は中尉っていうことを言いたくて」
「……あら、あなた…」

 中尉も中尉で名前の存在に気がついたらしい。いや、気がついたというよりは存在を認識したという感じだろうか。名前と中尉の接点ってあったっけ。ふと思い出したのは、初めて大佐が病室に来たあの時である。確かあの時中尉もいたような気がしないでもないが、会話をしていない記憶に確証は持てない。かといって面識がなかったらなかったでこんな雰囲気にはならないだろうし。
 どうしたものかと一歩下がった場所から中尉と名前を交互に見つめる。

「もう体は大丈夫?」
「え……あ、はい、大丈夫です」
「そう。良かった」
「あの……えっと、あなたは確か…」
「私はリザ=ホークアイよ。東方司令部でロイ=マスタングの部下をやってるわ」
「ロイさんの……私は名字名前です」
「ええ。宜しくね」

 どうやら俺の介入は必要なかったらしい。スっと差し出された中尉の手に、恐る恐るといった表情で応える名前。自然に握手をしたホッと息を吐く。

「あの、ホ、ホークアイさんお昼は…?」
「リザで大丈夫よ」
「あ、はい、あの、リザさんはお昼は?」
「この人の多さでね…」
「あの、私席とったんですけど良かったら一緒に……?」
「あらいいの?」
「も、もちろんです」
「じゃあへご一緒させていただこうかしら」
「…はい!」
「彼は大丈夫?」

 彼? 中尉の視線を感じて、彼というのが俺を指しているのだと知り頭上にハテナを浮かべる。両手で丸を作って大丈夫だと合図を出せば、中尉は頷いて目を細めて名前を見た。優しい眼差しだった。名前もその眼差しを受けて少し驚いたような表情をした後、擽ったそうに眉を下げている。そして誤魔化すように背を向けて歩き出す名前の後を、ダラダラとついていく俺と優雅にコツコツとブーツを鳴らす中尉。
 喧々としている食堂はやはり病院の一部とは思えない程笑顔でいっぱいだった。同性の知り合いができたのが嬉しいのかなんなのか、いつもより名前の周囲の雰囲気が嬉々としていて少し安心した。
 こうして見るとただの普通の若い女だな、なんて思う。記憶がないだとかなんだとかを背負った人間には見えない。

「リザさん、何食べますか?」
「おい待て、まずは俺だろ」
「あ…エドは何食べますか」
「ふむ、迷いどころだな」
「私はAランチでいいわ」
「買ってきます」
「大丈夫よ」
「そんなそんな、やらせてください!」
「じゃあ一緒に行きましょ?」
「は、はい!」

 荷物置いて仲睦まじく肩を並べて歩いていく二人を見つめる俺。……あれ、もしかして俺、はみられてる?
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