後悔ばかりの人生でした
死にたいと思った。
ただ、死にたかった。何も考えずに、痛くてもいい、どれだけ酷く苦しい死に様でもいい。最終的に死ぬことができるのなら、自分の中にあるであろう魂が宙に還っていくのなら、私はどんな事だって出来た。例えば、屋上から飛び降りてみる。わざとトラックに轢かれるように赤信号で飛び出してみたり、わざと階段から転がり落ちてみたり、あの世へ行けるのなら、またあの顔を見ることができるのなら、何でもした。
そんな普段の生活の裏で行うその行為を、誰かは異常だと言った。異常?異常、そうか。私は異常だったんだ。何度も死のうとして、けれど死ねなくて――そんな愚直な行動は、確かに異常だったのだ。
「そんなに死にたいの?」
うん、そうだね、死にたいよ。今死んだって後で死んだって未来の内のどこで殺されたって、大して変わりはないじゃない。でも、もしも本当に天国があるのならそこに行きたいなぁ。綺麗なあの人の魂は、きっとそこにあると思うから。
ゴロゴロとどこかで雷が鳴る。窓の外を見れば灰色の雲が分厚く空を覆っている。
『連れて行ってあげようか?』
声が聞こえたのは、そんな日のことだった。
「何やってんだ、馬鹿!」
グイっと強く腕が引っ張られて、濁った空が見えなくなる。代わりに視界いっぱいに広がったのは、赤い布地。未だ振り続ける雨のせいで、それは少し湿っていた。痛いほど強く握られる手を払おうと力を入れようとすれば、入れる前に体が悲鳴を上げる。グラリと紙面に傾く身体を、またどこからか伸びてくる腕が支えた。
金色の三つ編みが目の前で揺れて、まるで影の中に埋もれる太陽を見ているような錯覚に陥る。
「.....エド、ワードさん」
小さくそう口を開いて目を動かすと、数時間前に、確かに病院で見た顔が怒ったように顰められていた。怒っているのだろうか──背中を支えられた不安定な状態で、ふとそんなことを思った。でも、どうして彼がここにいるのだろう。折角1人になれたと思ったのに。折角病院から抜け出してきたというのに。
「お前まじで何考えてんだ!雷鳴ってるっつーのに病院抜け出す馬鹿がいるか!この馬鹿!」
そんな声を最後に、意識は深い底へと堕ちていった。
「お、おい……し、死んだのか?」
「不謹慎なことを言うな。ただ気絶しているだけだろう。運ぶぞ」
「………大佐?!何で!?」
「私がどこにいようと私の勝手だ。それより、」
説明してもらおうか。
珍しく真剣な顔になったロイは、使い物にならない発火布の手袋を弄りながらクイッと顎で、エドワードの腕の中に倒れこむ少女を差した。伏せ目がちに開かれた瞳からは何も読み取れない。何だ、こんな顔も出来んのか。ふと無関係なことを考えてしまったエドワードだが、ふざけている空気ではないというのは流石に分かっている。
ポタポタと髪から垂れる雫は、コートに重く染み込んでいた。
「分かんねえよ」
「分からないわけがないだろう。君自身のことだ」
「だから.....ッ!俺も分かんねえんだってば」
「.....どういうことかな」
「前もコイツ倒れてんだよ。だから病院連れてっただけ。別に俺とは何の関係もねえ」
「.....それだけでこんな土砂降りの中飛び出すのか?そこまで人情の深い人間だとは思わなかったが」
込められているのは確かな皮肉。それに反応するように顔を上げたエドワードだが、視界の端に見える黒髪にハッと意識が戻される。ああ、別に人情深い人間だと思われなくてもいい。でも目の前にある人間を見捨てるほどカッコ悪い人間にはなりたくない。どこか矛盾した思いを感じながら、彼自身も自分の行動について疑問は感じていた。俺だってわかんねえけど、咄嗟に。
自分の腕の中で眠る少女を抱え直すと、正直その軽さにギョッとした。自分よりも背は高いはずなのに、いや、女ということを差し引いても軽すぎる。ダラリと流れる黒髪は雨のせいで酷く艶やかに見えた。最後にもう一度体制を整えて、グルリと病院へと足の向きを変える。ピチャピチャと響く音は、まるで何かを囁いてるかのように耳に残って離れない。
「待て、鋼の」
道を塞ぐように立つロイは、目を細くさせ、しっかりとエドワードの目を見据えていた。雨の日のロイほど怖くないものはないのに、エドワードはこの目をされると無意識に足が止まってしまう。滅多にこんな顔をしないからかもしれない。普段はヘラヘラと女関係の事について語っているからかもしれない。不意打ちにしろ、エドワードはこの目が苦手だった。
「‥‥何だよ」ギロリと、上司を睨む。雨という自然の現象は、どうにも国家錬金術師だとか、そんなものを全部取り払っているように感じた。この場では、ただの子供と大人。そんな、気がした。
「……もう一度聞こう。その子は何だ」
「だから拾ったんだって。早くそこどいてくれ」
「今は私が質問しているが?」
「拾ったっつってんだろ」
「仮にも軍の領地で拾ったで済むか馬鹿者。君がそこまでムキになるような人物か?」
「.....しつけーぜ、大佐。俺ももう一回言う。倒れてたところをたまたま拾っただけ」
「.....はあ。仕方ない、今はそれでいいだろう」
無言で広げられた道に、エドワードは駆け出した。いつもより滑りやすくなっている道に思わず転がりそうになったが、グッと耐えて赤いマントを翻させる。とりあえず後ろは向きたくなかった。大佐と意見がぶつかることはある。いや、むしろぶつかってばかりだ。でも、今はそれとは何か違う。気まずい、というかこれ以上あの場にいても会話という会話を出来る気がしなかった。
「.....何でこんなに必死なんだ、俺」
こいつの名前も知らねえのに。いや、知ってるけど知らねえっていうかとりあえず忘れたっていうかうん、忘れた。不意に弟の怒ったような声が聞こえたような気がしたが、ぶんぶんと首を振って振り払う。その際に、湿った髪が顔に張り付いて鬱陶しい。もう一度ぶんぶんと先ほどよりも強く振ってみるが、雨を含んだ髪は中々離れることはなく。渋々立ち止まって片手で少女を支えて髪を取り払う。
見上げた空は、どんよりと泣いているように見えた。 ←/
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