「ちょっと走ろうよ」
 
 そう言ったマイキー君の視線の先には、彼の愛車ことバブが道端に停められていた。いつだったか、三ツ谷君とも同じようなシチュエーションがあったような……あの時は『バイクは乗ったことないし免許もないです……』と的外れなことを言って呆れられたっけ。そんなことを思い出していれば、丸い何かが私に向かって投げられる。緩い曲線を描いて飛んできたソレをキャッチした私は、両手で掴んだままマイキー君を見つめ返した。

「……え、っと?」

 いつの間にかバイクに跨っているマイキー君はハンドルを握りながら静かに此方を見ていて、やはりマイキー君と走る……というより走ってもらう流れで間違いないらしい。ヘルメットのベルトを締めて恐る恐る近付く私にマイキー君は「そういや」と前を向きながら言葉を落とす。

「前三ツ谷の後ろ乗ってたけどあれから乗ってんの?」
「えっ三ツ谷君の後ろに?」
「三ツ谷っていうか誰かの後ろに」
「……や、正直振り落とされそうで怖いのもあってあれ以来乗ってない……です」
「ふうん。じゃあいいや」

 聞いてきた割には素っ気ない返事である。
 どうしてそんな質問をしてきたのかは分からないが、単純にバイクに乗り慣れている人とそうでない人を同乗させるのとでは運転する側の技術も変わってくるのかもしれない。一人そう納得しながら後部座席に腰を下ろし足場を安定させたところで、はたと次の問題に直面した。
 ──そういえば以前三ツ谷君の後ろに乗った時は子泣き爺のように必死にしがみついて走行していたけれど、今回はどうしたらいいんだろう。
 前回と同じ流れでいくとマイキー君の腰に腕を回すことになるのだが、そうすると必然的に抱き着く形になってしまう。ていうかそもそも私はバイクのいろはを知らないのでソレが正しい乗車方法なのかも分からなかった。
 しかし、いよいよエンジン音は大きくなり「ほら早く掴まってー」と急かす声が飛んでくる。
 私は分かりやすく焦った。…………え、どうしよう。そんな、待って、どうしよう。両手は不自然にわきわきと宙を行き来したままだったけれど、確かにこれ以上待たす訳にもいかない。悩みに悩み抜いた結果、無難な肩に手を置くことにした。ら、その上からひんやりと冷たい指が重なって「うぇっ!?!?」変な声が出た。

「そこじゃなくてコッチ」
「…………あ、えっ……」
「よし」
「マ、マイキー君……」
「じゃ、しっかり掴まってろよ」

 私の両手を自身の腰に誘導したマイキー君は、まるで子どもをあやすような顔をしてふんわりと微笑む。自然と私の身体は見た目よりも逞しい背中にピタリとくっつき、マイキー君が動けばその一挙一動の振動が伝わってくる。このままだと自分の心音まで聞こえてしまうんじゃないかと心配になった私は煩悩を払うため心の中で合掌したが、あまり効果は無さそうだった。

「大丈夫。絶対落とさねえから」
「……は、はいぃ」

 なんせ払えど払えど、邪念という邪念が湯水にように湧き出てくるのだ。きっと今の私が座禅をすれば和尚さんに警策でボコボコにされるだろう。違うのに、マイキー君は私が一番安全な乗り方を教えてくれているだけなのに。誰か私の雑念を追い払って…………。








 そんな私の煩悩とは裏腹に、マイキー君は宣言通り安全運転をしてくれているようだった。初めこそ子泣き爺のようにしがみついていた私だったが、やがて混雑した道路も広い直線に変わり、周りの景色を見る余裕さえ生まれてきている。マイキー君も信号で止まる度に「生きてるー?」と私のことを気に掛けてくれていた。めちゃくちゃに生きてるし、完全にこのシチュエーションを役得だと思えるほどにはタンデムツーリングを楽しんでいたので、少しずるだな……とも思っていた。
 そして走り始めてどれくらい経ったのか。一体どこに向かっているのだろうと疑問を持ち始めた頃、風の匂いが変わった気がして顔を上げれば、マイキー君の背中越しに深い青の凪いだ海が見えた。まだ空が明るいのもあってか水面はキラキラと鏡のように光を反射させている。

「…………海?」
「着いた」

 鼻を擽るのは紛れもない潮の匂い。
 行先を告げられなかったから何処に行くのかと思っていたけれど、まさか海に連れて来られるなんて誰が想像出来ただろう。嬉しさと興奮で振り返った私は「マイキー君!海!!」語彙力の欠けらも無い言葉を叫んだが、マイキー君は「だってオレが連れてきたし」と何当たり前なことを言っているんだという顔でエンジンを切っている。割と温度差が凄かった。バイクが完全に止まったのを確認して、私はヘルメットを取り外しながら飛び降りる。

「名前、もしかして初めて海来た?」
「い、いやさすがにあります!小学校の頃とか合宿で1km泳ぎました!」
「え、名前って泳げんの?」
「と思うじゃないですか。泳げちゃうんですよね」
「へー犬かきで?」
「違いますが!?」
「ドルフィンクロール?」
「いや急に難易度上がるじゃないですか……普通の平泳ぎです……すみません……」
「冗談だって。1kmって普通に凄くね?やるじゃん」
「えへへ。ありがとうございます」
「あっちの方行ったら砂浜もあるけど行く?」
「ううん、大丈夫です!ここで」

 私は満面の笑みでそう返し、大きく息を吸い込んだ。
 とはいえ、海といっても東京の海である。キメ細かな白砂が透けて見えるほどのエメラルドグリーンでも無ければ、初夏らしい瑞々しさがある訳でもない。決して美しいとは言えないただの東京湾だけれど、それでもマイキー君と来る海だと思えばキラキラと輝いて見えるのだから、恋ってやつは本当に不思議だ。
 隣に来たマイキー君ははしゃぐ私を横目に見ながら、軽々と防波堤の上へと飛び乗った。私も真似をしてジャンプするも、私の運動神経じゃマリオのように高く飛び上がることは出来ないらしい。「………アアア」ずるずると斜面を滑り落ちる私に気付いたマイキー君は未知の生物を見たかのように目を丸くしたが、すぐに仕方ねえなと笑って私の手首を掴んだ。「せーの」そんな掛け声と同時に私は地面を蹴り、マイキー君にグッと力強く引き上げられる。

「……わっ」
「落ちんなよ」
「だ、大丈夫です!」

 照り返しの陽射しは想像以上に眩しい。高くなった視界で目を細めながら、私はそのままマイキー君の隣に腰掛ける。「どうして海に?」そして着いた当初から気になっていたことを問いかければ、マイキー君は「ん〜〜〜」と小首を傾げながら「…………なんとなく?」ぽつりと言葉を零した。

「な、なんとなく……」
「どこ行くかなーって考えてたらいつの間にか向かってた」
「よく来るんですか?」
「たまにだけどな」
「なるほど、それで……」
「あと名前がオレのこと知りたいって言ったから」
「えっ?」
「言葉にすんの難いし、とりあえず好きなとこ連れてきた」

 私はゆっくりと隣へ視線だけ遣った。胡坐を組み背中を丸めている彼は、表情を変えることなく海を眺めている。

「あ、ありがとうございます…………」

 恥ずかしいような申し訳ないような、そんな感情が込み上げてくる。『マイキー君の事!教えてください!』なんて突拍子もない言動を、意外にもマイキー君は正面から受け止めてくれていたらしい。緩みそうになる口元に力込めてなるべく自然に振舞っていれば「そういや名前の学校って夏休みいつから?」とマイキー君にそう尋ねられ、顎に手を当てた。

「えっと……確か来週の水曜?だったかと。マイキー君は?」
「えーオレも多分それくらい」
「まあ大体どこも一緒ですよね」

 なんで急に夏休み?と思ったけれど、マイキー君は武道君と仲がいいから把握しておきたかったのかもしれない。最近はトーマンの集会にも参加していると聞いたし。でも、まあ……そんな夏休みにを迎えるには期末テストという地獄の門を潜り抜けねばならなかったりする。場地はなんとなく想像出来るとして、三ツ谷君やドラケン君、エマちゃん辺りはなんやかんやちゃんと勉強しそうだなぁ。

「マイキー君もテスト勉強してますか?」
「…………」
「……あれ?」
「…………」
「マイキー君?」

 突然マイキー君の反応が無くなったと思い横を見れば、彼はその肩を上げ「…………その話やだ」とムスッと頬を膨らませた。想像していなかった反応をされてパチクリとする私に、マイキー君は目を細めながら「エマとケンチンも最近テストテストうるせえし」と続ける。

「いいじゃん、テストとかそんな小せぇもん」
「でも場地はそれで留年…………」

 ドラケン君やエマちゃんが心配するのは中学留年という前代未聞の偉業を成し遂げた場地が近くにいるからでは……と思ったが、マイキー君はいっそう不機嫌そうに「あ?」と低い声で唸った。えっめっちゃ怒ってる。何で!?「あっ、いや、すみません!えっと……夏休み!夏休みは何かするんですか!」さすがにこれ以上テストの話をするのは良くないと思った私は分かりやすく話題を変更する。

「何かってか全部」
「全部?」
「夏っぽいことは全部やる」
「と、言うと……?」
「海も喧嘩も花火も肝試しも行くし、かき氷もスイカも食う」

 今度はいかにもマイキー君らしい答えだと思った。つまり大雑把に夏らしいことは全部やっちまえというマインドなんだろう。 期末テストの話は嫌がるくせに、かき氷とスイカが楽しみだという話はしてくれるのか。
 フフ、と声を漏らす私に「何で笑ってんの」マイキー君は不貞腐れたような表情をしながら身体ごと此方に向ける。

「なんかマイキー君らしいなと」
「はあ?何それ」
「悪い意味じゃないので!褒めてます!」
「……ふうん?」
「青春って感じがして、その、いいなぁって」

 マイキー君と過ごす夏は中々に体力と喧嘩の強さは必要かもしれないけれど、きっと楽しくてキラキラとしていて、大人になっても忘れない青春の一ページになるに違いない。私も男の子だったらそうやってマイキー君と一緒に夏を過ごせたんだろうか。それか、もし、例えばの話、私が夏らしい何かに誘ったとしたら、マイキー君は応えてくれるのだろうか。



 それから、私達は海を眺めながら色んな話をした。
 ドラケン君と出会った頃の話だとか、場地が眼鏡をかけてガリ勉に扮していた時の話とか(個人的に非常に興味深かった)、エマちゃんがドラケン君のことを好きな話とか。そしてここだけの話、エマちゃんとドラケン君は両思いなのだそうだ。「ケンチンはむっつりだからなー」とマイキー君が恋絡みの話をすることにも驚いたけれど、ドラケン君がエマちゃんに向ける視線の意味が分かってこっちまで嬉しくなる。そりゃそうだよ、エマちゃん可愛いもん。

「エマちゃんに好かれるドラケン君、幸せ者ですね」
「……さあ、分かんね」
「絶対幸せです。だってエマちゃんだもん」

 武道君しかりドラケン君しかり、あんな可愛い子達に一途に想われるのってどんな気持ちなんだろう。意外と当たり前に受け入れるものなのかしら。それとも、私が知らないだけで彼等も同等の想いを隠し持っているだけなのかしら。
 まだまだ恋愛の世界は分からないことが多いなぁと空を見上げれば、雲の隙間からは僅かに橙色が滲み始めていた。そんなに長い間滞在している感覚はなかったのに、意外にも時間は経過していたらしい。……楽しい時間ってのはどうしてこんなに過ぎるのが早いんだろう。地理の授業なんて何度確認しても針の位置が変わらないのに。
 まだもう少し此処にいたいと思う反面、ここから家までの距離を考えれば潮時でもあった。特に佐野家はエマちゃんが料理を担当していたはずだし、マイキー君も夕食の時間までには帰りたいだろう。
 少しばかり名残惜しい気持ちに蓋をして「そろそろ帰りますか?」私はそう問い掛ける。そしてその場に立ち上がろうとして、

「……っ、へ?」

 ──立ち上がろうとして、失敗した。
 ずっと同じ体勢で座っていたせいで知らぬ間に足が固まっていたらしい。上手く地面を押し上げることが出来なかった私の体は見事に後方に傾き、ガクンとバランスを崩した。全身からヒヤッと冷や汗が吹き出し、浮遊感で視界が回っていく。
 あ、これ、やばいやつだ。堤の高さは1メートル程とはいえ、海へ落ちるかアスファルトに叩きつけられるかのどちらかしかないし、そのどちらに転んでも大怪我は免れない。差し迫る衝撃に固く目を瞑った時、力強く身体が何かに引っ張られた。

「……っぶねぇ」ドサッという重たい衝撃音の後、耳許で焦りを含んだ低い声が落とされる。

「だからちゃんと周り見ろって言ったじゃん……頭ぶつけて死にてえの?」

 身体は全く痛くない。マイキー君の言う通り、コンクリートに頭を打つという最悪の事態も免れたようだ。近くで安堵の溜め息が吐かれるのを感じながら「あ、ありがとう、ご、ざ……」私は固く閉じていた目蓋を薄らと開き──その先に出るはずの言葉を全て失った。

 目の前に、少しでも動けば鼻の先がつきそうな距離に、マイキー君の精悍な顔がある。

「う、」

 平常心が家出した。
 顔が燃えるように熱く、先程とは違う意味で心臓が掬われる心地がする。息を吐き出すことすら憚られて、まるで空気の薄い山頂に放り出されたみたいだった。ついでに脈拍数も異常値を叩き出している。そろそろ本当に高血圧かなんかで病院に送られるかもしれない。カチコチに身体を硬直させながら頭を回転させていれば、目の縁を囲む睫毛までがはっきり見える近さで、無彩色の瞳が此方を向いた。近距離で絡み合う視線に堪らず狼狽えると、マイキー君は薄く悪戯そうに口角を吊り上げる。

「なあ、見すぎ」

 見すぎ。見すぎ……見すぎ。その言葉が山びこのように何重にも木霊する。途端、私の中のキャパシティは極限を迎えた。

「ひ……っマ、イキー……く、ん!?ご、ごごごめんなさい!!!!」
「暴れんなって。また転びてぇの?」

 ピューマの如くジャンプ力で飛び退こうとした私は、しかし背中に回された腕の力が強まったことで引き戻される。「ひっ、わぁ!?」咄嗟に両手をマイキー君の顔の横に置いて留まるが、それが余計にダメな体勢になってしまった。

 黄昏時の陽を浴びて紅く染まったマイキー君の髪がはらりとコンクリートの上に投げ出され、塗り潰したような黒い瞳は此方を真っ直ぐ見上げている。
 コレは違うんです、誤解です、わざとじゃないんです──と存在しない第三者に釈明するが、傍から見れば私がマイキー君を押し倒し覆いかぶさっているようにしか見えないだろう。ドッドッと異常な速度で鳴り響く心臓は、ときめきなんて可愛いもので済ませられそうにない。下手したら心肺停止で死んでしまう。

 潮を含んだ湿っぽい微風が火照った肌を撫でる。筋力のきの字もない私は小刻みに両腕を震わせながら懸命に身体を支えていたが、何故かマイキー君はすぐに起き上がろうとしてくれない。もう心の中は大荒れであった。マイキー君を見下ろすのも、下から見上げられるのも、これ以上は本当に心臓が持たない。そうして暫く見つめ合うこと数十秒──いや、感覚的には数十分だけど──マイキー君がようやく私の肩を軽く掴みながら上半身を起こした。

 漸く辱めから解放された私は、ここぞとばかりに距離を取って頭を下げる。

「す、すみませんでした!!!!」
「落ちんなよっつったのに」
「返す言葉もございません………ちなみに怪我とかは……?」
「背中が痛ぇ」
「ごめんなさい!!今度湿布渡します!!」
「いらね。てか腹減ったし帰ろうぜ」
「はい…………あの、マ、マイキー君」
「何?」
「助けてくれて、ありがとうございます」

 真正面からマイキー君の顔を見れなかった。少しずつ落ち着きは取り戻しつつあるものの、未だに脈は乱れたままである。というより好きな人を間違って押し倒しちゃいました、というラブコメ的展開の後に冷静でいれる人がいるなら教えて欲しい。
 私の言葉にマイキー君は「うん。どういたしまして」と返すと、ピョンと堤を飛び降りた。手を貸そうかと尋ねてくれたけれど、私はこれ以上罪を重ねれないので首を横に振り、飛び降りる……のは流石に止めて、普通に滑るような形で後に続く。私はマリオのようになれない。

「あと行きよりスピード出すから」
「へ?」
「落ちんなよ」
「だ、大丈夫!!……です」

 多分。と心の中で付け加えた。
 最早自分でも自分を信用出来ない上、この状態でバイクに乗れば簡単に振り落とされそうな気がしないでもないが、でもまあ振り落とされたら振り落とされたで映画でよく見る私を置いて先に行け……を再現したらいいのでは?とも思っていた。そしたらきっとマイキー君に迷惑も掛からないし佐野家の夕食にも間に合うんじゃない?と。私なりに前向きにかつ真剣に考えているつもりだ。ちなみにツッコミは不在である。
 そしてマイキー君のバイクの元で、上手く動かない指を懸命に動かしながらヘルメットを被っていた時。

 「あ、そうだ」何かを思い出したかのように、マイキー君が静かに動きを止め此方を振り向いた。


「オレのこと分かった?」


 視線を感じて顔を上げる。
 沈む西陽は惜しみなく私達を照らし、足元には長い影が伸びていた。雲の隙間から滲む程度だった夕焼けは、あっという間に空を覆い尽くしてしまったらしい。「マイキー君……?」突然の思いがけない質問に驚いて、私は咄嗟に思考を巡らせる。

 こ、この質問の意図は一体何なんだろう。マイキー君のことを教えて欲しいと頼んで、この海に連れてきてもらって、色んな話をした。マイキー君の好きなものも、好きな人達のことも沢山知れたけど、それらはマイキー君の事を分かったということになるのだろうか。それとも、この質問も彼の気まぐれで特に意味は込められていないのだろうか。

 ふわふわと茜色に光沢する髪の下にある黒い瞳を、真っ直ぐに見つめ返す。いつだって強気で自信に満ちた表情をしているマイキー君の顔も、今は逆光でハッキリと読み取れない。色素の薄い白い肌も細い髪も、油断すれば夕闇に溶けてしまいそうだ。私は何度かパクパクと唇を開いては閉じて繰り返し「……わ、分かんないです」ぽつりとそんな言葉を零した。

「こ、こんな少しの時間じゃ、まだまだ分かんないです……」マイキー君が口を開きかけるが、私は「けど!」と間髪入れず続ける。

「だ、だからこそ……っ!!またマイキー君のこと、こ、こうやって、知っていきたいです!!宜しくお願いします!!!」

 口調に熱が篭もり、自然と頬も紅潮していく。
 どうやら、私は好きな人を前にしたら考えるよりも先に心の声が漏れ出てしまうらしい。あまり嬉しくない発見だったが、マイキー君がキョトンと睫毛を瞬かせているのを見てハッと我に返った。……やってしまった。また突拍子もない、変なことを言ってしまった。どこの体育会系だよ。穴があったら入りたい。冬ごもりをする熊になりたい気持ちを誤魔化すように私は手元のヘルメットを被り、素早く後部座席に飛び乗った。マイキー君に反応させる隙を与えないよう「さあ、行きましょう!!」シートをぺちぺちと叩きながら催促する。

「……………………んだそれ」

 ヘルメットを被っているせいで何を言っているかは聞き取れなかったけれど、一言何か呟いただけで、マイキー君は私の思惑に乗ることにしたらしい。それ以降は何も聞いてくる様子も無かったので私はホッと安堵の息を吐く。エンジン音で波音が掻き消されていくのを感じながら、行きと同じように彼の腰に腕を回した。そして心の底から顔の見えない後部座席で良かったと思った。ヘルメットがあって良かったし、空も海も西日に燃えてくれていて、本当に良かった。おかげで林檎色に染まった見るに堪えない顔色は、きっとバレずに済んだだろうから。
 

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