期末試験も無事に乗り越え、長い夏休みが幕を開けた。
 部活をしている訳でもなく、ヒナちゃんのように夏期講習を受けている訳でもない私はほとんど家でゴロゴロする、というのが今までの流れだったのだけれど、今年の夏は一味違うらしい。
 窓の外は雲ひとつない高い群青の空。今日も元気に紫外線は出ているだろうし、これじゃあちょっと外を歩いただけで汗が滲んできそうだ。日焼けしたくないなぁと思いながら手探りでクリームソーダを手に取れば「ねえ名前ちゃん!!!」「はいいぃ!!??!」突然耳元の近くでヒナちゃんの声がして私はビクゥ!と肩を上げた。耳元で拡声器を使われた気分である。カランと中の氷が音を立てて揺れ、落っことしそうになったグラスを慌てて掴み直す。あ、危な……!危うくぶちまけるところだった。今日のワンピース白いのに!

「名前ちゃんってばやっぱり話聞いてなかったでしょ!」
「き、聞いてるってば!でも絶対大丈夫としか言えないんだもん、ねえエマちゃん!」
「それはウチも同感」
「ほら!」

 キンキンと鳴る耳を押えながら同意を得るべくエマちゃんの方を見れば、彼女は頬杖をついて「だってタケミッちはヒナの彼氏じゃん」と続けた。「いや間違いない」私は力強く頷く。

「そうだけど……で、でも……」

 私とエマちゃんにここまで言われても「行ってくれるかなぁ……」とヒナちゃんは顔を赤らめて渋っているようだった。ああもう焦れったいなぁと思いながら、私は後押しするように「でも後悔したくないでしょ?」とズイッと顔を近付けて凄む。

「…………うん」
「武道君も後三日もあれば治るって言ってたじゃん。ね?誘わない方が可哀想だって」
「そうかなぁ……そっか……うん。そうだよね」
「ついに覚悟決めた?」
「う、うん。誘おうと思う、タケミチ君。ごめんね、名前ちゃんもエマちゃんも」
「よし!その調子だよ、ヒナ!」

 ようやく決意が固まったらしい。ホッとした思いでエマちゃんの方を見ると、パチンとウインクをされて思わず笑みが溢れた。
 さて、ちなみにヒナちゃんが何に悩んでいたかといえば、ずばり数日後に迫る夏祭──通称武蔵祭に武道君を誘うかどうかである。悩む理由としては幾つかあったらしいが、大半の理由としてはつい数日前に不良チームと揉めて入院したことだろう。流石に入院となると私も度肝を抜かしたしお見舞いに行ったものの、思いのほか彼はピンピンとしていた。祭までには確実に治りそうである。なので、正直相談された時は「え、それって悩む必要あるの?」と素で言ってしまったくらいだ。
 でもまあ、ヒナちゃんはこういうところがある。
 自分から告白も出来て、好きな人の為に不良に立ち向かえて、正しいことを穢れなき心で選び取れる強い心を持っているのに、武道君を前にするとたまによく分からない所で消極的になるのだ。ヒナちゃんは武道君と紛れもなくお付き合いをしていて恋人という関係なのに。

 そんな事を考えながらクリームソーダを口に含んでいれば「てか名前は?マイキー誘わないの?」とエマちゃんが爆弾を投下した。
 完全に油断していた私は本日二度目、メロンソーダを真っ白いワンピースにぶちまけそうになる。「な、っ何で、ゴホッ、私!」気管に入って噎せる私に、彼女は呆れた表情で「流れ的に次は名前でしょ。はい、これ」とおしぼりを差し出してくれた。優しい。私は有難く受け取りながら目を眇める。

「……ケホ、そんなの……いきなり無理だよ」
「何で?無理じゃないって」
「だってドラケン君とかと行くんじゃないの?」
「……ドラケンはウチが誘ったし」
「え、エマちゃんドラケン君と行くの?」
「うん」
「…………お、おめでとう!」
「ありがと……ってそうじゃなくて!マイキー空いてるよってこと!」

 私は分かりやすく視線を逸らしながら未だにストローを咥えていた。しかし目を合わせずとも分かる。エマちゃんの力強い瞳が真っ直ぐに私を射抜いている。
 ……そ、そんなこと言ったって。私は心の中でたじろいだ。
 しかし追い討ちをかけるようにヒナちゃんが「マイキー君、名前ちゃんだったらオッケーしてくれそうだけどなぁ」と無責任な言葉を紡いだ。君たち、自分達の悩みが解決してるから簡単に言うけどさぁ……!
 そもそも武道君はヒナちゃんの彼氏で、エマちゃんとドラケン君だって本当は両思いで、私だけが普通に一方的な片思いをしているのだ。同盟って言ったってどう考えても私だけ土壌が違うというのに、君達ときたら、本当に。

「しかも聞いたよ、この間ニケツで海行ったんだって?」
「えっ」
「あ、ヒナもタケミチ君から聞いた!そうだよ、それについても聞こうと思ってたんだった!」
「あっ」
「名前もヒドイよね〜!教えてくれたらいいのに」
「い、いや、え!?その……それは確かに行ったけど……何で二人、いや武道君が知って……!?」
「ウチは本人から聞いた。マイキーの機嫌やたら良かったんだよね。それで何かあったのかなーって」
「………えっ………え!?」
「マイキーが後ろに女の子乗せるの珍しいんだからね!やっぱ誘うだけ誘ってみなって。ねえ?ヒナ」
「うん!ヒナも名前ちゃんの恋応援したい!」
「え、ええ……」
「最悪ウチが皆で行こうってフォローするから!名前も後悔したくないでしょ?」

 やられた。……やられた!
 さっきヒナちゃんに言った言葉をまんま返されて、流石の私も何も言えなくなる。それはずるい。いや言ったの私なんだけどさ!?二人の無言の圧力に負けてグッと押し黙るしか出来なくなった私は、結局「………………誘ってみる」と言ってしまった。……言ってしまった。
 キャー!と騒ぐ二人を横目に「ト、トイレ行ってくる!」と早歩きで席を外し、トイレの前の壁にもたれ掛かる。これは大変なことになった……と深く息を吐いた。まさか二人がマイキー君と海に行ったことを知ってるなんて。ていうかどこまで知っているんだろう、プライバシーも無いじゃん、めっちゃ怖い。しかし一番謎なのは武道君が知っていることだけれど、わざわざマイキー君が言ったのだろうか。もう訳が分からない。武道君は一体何者なんだ。

 ──もし、例えばの話、私が夏らしい何かに誘ったとしたら、マイキー君は応えてくれるのだろうか。

 あの日、そう思った事を忘れたわけじゃない。私だって出来るならマイキー君と一緒にお祭りに行きたい。行きたいに決まってる。そりゃあすっごく行きたい。
 …………あれ、じゃあ、一体私は何に悩んでるんだろう。
 トイレの前で低く唸っていたからか通りすがりの店員さんにギョッとされてしまった。そりゃそうだ。トイレの前でトイレに入らず考えている人をしていれば驚くに決まっている。すみません……心の中で謝って席に戻れば、二人はお店を出る準備をしている所だった。

「もう行くの?」
「うん、タケミッちもう退院出来るんだって」

 どうやら早速この後ヒナちゃんは武道君を誘いに行くことになったらしい。
 いや、早いな。流石ヒナちゃん。先程まで悩んでいたとは思えない行動力だと感心していれば、エマちゃんが「マイキーもいるよ」とニヤリと笑った。なんだか嫌な予感がした。
 そしてその予感は見事的中することになる。

「アアアア!!!待って待って待って!まだ何も!台詞も考えてない!まだ!!ねえ!!」
「今からスピーチでも読むの?」
「私は何をするにもカンペを作るタイプなの!!」
「『一緒に祭行かない?』はい、カンペ出来た」
「エマぢゃああんんんん」

 私は半ば引き摺られる形で、武道君とマイキー君がいるらしい場所へ向かっていた。行動派の二人を前に私が参戦しない訳がなかったのだ。てかエマちゃん意外と力強いね!?やっぱりそこは兄妹なんだね!?
 全力で予防接種を嫌がるワンコレベルに往生際の悪さを見せつけながら、あれやこれやと理由をつけて先延ばしにしようとするも「チャンスはチャンスである内に掴まないと意味ないの!」エマちゃんにピシャリと言われてしまった。有り難い格言であった。

「名前ちゃんはもっと自分に自信持っていいよ」被せるようにヒナちゃんまで振り向きながら声を掛けてくる。
「…………それは、分かってるけど」

 弱々しくそう言い返すが、頭の中では二人に言われた言葉がぐるぐると離れずにいた。私は抵抗するのをやめてふと空を見上げる。
 もしも私がこのチャンスを逃した間に、他の女の子に先を越されてしまったら、マイキー君の隣に知らない女の子が並んだとしたら、

 …………やだなぁ。







 そして各々の覚悟を持ってついに戦場(公園)に着いた。ヒナちゃんは武道君を見つけるや否や話し掛け、秒速でオーケーを貰っていた。まるで即落ち二コマ、格が違ぇ……!ってやつである。ヒナちゃんは嬉しそうに此方を見たので私もニッコリと笑ったが、内心いや、そりゃそうだよね、分かってたよ、としか言えなかった。
 とうとう残るは私だけと予想した展開通りになった訳だが、しかし私はまだ言えずにいる。

「…………………山岸達いつ帰るんだろう」
「もうマイキーだけ呼び出して言っちゃえば?」
「い、や。さすがにそれは……」
「まあそうだよねぇ……」

 ヒナちゃんは塾があるということで勝ち逃げを果たし、私とエマちゃんは二人で公園のベンチに座りながらサッカーをする彼等をぼうっと眺めている。
 それもこれも、何故か武道君とマイキー君だけだと思っていたのが、ドラケン君や溝中五人衆がいる上に中々帰らない為である。楽しそうに遊んでいるのだから尚更話し掛け辛い。
 私はもはや当初の目的を忘れ、何故か彼等の審判をしていた。もう何をしているのか本当に分からなかった。エマちゃんが可哀想な視線を送ってくるけれど、仕方ないといえばそれまでなので「はい山岸イエローカードね次で退場」と容赦なく言い放つ。山岸は「濡れ衣だ!」と騒いでいるがスルーさせて頂いた。ここでは私がルールである。
 はぁ……と項垂れていれば「あれ、三ツ谷?」エマちゃんがポツリと呟いた。三ツ谷君?おもむろに顔を上げれば、公園の入口に見慣れたアッシュパープルの髪が覗いている。向こうも此方の存在に気付いたのか「お〜」とゆるゆると手を振りながら歩み寄ってくる。

「エマに名前じゃん」

 そういや夏休みに入ってから会っていなかった気がするなぁ。特徴的な垂れ目を見上げながら「三ツ谷君、何だか久しぶりですね」と声を掛ければ、彼も思うところがあったのか「そういえばそうだな。ちゃんと生きてたか?」と悪戯っぽく笑い、エマちゃんと反対側の私の隣に腰掛けた。

「なあ、アイツらっていつからサッカーしてんの?」
「……いつからだっけ?エマちゃん」
「かれこれ一時間ちょっとくらい?」
「らしいです」
「じゃあもうちょっとで終わるか」
「分かんないですよ、アディショナルタイムがあるかも……」
「アイツらがアディショナルタイムをアディショナルタイムとして認識してるとは思えねぇけどな」
「三ツ谷何か用事?ウチから伝えとこうか?」
「いや、用事ってかマイキーとドラケンが仲直りしたんだろ?」
「仲直りはしたけど暫く終わんないよ、あれは」
「だろうなぁ」

 三ツ谷君は目尻を下げて空気が漏れるように笑っていた。そして私はその間も山岸が武道君の肩を強く押したのを見逃さない。「はい山岸アウト、レッドカードね」無表情で退場宣告をすると相変わらず山岸は「冤罪反対!」と喚いていたが、三ツ谷君に「なぁ」と話し掛けられ、意識が隣へ逸れる。

「名前も誰か待ってる感じ?」
「えっ?」
「いや、アイツら中々終わらねえじゃん?」
「あー!!!ウチが!ウチがドラケン武蔵祭誘おうと思って!付き合って貰ってんの!」
「……っそ、そんな感じです!」
「あーなるほどな」

 心がドギマギとした。危なかった……エマちゃんの助け舟が無かったら何と答えればいいのかまるで分からなかった。
 しかし、三ツ谷君の中では会話は終わっていなかったらしい。

「名前は武蔵祭行かねえの?」

 続けて問われた内容に、今度こそ私はどう返すのが正解か分からずボールを取り合う彼等を見つめる。審判をしてるだけのように見えるかもしれないけれど、正に今、その武蔵祭に好きな人を誘おうと待っている途中なのだ。

 「い、行きたいとは思ってて……」とはいえ、まだ確実に行けるというわけでもない。曖昧な返事になってしまったなぁと思いながらもそう答えれば、サッカーの勝負が決まったのかワァァ!と少し遠くで雄叫びが聞こえた。え!終わった!?マジで!?思わず食い気味に揉み合う彼等の方へ顔を向け、ゴクリと息を飲む。さすがの彼等も区切りよく終わるはず……となれば、そろそろか……!
 騒めき出す胸を押さえながらチラリとエマちゃんの方を見ようとした直前──反対側から肩を引かれ、私の身体は大きく傾いた。

「み、三ツ谷君?」
「じゃあ俺と行く?武蔵祭」
「………………うん?」

 エマちゃんの方を見たはずの私の視界の中央で、何故か薄紫色の瞳が真っ直ぐに此方を射抜いている。
 呆気に取られて硬直していた私は「ちょ、名前!」と今度は逆側のエマちゃんに肩を揺すられてハッと意識を取り戻した。
 あ、え………三ツ谷君と武蔵祭?鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしているに違いないだろう私は、「え……………どうして?」と心の声がそのまま言葉になる。

「いや、行く相手まだ決まってないならと思ったけどもういる感じ?」
「えっと、まだ確定ではないというか……?」
「いるのはいる感じか」
「あっえ、いる……というか……」
「あーじゃあ全然大丈夫。悪ぃ」
「い、いやこちらこそ!」
「また何かあったら誘うわ」
「それはもう是非!!!」
「サンキュ。アイツらも終わったみたいだし行くわ、じゃーな!」

 三ツ谷君はサラッとそう言うと、そのままグラウンドの方へ去っていく。ヒラヒラと力の抜けた手で彼の背中を見送りながら、私はぎこちなく、今度こそエマちゃんの方を見た。

「びっっっっくりした……」
「いやウチも焦った」と同じく目を丸くして三ツ谷君の背中を見送っている。
「三ツ谷君意外と友達少ないのかな……」
「あ〜そう受け取るかぁ」
「うん?」

 エマちゃんは額に手を当てながら「ヒナもそうだけどあんたも大概」と唸る。訳が分からず眉を顰めれば、私の後ろの方へ視線を遣り「……ほら、今度こそ本番だよ」そう口にした。そのまま背中を強く押し出され、私は前のめりに転げそうになりながら、半強制的にベンチから腰を上げる。
 き、急に危ないんだから!そう文句を言いつつエマちゃんの視線を辿って振り返る──と、少し先でマイキー君が真っ直ぐに此方を見ていた。瞬時に硬直する。

 ほ、本番ってそういうことかー……!予行練習さえ無く待ち時間ばっかり長かったくせに……!

 私が恐る恐る「マ、マイキー君」とぎこちなく名前を呼べば、彼は何か言いたそうにその目を眇めた。そして、やがて毛先を揺らしながらズカズカと此方へ歩み寄ってくる。
 その様子にギギギ……とエマちゃんの方を振り返って「……マイキー君なんか怒ってない?」と小声で声を掛けるが、既にそこに姿はなかった。私はギョッと目を見張る。

 えっ、嘘、まじ!?この短時間の間にどこ行ったの!?ヒナちゃんの時みたいに後ろでフォローしてくれないの!?

 そして次の瞬間、「名前」「わっっ!?」背後から手首を強く引かれ、ぐるんと身体が反転した。至近距離でマイキー君の吸い込まれそうな瞳と視線がぶつかり合う。……やっぱり今日のマイキー君、なんか機嫌悪い気がする。いつもより纏うオーラが冷ややかな気がした私は、背筋をピンと伸ばし、

「お前、やっぱり三ツ谷のこと好きなの?」
「…………………はい?」

 すぐにだらんと弛緩した。
 とんでもなくデジャヴを感じた。もしかしたらマイキー君は、というか佐野家はデジャヴが好きなのかもしれない。突然ドッと気の抜けた私をマイキー君は不可解な顔で見ているけれど「そろそろ三ツ谷君に失礼ですよ」と笑って返せば、手首を掴む力が徐々に緩まっていく。

 この流れは一度経験している。的外れな質問リターンズだった為か、多少驚きはしたもののパニックにはならない。もうかつて三ツ谷君を巻き込み事故してしまった私では無いのだ、人は成長する、同じ過ちは犯さないぞ。私は冷静な自分をこれでもかと自画自賛した。

 焦って混乱して本来の目的を忘れては駄目で、私のミッションはただ一つ、貴方を、マイキー君をお祭りに誘うことなのである。
 私は覚悟を決めて、スーーーッと大きく肺いっぱいに息を吸った。

「マイキー君、あの、」
「明後日ヒマ?」すると、目の前の彼は私の台詞に被せるように声を重ねた。私が芸人だったら勢いよくひな壇から転げ落ちているところである。あまりちゃんと聞こえなかった上に出鼻をくじかれ、私はパチクリと瞬きを繰り返すしかない。

「はえ?」
「だから明後日」
「明後日?」
「祭あるじゃん。ヒマ?」
「祭……」

 あっけらかんと言い放たれて、私は首を傾げる。祭………?明後日…………? 暇というか……暇なのかな………?武蔵祭の為に予定は空けてマイキー君を誘いたいとは思ってるけど…………ん?そこまで考えて、アレ?と違和感に気付いた。

「!?それって武蔵祭のことですか!!!!」
「うん。行こーよ」
「……えっ、あの、わた、私も!武蔵祭!行きたいと!思ってて!」
「じゃあちょうどいいじゃん。とりま集合はエマとケンチンと同じで」
「はい!!!!」
「あと浴衣な」
「浴衣……?何故?」
「オレが見たいから」
「えっ」
「ダメ?」
「いや、ダメとかじゃ……」
「じゃー決まりな。アイツら待ってるしオレ行くわ」
「は、はい……また…………」

 おずおずと手を振り返せば、マイキー君はニッと目を三日月にさせて去っていく。まるで嵐が去った後のような心持ちだった。私はヨロヨロと倒れるようにベンチに腰掛けて、暫くぼうっと虚空を見つめる。そしてカラスの鳴き声だけが聞こえるようになった位にゆっくりと携帯を開き、エマちゃんとヒナちゃんのグループメールを作成した。
『明後日、武蔵祭、マイキー君に誘ってもらえて、一緒に行くことになりました。P.S.エマちゃんには捨てられました』
 カチカチと送信完了の画面を確認してから携帯を閉じ、そのまま一人で帰路に着く。傾いた西日を背に浴びながら、暑いなぁ、浴衣まだあったかなぁ、まだ入るかなぁと考え、ふと立ち止まった。

「……………ゆかた、」

 ドッドッと今更ながら脈打つ鼓動を感じながら、私は唇を噛み締め、ぎゅううっと力強く拳を握りしめる。本当は今にも子どものように駆け出しそうだし、大声で込み上げる喜びを表現したかった。大きく深呼吸をし、もう一度歩き出すと同時に、頭の中ではイントロを聞くだけで恋が始まると噂のラブソングが流れ始めている。
 やばい、やっぱむり、今なら多分、空も飛べる。
 

/top
ALICE+