武蔵祭までついに残り一日を切った。それはつまり明日の今頃、私は既に祭に赴いているということで。
 押し入れを引っくり返しながら浴衣を探せば、私でも着れそうなものが紺色に花が咲いた浴衣が一着見付かった。見覚えがないので多分お母さんかおばあちゃんのものだと思う。欲を言えば新しい浴衣が欲しかったけれど、今から見に行って良い物が見つかるとも思えなかったし、大人っぽくて綺麗な浴衣を着こなしてみたい気持ちもあったので問題ナシ。後は髪型をどうするかだけど、それに関しては当日エマちゃんが私の分までやってくれるらしい。本当に私は良い友達を持った、感動しすぎて泣きそう。

 あまり期待しすぎたらいけない。
 そう分かっているのに脳内ホルモンが幸福に乗っ取られているんじゃないかというほどフワフワとしていた。かつて脳内ピンクかよ、ハッ、と行事やイベント前後にそわそわし始めるクラスの男子に向かって心の内で放った言葉がまんま返ってきている。むしろ私の方が彩り豊かなお花畑だ。春夏秋冬、季節に囚われずあらゆる花が入り交じっているので見栄えはバッチリ、フォトジェニックな仕上げである。
 とまあそんな具合に分かりやすく浮かれてぼうっとしている私の視界に、突如ヌッと何かが伸びた。その正体を確認しようと顔を上げれば、それは迷うことなく私の頬をつまみ上げる。

「………………」
「………………」
「………………ばじ」
「おう」
「…………いひゃいんだけど」
「だろうな…………いでっ!」
「ざまあ!」
「てめぇ……」

 私はスパァン!と軽やかかつ滑らかな動きで、私の頬を引き伸ばしていた手を叩き落とした。……華麗に決まった!

 「相変わらず乱暴な奴だなァ?」と猫のように笑った場地は、それでもまだ私の頬に手を伸ばしてくるので慌てて距離をとって戦闘態勢に入る。この流れも何度繰り返したか分からないし、格闘ゲームのコマンドみたいに身体に染み付いてしまっていた。まっこと困った人である。場地と仲良くなれたのは素直に嬉しいけれど、事ある毎に私の頬を狙ってくるのは本当に辞めてほしい。私の頬を何だと思っているんだ、フリー素材じゃないんだから。そんなに頬を抓りたいなら、そう、例えばすぐそこにいる千冬君の頬に触れればいいじゃないか。私がやろうことなら返り討ちに遭うけれど、場地なら喜んで抓られると思う。

「お前何かあったのか?」
「は?何がでしょう」
「取って付けたような敬語やめろ」
「ごめんね、場地クン。期末テストどうだった?2桁超えた?」
「……お前マジ、」
「あっ、ちょ、いたっ、痛いかも……!!
「よく伸びる餅じゃねえか」
「いいい痛いって!!」

 喧嘩の才能あるのでは?と思った途端にこれなので、やはり私に才能はないらしい。てか痛い!マジで痛い!力の差を考えて!より強くなった力に半泣きで「ぼ、暴虐王め!!!」と暴れていると、バンッ!と今まで場地の斜め後ろで黙っていた千冬君が壁を殴った。ひぃ、と私はその場に飛び上がる。何で壁殴るの!?

「ち、千冬君……?」

 な、何で急に怒ったのか分からないけど壁ドン(物理)は普通に怖い。ビクビクと怯えていれば、彼は「場地さんが暴虐なんて言葉分かる訳ねえだろ。もっと易しい言葉使え」と何に怒っているのか分からない怒り方をしていたので、私は露骨に顔を顰めた。何だそれ。場地は理解が及ばないのか「あ?こんにゃく王?」とはてなマークを浮かべている。力が緩んだその隙にそそくさと距離を取ったけれど、場地クン、本当なら馬鹿にすんなって怒るところだよ。

「あとね、こんにゃくに王政はないよ」
「オウセー?」
「絶対君主制だね、キングオブこんにゃく」
「はあ?お前何言ってんだ、頭おかしいんじゃねえの?」
「ううん、私が悪かった、ごめんね」

 場地は本気で「頭大丈夫か?」と心配する素振りを見せてきた。私の頭がいいばっかりにお馬鹿さん扱いされるなんて……。会話レベルの差に悔しいやら情けないやらの気持ちで千冬君と顔を合わせると、ほら見ろといった表情でペットボトルを投げられる。

 「で、なんかあったのか?」有り難く冷えたペットボトルを受け取り熱を帯びた頬に当てていると、制服を緩く着崩しイマドキ風な千冬君まで眉を顰めなからそう口にした。

「ち、千冬君まで……別に何もないってば」
「じゃああんなボーッとしながら歩くなよ。名前みたいなやつ誰にどう絡まれるか分かんねえのに」
「二人には絡まれたけどね」
「ア?」
「ひぃ」

 なんか今日機嫌悪いのかな、すぐ凄まれる。普段はもっと優しいのに、あっ、やだ、ほんと怖いからやめてください。
 千冬君を怒らせるのは私の望むところではないので「ご、ごめんなさい」と素直に謝れば、片眉を吊り上げたまま小さく息を吐かれる。

「つーか場地さんが気付かなかったらお前電柱にぶつかってたぞ」
「え?」
「ほら」

 まじだった。場地の背が高いので気付かなかったけれど、1メートルほど先に電柱がある。
 ヒリヒリとするまで頬を伸ばされるのを正しいと思いたくはないが、まあ、確かに浮かれていたしそのまた歩いていたらぶつかってた……のかもしれない。助けられ方はかなり不服だけど。不服だけど!
 「……ありがとう」一応お礼のつもりでポケットに入っていた飴を投げて渡すと、受け取った場地は八重歯をチラリと見せながら不敵なよく分からない笑みを浮かべた。その笑みを見つめ返して意味を押し図ろうとすれば、即座に千冬君の手も伸びてきたので少し傷のあるその掌の上に飴を乗せる。君は本当にちゃっかりしてるね。

「あっ!檸檬味じゃねえか場地さんと同じ桃にしろよ!」
「も、もう檸檬味しかないよ」
「チッ……仕方ねえな」舌打ちしたな、今。なんというやつだ、飴を貰っておきながら文句を言うとは!普通にムッとしたものの、オトナの私はやれやれ、と肩を落とすだけに留める。一応ポケットの中身を確認してみたけどやっぱり檸檬味しか残っていない。ほら、と千冬君にポケットの中を見せていれば「そういや名前」場地がニヤニヤと目許を緩めながら口を開いた。

「お前も明日祭行くんだってなぁ?」
「へ」
「何でそんな驚いてんだよ」
「え、あ、いやその………うん。場地も行くの?千冬君も?」
「まー顔出すくらいは」
「場地さんが行くなら」
「そ、そうなんだ。楽しんでね」
「で?」
「で?」
「で」
「いや、で、とは……?」
「誰と行くんだよ」
「えっ、だ……っ、誰でもいいじゃん!」
「へぇー、エマとかじゃなくて言えねえ相手なわけ?」

 そこで、あ、となった。
 確かにエマちゃんやヒナちゃんとかの同性であれば別に隠す必要もないし、場地の言う通り相手を言いたくないのだと思われても仕方ない。……え、言うの?マイキー君と一緒に行くって?別におかしいことじゃないと思うけど……なんとなくマイキー君と昔から仲良しな場地に知られるのは恥ずかしい。モゴモゴと語尾が濁っていく私を見て、場地は分かりやすく笑った。

「三ツ谷に誘われたんだろ?」
「…………えっ」
「お〜ビンゴ」

 何で知ってるの!?
 目をクワッと見開いた私とは裏腹に、包装を開いた場地はコロンと桃色の飴玉を咥内に放り込む。い、今食べるのね……!私も動揺を抑えるために、真似して檸檬味の飴玉を口に含んだ。ま、待て待て落ち着け落ち着くんだ私。場地は三ツ谷君の名前しか出してない、つまり私がマイキー君のことを好きだとまだバレたわけじゃない。知っているのかもしれないけれど、まだ確定じゃない。墓穴を掘るのはやめるんだ、そう、どうどう。落ち着け私。
 じんわりと舌に染みていく檸檬味に目を細めて、とりあえず冷静に情報源は誰かを考える。もしかしてまた武道君か。またタケミっちなのか。ちなみに私の中の武道君は謎の情報通という認識である。

 ニヤニヤとチェシャ猫のように笑う場地が何を言いたいのかは大体分かるのだ。流石に私もそこまで鈍くない。確かに三ツ谷君に誘われた……というより誘ってくれた。でもそれは場地が思っているような類のものじゃない。だからそんな小学生男児みたいなからかい方はやめてほしい。恐らく三ツ谷君は初めて出会った頃私をカラオケに誘ってくれたように、仲間に入れようとしてくれただけに違いないのだ。
 私はハァ、と溜息を吐きながらもう一度やれやれ、と首を振った。これだからメンズは。

「確かに誘ってくれたよ。優しいよね三ツ谷君、場地と違って」
「オレも優しいだろーが」
「いやいや、優しさの種類が違う」
「そりゃ当たり前じゃね」
「え?あ、ああ……うん……?」

 そ、そうだけども。やけにあっさりと返されても妙に言葉に詰まってしまう。

「向けられる優しさが全部同じなわけねえだろ、中身が違ぇんだよ中身が」
「と言うと……?」
「小野が欲するトイレを人に施せって言うだろーが」

 「…………は?」私はぽかんと口を開けた。待って、やばい、本当に何言ってるのかわかんない。

「誰なの小野君」
「あ?小野は小野だ」
「小野君はトイレに行きたいの……?」
「知らねえよ」
「場地が言ったんじゃん何で知らないの」
「場地さん、己が欲する所を、ッス。この間小テストで出ましたよね」
「かすってもないけど小テスト無事だった?」
「うるせえな己も小野も人間なんだからほぼ一緒だろ。とにかく小野の優しさはそういうことだ」
「はあ……?なるほど……?」
「小野は優しくすることで見返りを求めてんだよ」
「よく分かんないけど小野君のこと気になってきちゃった」
「ふざけんな、そんな調子じゃお前殺されんぞ」
「え、誰に?小野君に?」

 どうしてそうなった?私殺されるの??
 結局何が言いたかったのかは全く分からないけど、とにかく場地が何かを伝えたかったのは伝わってきたので私は理解したふりをして頷いておいた。「場地さん夏休み明け再テあるッスからね」千冬君は飴を頬に詰めながらモゴモゴと話しているけど、それ多分また同じ間違え方すると思うな。私でさえ謎の小野君が頭から離れないのだから彼がそうならないわけが無い。はーあ、下手にことわざ使おうとするからそうなるんだよ。
 私はやれやれ、と何度目か分からない台詞を吐いて首を振る。

「じゃあさ、場地も見返り求めるの?」
「おう、飴よこせ」
「あれ、優しくされてないんだけどな……」これじゃあ大阪の飴配りオネエサンになってしまう。とは言いつつも私は飴を場地の手のひらに乗せ、哲学じみた話題に首を傾げるしかなかった。優しさとは?哲学とは、ってもうプラトンじゃん、あれ、プラトンってなんの人だっけ?私プラトンとアリストテレスしか知らないから分かんないけどさ。

「見返りかぁ」

 確かに自分の起こした行動に見返りがあれば嬉しい。優しくして貰ったら返してあげたいとも思う。返報生の法則ってやつだと思う。でも見返りを求める時点で優しさなのか分からないし、ていうか相手次第でしかない気もするし、ぶっちゃけ私は捻くれてたから優しくしたいって思える人は少ない。でも今関わってる人達には優しくありたいって思う。大切な人達だったら、本当に好きな人だから見返りなんて求めない。一方通行になったって良いとさえ思う。私の自己満足だし、でもそれって何なんだろう。優しさというか、

「………………………愛?」

 ──って、この言い方だと優しさ=愛というか、別の意味のように聞こえてちゃうな、しかも急に哲学を気取った感じだし非常に良くない。「……いや、ごめん嘘、何もない」自分で言っておきながら恥ずかしくて、顔を隠す私を千冬君は薄目で見ると、白々しく溜息を吐いて肩を竦めた。私の真似をするんじゃない。

「名前って国語弱そう」
「き、急に何、別に得意でもないけど……」
「登場人物の心情とか分かんねえタイプだろ」
「なっ!それは場地の方が出来ないでしょ!」
「場地さんはそれ以前に漢字が読めねえんだよ!」

 千冬君の勢いに釣られて知らねえよ!!と言いそうになるのをグッと堪え 「そ、そうですか……」と返す。なんなら彼の沸点が分からなくてちょっと普通に怖かった。やっぱり今日の千冬君は怒りっぽいな、罵られた挙句謎に怒られるなんてやってられないやい。じり、と無意識に一歩退いたその時、ポケットの中で振動する携帯に意識がハッとした。

 ──そうだった、実はこのあとエマちゃんと明日の作戦会議を行う予定だった。……これは現時点で最重要機密事項である、故にそれに遅れるわけにはいかない!

 「わ、私そろそろ行くね!」

 つまるところ、逃げるが勝ち。
 頬っぺたに飴玉を押し込んで、そのまま足を踏み出しながら手を振った。「帰んの?」と猫目を此方に向けて尋ねてくる千冬君に、私は小さく頷く。
 なんだかドッと疲れたのだ。とはいえ楽しかったし二人に会えて嬉しかったのは事実なんだけど。「また会おうね」そう笑って背を向けると「名前」と低く艶やかな声が投げられる。振り返ると相も変わらずいたずらっ子のように歯を見せる場地が太陽を背に長い影を作っていた。

「ほんとは欲しいくせに」

 やっぱガキだな。
 そう言われ、私はキッと目を細めた。
 いや、貴方、今、同学年なので!











「…………まさか場地さんって名前のこと好きなんスか?」
「ア?目ん玉腐ってんのか」
「ッスよね、腐ってねえッス」
「おう。お前がゾンビになったら困るしな」
「じゃあ三ツ谷くんがアイツを誘ったってのも?」
「それはマジだっての。振られたらしいけどな!」

 「……三ツ谷くんがアイツに振られるってなんかアレっすね」しみじみと語る千冬に場地はブハ、と吹き出した。聞くところによると名前はマイキーやドラケンがいる前で、初対面にも関わらず三ツ谷をとんでもなく面白いやり方で振ったらしい。告ってもねえのに振られるってどんな気分なんだ、と場地が爆笑したのは記憶に新しかった。それを知らない千冬は猫目を細めて名前が去っていく後ろ姿をじっと見つめている。

 千冬と名前の関係値は他と比べるとそれほど深くない。というか彼自身、あまり名前に興味がなかった。それでも尊敬する場地が名前を面白い奴だと気に入っているからどんな奴だと思っていれば、見た目とのギャップが激しいよく分からない女がいたのである。
 初めて会った時はいつだったか、マイキー君と話してる姿を見たんだったっけ。第一印象はなんとなく冷たそうで高飛車そうな女、それだけ。面が無駄に整ってるからだろうか。緩く巻かれた黒髪にケバすぎない化粧は白い肌によく映えるし、佐野エマと似ているようで違う空気というか、あまり他人を寄せ付けない雰囲気が余計そう思わせるのかもしれない。

 しかしまあ、場地相手に怯むことなく睨みを利かせた挙句仲の良い兄妹のように口喧嘩をするし、クールで高飛車そうな女、という印象は180度覆ったけれど。

 三ツ谷くんが誘ったということは恐らくそういう意味合いだと思う。三ツ谷くんはあれでいて面倒見が良いし、名前も阿呆でガキみたいな部分があるから納得しないでもない。多少驚きはしているものの、何よりそれを断ったらしい名前の方が意外というのが正直な気持ちだった。

「じゃあ誰と行くんスかね、アイツ。あんま友達いなさそーッスけど」
「何だよ、千冬気になんの?」
「いや、気になるっつーか……単純に三ツ谷くんの誘い断んの意味わかんなくて」
「ククッ……本命いんじゃね?知らねえけど」
「ふーん。本命……」

──オレらの周りで恋愛しそうな奴っていたか?

 千冬は息をするほど自然に名前の好きな人、本命とやらが近くにいると考えていた。理由は分からない。けれどなんとなくそんな気がしたのだ。名前は何故かマイキー君達と仲良くしているらしいが、関わっている東京卍會のメンバーもそんなに多くない。つーか最近まで三ツ谷君も場地サンもチームに入ってるってことすら知らなかったらしいし、マジで意味わかんね、どうやって出会ったんだよ。
 さっきの名前を思い出す。いつも以上にぼうっとして、それでいて白い頬は紅が滲んだように少し火照っていて、あのまま放置していたら何かに巻き込まれそうな気がしてしまった。

「やっぱ変だった……つーか、絶対浮かれてましたよねアイツ」

 呑気なやつだ。ただでさえ抗争が起きかねない危うい状況だったというのに、そう思う一方で誰の嫁というわけでもないくせにトーマンの幹部と仲が良い名前を不思議に思った。てことは、もう付き合ってる……もしくは付き合いかけ、はたまた誰かが既に守ってるのか。

 「まさかマイキー君とかッスかね!」なんとなくパッと気まぐれな猫のように飄々としている最強の総長の顔が思い浮かんで、だったらウケるなと思いながら千冬は場地を見遣る。場地は飴玉を転がすのをやめたのか、ガリガリと音を立てて噛み砕いていた。

「あ〜マイキーな」
「でもマイキー君って恋とか興味なさそうですよね。勝手なイメージッスけど」
「興味無いつーか、まだ違いがそんなに分かってねえんじゃね?」
「?違いすか」
「好きなものに対する違い?」
「あーー、なんとなく分かるッス」

 佐野万次郎というカリスマと力に恵まれた人間の周りには、あまり女っ気を感じなかった。本人は四十八手だとかエロ本がとか中学生らしい話題を普通に持ち出すけれど、とはいえ、周りにいる異性は彼の妹くらいだ。今は恋愛よりバイクや仲間と喧嘩をすることの方が楽しそうな感じがするし、場地が言ったように恋愛に興味が無いというよりは好きという感情がシンプルなのかもしれないとも思う。

 家族が大切、ダチが大切、愛車が大切、そんな感じで。

 まあ知らねえけど、人の気持ちなんてすぐ変わるし。特にマイキー君は意外と影響を受けやすいタイプだと思うし、案外名前の真っ直ぐな馬鹿具合を気に入ってるから周りに置いているのかもしれない。これも勝手なイメージだけど、千冬はコロンと飴玉を舌の上で転がした。

「でもマイキー君の嫁って色々ヤバそう」
「あんなんでも天下の総長様だしな」
「……強い奴じゃないと駄目ですね」
「吉田沙保里?」
「えっ、マイキー君ってそっち系タイプなんすか」
「いや違ぇだろ」
「うわ、焦ったー……」
「アイツはどちらかっつーと……」
「?」
「いや、てかお前も恋バナとかするんだな」
「えっ!これも恋バナに入るんすか……!」
「入るだろガッツリ」

 たまに行く学校で女子共が話している恋バナなんてクソほどどうでも良かったが、なんとなく三ツ谷くんの話を聞いてしまったせいで妙に興味が湧いてしまった。自分が恋バナをしてると思うと眉間に力が入って変な顔になってしまう。そんな千冬の頬を軽く叩くと、場地は「まあなるようになるんじゃね?」といつものようにニッと豪快に笑った。「痛えッス」と一応文句は忘れない。

「てか千冬、今何時?」
「今…………って、あ!?ゲーセン閉まっちまいますよ!」
「え、マジ?おい走んぞ!!」
「ッス!!!」

 やべーやべーと駆け出す場地の後を慌てて追い掛ける。雲ひとつない空の下で足を動かしながら、そういやファーストキスは檸檬味だってクラスの女子が言ってたな……と思い出して、千冬はカッと顔を横に振る。ま、待て待て気持ち悪ぃ、何女みたいなこと考えてんだオレ!場地さんと恋バナしたってだけでもやべぇのに!
 ブンブンと首を振りながら少し後ろを走っている千冬を見て、場地は笑いながらただ一言「キメェ」と言った。千冬は普通にショックを受けた。

 ので、とりあえず、飴を強請った自分のことは棚に上げて檸檬味しか持っていなかった名前を逆恨みした。

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