三ツ谷君となんとも言えない気持ちの私を待っていたのは、正しく先程目にした女の子だった。やっぱり、という諦めに近い気持ちが心の内を占めていく中、凄い勢いで此方に近付いてきたかと思えば私の両肩を力強く掴み「アンタが名前!?」ニパッと笑う。三ツ谷君から会いたがっていたという情報は得ていたものの、まさかここまでダイレクトにやって来るなんて誰が想像できただろう。不意を突かれて「ぴゃッ!?」と変な声が出るが、まるで気にも留めていない彼女はそのまま「ヒナからたまに聞いてたよ、ほんとに美人なんだ」とペタペタと私の頬を触った。

「あ、あああ、えっと……エマちゃん……!?」
「名前ちゃんとエマちゃんが会うのは今日初めてだもんね」
「ヒナ〜もう一部屋借りようよ、ウチらはそっち行こ!」
「おいエマ!」
「男子禁制だからね!」

 ドラケン君が勝手なことすんなと怒ったが、結局マイキー君の「いいよ。1時間後入口集合な」鶴の一言で女子会が決定した。ううん、よくわからない。確かにこの人数でこの部屋は狭いとは思うので部屋を変えるか分裂した方がいいとは思うけれど。
 そこで「はい」とドリンクを渡してきたのは三ツ谷君である。目の前に差し出された2つのコップを咄嗟に両手で受け取れば、薄菫色の瞳と目が合う。

「ま、こっちは何とでもなるし」
「み、三ツ谷君……」
「話したいっつってたのはマイキーもドラケンも知ってるしな」

 部屋を隔離してまで私相手に何を話したいのだろう。何を聞きたいのだろう。それとも今から隣の部屋で詰められたりしますか?コップを持ちその場に立ち尽くしていれば、ドラケン君から荷物を受け取ったらしいエマちゃんが「ほら行こー」と私の腕を引いた。ふら〜とそのまま隣の部屋にフェードアウトする寸前、マイキー君がまたあの目で此方を見ている気がしたけれど、やっぱりエマちゃんがいるからだろうか。

 





 恋愛偏差値の低い私が知っている恋のライバルというやつは、一貫して性格が悪かった。自分の好きな男が私のことが好きだかなんだかで勝手にライバル視してきたクラスメイトは私がビッチだ遊び歩いてるだとありも無い噂を流してきたし、同じグループでニコイチなんて言っていた女の子達も好きな人が被れば次の日からは別グループになって悪口を言い合っていた。少女漫画でも3巻目辺りから出てくるライバルキャラは陰湿でコソコソと裏で動いて人を騙して意中の人を射止めるような性格だった。だから恋のライバルという存在は、私にとってあまりにも未知数で怖いものなのだ。

「で、いっつもバイクと喧嘩のことばっかりだしさぁ!」
「うんうん。タケミチ君も最近怪我だらけだけだなぁ」
「ちょっとはウチらのことも考えてほしいよね〜」

 「分かる〜〜!」と2人の声が重なった。私は出来るだけ不自然にならないよう笑顔を作りながら、アイスをパクリと口へ運ぶ。説明しよう。現在、絶賛女子会中である。私とヒナちゃんと、そしてエマちゃん。この3人で「乾杯!」と片手でソフトドリンクを高く上げ、カラオケのパフェをつつきながら女子会〜恋バナを添えて〜が始まっている。

「ヒナはヤキモチ妬いたりすることあるの?」
「……ヒナだってあるよ!この間のエマちゃんの時も!」
「あれはゴメンって。まさかアンタが彼女とは思わなかったし」
「それ以外は……そうだなぁ。ちょっと男の子の友達が多すぎるかな」
「それ!ダチ命!って感じ。もう少しこっち見てくれたっていいのに」
「男たらしってやつなのかなぁ」
「あー……うん、確かに。そうかも」

 そう言ってエマちゃんは睫毛を伏せて頬杖をつき、グロスで潤った唇を尖らせる。私はそんな彼女を見て随分可愛らしい女の子だと思った。と同時に、少し拍子抜けする。てっきり女子会なんていうのは名ばかりで、ひたすら詰められるものだと思っていたからだ。少なくとも平手打ちくらいはされるものだと思っていたし、それなりの罵詈雑言は覚悟していた。思い描いていた恋のライバル像とまるで違う、むしろ私が今まで受けてきた理不尽な平手打ちは一体何だったんだろう。そんな事を考えながらパフェに集中していれば「で!」と彼女の指がビシッと私に向く。

「名前は誰が好きなの!?」
「ぶッ!!!」
「ちょっと汚いよー!」
「あ、おしぼりおしぼり!」

 エマちゃんって、なんかこう、ぶっこむね!?
 この短時間でも彼女がこそこそと探りを入れてくるようなタイプじゃないと分かったし、姑息な手段を使わないだろうことも理解できたけれど、でも、それにしたってそんな急に振るかな……!?
 ヒナちゃんから渡されたおしぼりで口周りと机を吹きながら内心だらだらと冷や汗をかく。もしここで、仮に私まで馬鹿正直にマイキー君と答えてしまったら今度こそキャットファイトに発展してしまうだろうか。そんな展開は嫌だ。絶対に嫌だった。とはいえ、どう返事をしていいのかも分からない私はあからさまにたじろぐ。助けを求めてヒナちゃんを見るも、彼女は呑気に使用済みのおしぼりを綺麗に畳んで机の端っこに重ねているではないか。律儀か。真面目か。ていうかヒナちゃんは何でそんなに平然としていられるんだ。もう少し親友を助けてくれたっていいんじゃないか。

 「………………」

 そして私はこのモヤモヤの矛先をヒナちゃんに向けることにした。そうだ、考えてみればそもそもがおかしい。先ほどの会話を聞いててもヒナちゃんはエマちゃん恋愛相談を何度も受けているようだし、エマちゃんの性格的にもわざわざ好きな人を伏せるようなことはしないだろう。ということは、ヒナちゃんはエマちゃんの好きな人を知っているはずなのだ。知っているのならどうして私をエマちゃん達に合流すれば?なんて無責任なことを言ったのか。どうして先に教えてくれなかったのか。
 見事にヒナちゃんに八つ当たりを繰り広げているが、実際の私は黙りこくっているだけである。そんな私に痺れを切らしたのか、エマちゃんがもう一度「ねえ〜教えてよ」と私の顔を覗き込んだ。

「えっとその……恥ずかしいかなって……」
「じゃあウチに当てさせて!」
「あ、あて、当てる……!?」
「アハハ、どもりすぎ。って言ってもなあ……絶対三ツ谷でしょ?」
「えッ」
「うふふ!」

 その瞬間私は何でやねんという顔でエマちゃんを凝視し、ヒナちゃんは楽しくて堪らないという顔で笑った。
 
「な、なんで三ツ谷君……」
「え、違うの?」
「違うけど!?」

 なんだかデジャブである。
 キョトンと目を丸くさせるエマちゃんは本気で私の好きな人が三ツ谷君だと思っていたらしい。私が強く否定したものだから、彼女はヒナちゃんと私を交互に見て分かりやすく戸惑っている。戸惑いたいのは此方の方だけどね!?と言いたい気持ちを押さえてブンブンと首を横に振った。
 「……え、どゆこと?」このエマちゃんの困惑した様子を見るに、どうやらヒナちゃんが妙な入れ知恵をしたくさいな。私の中の名探偵がピコーンと眼鏡を光らせる。私について何かしらの前情報を得ていたけれど、エマちゃんの中の確信に近かった推測が外れてしまった、そんなところだろうか。何故三ツ谷君なのかは全く分からないけれど。ちなみに当のヒナちゃんは相も変わらずニコニコと仏のような笑みを浮かべるだけだ。いやヒナちゃんやばくない?戦犯すぎない?

「でも今日のメンツにいるんじゃないの……?」
「ヒナちゃんそこまで言ってたの!?てかいつの間に!?」
「まさかタケミっち?」
「そんなわけ……」
「だよね」
「ちょっと!?」
「でもそうなると残ってるのって……」

 そして突如エマちゃんが固まった。わなわなと震えながら大きな瞳を更に大きくして「まさか……」耳を傾けていなければ聞こえないほどの声量でエマちゃんが呟く。
 私は悟った。
 きっと気付いてしまったのだ。ドクドクと心臓が嫌な音を立てる。緊迫した空気が私とエマちゃんの間を流れるが、隣の部屋からは「レゲエ砂浜ビッグウェーブ!」とノリノリの掛け声が聞こえガクッと肩が落ちた。それはエマちゃんも同じだったんだろう。はぁと小さく溜息を吐いた後、目尻を人差し指でぐりぐりと押しながらその唇を開く。

「もうここはお互い漢らしくいこっか」
「エマちゃん……」
「いっせーので、でいこう」
「う、うん……」
「……いっせーので、」
「ドラケン」
「マイキー君」

 そして沈黙。後に、絶叫。

「ええええええええ!?マイキー!?え、ええええ!?」
「な、ななな!エマちゃんこそドラケン君!?さ、さっき腕に!エマちゃんが!腕に!」
「ウチが腕に何!?」

 相変わらずヒナちゃんはニコニコと笑っていた。ヒナちゃん、貴方、もしかしてこうなることを全て知っていたというの……?全部計画通りだったの?その上で静観していたの?もうやだ、この子怖い!
 しかしそんなことを思う間もなく、エマちゃんが「ねえ、ほんとに!?ほんとに三ツ谷でもドラケンでもなくて!?」と私の肩をガクンガクンと揺すってくる。

「ち、違うよ……」
「絶対三ツ谷だと思ってた……そうくるんだ……」
「何で皆三ツ谷君なの……」
「なんとなく?」
「てか、エマちゃんこそ!」
「私?」
「さ、さっき……マイキー君の腕に……その、私……」

 私が間違いなくこの目で見たのだ。エマちゃんがマイキー君の腕に絡みついていた姿を。それなのに彼女はドラケン君のことが好きだと言う。もう訳が分からない。
 私が半泣きで訴えたのが効いたのか、エマちゃんは私の肩を揺する手を止めた。そして純粋無垢な瞳に私を映し「あー……」と言葉を濁した後、続けてヒナちゃんの名を呼んだ。どうしてここでヒナちゃんを呼ぶのと思ったけれど、ヒナちゃん本人もパフェに乗るウエハースを齧りながらコテン、と首を傾げている。

「なあに?エマちゃん」
「もしかして言ってない?」
「…………アッ」
「…………だと思った」

 ゴクン、とヒナちゃんがゆっくりと嚥下する。そして同時にエマちゃんが頬を掻きながら「実はね、」と少し言いづらそうに視線を逸らすものだから、私は再びスっと背筋が伸びた。

「マイキー、ウチのお兄ちゃん」

 隣の部屋からは「俺!俺!俺!俺!オレ!オレ!」と雄叫びのような歌声が聞こえてきて、再び脱力した私はぼんやりとエマちゃんを見つめ返す。頭の中ではエマちゃんの言葉と隣から聞こえる歌詞が入り交じっていた。俺がマイキーで貴方はエマでお兄ちゃん。私の名前は名字名前。

「………………………マイキー君が、エマちゃんのお兄ちゃん?」
「反応遅!」

 エマちゃんが渾身のツッコミをくれるが、私は少し引き気味に「いやいや、」と否定する。しかしヒナちゃんが「ホントだよ、名前ちゃん」笑いながら加勢した。
 だって、嘘だ、そんな馬鹿な。あの距離感で兄弟?いや、でも確かに仲のいい兄弟は実際に存在する。ヒナちゃんとナオト君だって休日に一生に出かけるほど仲がいい。ならば私がついさっき、自己嫌悪に至るまで受けたショックや絶望は、まるで見当違いだったということなのか。未だ信じられない私に、エマちゃんがトドメを刺す。
 
「苗字どっちも佐野だよ。ウチは佐野エマだしマイキーは佐野万次郎」
「佐野…………」
「え、ちょっと名前!?」
「…………あぁ……なるほど……そっか、……」

 そして私はフラリとそのまま身体を真横に倒し、ソファの上に寝転がった。エマちゃんが驚いたような声を上げているけれど、ヒナちゃんが止めてくれたのか肩を揺さぶられる気配はない。
 ほんっとう、恋ってのは全くもって末恐ろしい。出来るだけ気にしないように、なるべくのめり込まないように、傷つかないように、そう思っていても無意識の内にこんなにも疲弊している。たかだかこんなことで一喜一憂して、この心は確かに実を焦がしているのだと痛感してしまう。
 右腕で目許を覆い隠して「良かった……」と呟けば二人が笑う声がする。

「そっか、マイキーかぁ。マイキーにもついに春がくるのね」
「マイキー君ってあんまりそんなイメージないもんね」
「そもそも好きになる女の子がいないよ。かなり珍しい」
「な、なるほどね……」
「でも、なんかウチまで嬉しい」
「ヒナもだよ。名前ちゃんが恋なんてホントにビックリしてるもん!あんなに擦れてたのに」
「よし、こうなったら同盟!」
「同盟?」
「私はドラケン !ヒナはタケミっち!名前はマイキー!」
「何するの?」
「皆の恋が上手くように協力しあうの!」
「乗った!」

 プライバシーも何も無いじゃん……。しかも知らぬ間に同盟まで組まれているし……。私も小声で「乗った」と言えば、目許を隠している腕を強く引っ張り上げられた。そのまま上半身ごと起き上がって困惑する私の手を取り、上からヒナちゃんとエマちゃんの手が重なる。

「鈍感な男どもを振り向かせる!」
「おー!」
「……お、おー!」

 そして隣の部屋からは渋すぎる津軽海峡冬景色が聞こえてきた。もうツッコまないと決めていたけれど、緊張から開放された私は心の中でツッコミを入れてしまう。いや、誰セレクトやねん。

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