Q.好きな人のことばっかり考えてしまって他のことに手がつけられません。
 A.想いの強さは必ず武器になります。好きな人のせいで、じゃなくて、好きな人の為にと思考を切り替えて行動してみましょう☆

 Q.初恋の相手の連絡先をゲットしたらやはり状況は進展するのでしょうか。
 A.その人の行動力によります。気になる人には積極的に連絡してみるのもありかもッ☆

「………………」

 Q.好きな人のメアドを交換したのですが連絡が来ません。コチラから送るべきでしょうか?
 A.その人がよくメールをするのなら送ってみてもいいかも。でもメールが苦手な人もいるので注意。

 Q.プライドが邪魔して甘えれないし素直になれないです。どうしたらいいでしょうか。
 A.少しずつ弱さを見せていくことも大事。男の子は頼られると嬉しい生き物なので、些細なことから甘えてみましょう!
 
 私はパラ、と雑誌の捲る手を止めた。視線の先では『恋に悩める女の子達へ!百戦錬磨の最強モデルが開く恋愛教室Q&A』と大きく書かれた文字と最近よく見るギャルモデルがポーズを決めている。
 なるほど……なるほど、そうなのか。男の子は頼られると嬉しいって都市伝説だと思ってたけれど、本当だったのか。
 ふむふむと頷きながら次頁を見れば、夜の相性だなんだとかなりアダルティな内容だったので慌てて元の頁に戻す。上から下までじっくり読みふけっていれば、左下の隅っこの方に今週の星座占いコーナーがあった。私の星座欄には『ラッキーアイテムは自転車でラッキーカラーは黒。恥ずかしがらずに自分を表現してみるのが吉!』と一言添えてある。
 他にも色々と気になる項目はあったけれど、雑誌を元あった棚に直してそのまま参考書コーナーをウロウロしていれば、レジから戻ってきたヒナちゃんが「ごめんね、お待たせ」と顔を出した。

「全然大丈夫!無事買えた?」
「うん!塾の先生に怒られるところだったよ」
「良かった良かった」
「名前ちゃんは何もいらなかった?」
「………うん!」
「?」

 あの私がティーン向け雑誌の恋愛相談ページを熟読していたなんぞ、よもや想像も出来まい。ヒナちゃんに買っているところを見られるのはちょっと恥ずかしいので、一人でいる時に買うか、次号も読みたくなったら定期購入することにした。あれは中々良い。普通にファッション雑誌のはずなのに、かなり恋愛相談の内容が充実している気がする。
 
「ねえねえ、ヒナちゃんはさ、武道君とどのくらいの頻度で連絡取り合ってるの?」

 書店を出てヒナちゃんと横並びに歩く道すがら、不意に気になったことを尋ねてみた。突拍子もない質問をされた彼女は丸い目を更に大きくして「どうしたの?急に」と私を見つめ返している。今まではあまりこういう話をしてこなかったからだろう。こんな私にも好きな人が出来たという衝撃で薄れてはいたものの、まだ私からこういう類の話題が発せられることには慣れないようだ。曖昧に微笑んで「なんか気になって」と返すと、ヒナちゃんは顎に指を当てて斜め上を見上げた。

「うーん。急にタケミチ君が会いに来てくれたりするし……毎日してるって訳でもないよ」
「なるほど……」
「学校も一緒だしね」
「そうだね、それはそう」
「でもたまに一緒に帰ろうとか、なんでもない話はするかなぁ」

 まあ確かにヒナちゃんと武道君は大前提として付き合っていて、尚且つ同じ中学校で毎日会えるという条件付きである。付き合っていても毎日連絡を取り合う訳では無いのか。ムムム……と考え込む私にヒナちゃんは首を傾げていた。そして暫くして塾の時間だからと駆け足でどんどん小さくなっていく彼女の後ろ姿を見つめながら私もゆっくりと帰路につく。

 マイキー君の連絡先をゲットして暫く分かりやすく浮かれていた私だったが、最近とある悩みがあった。先程のヒナちゃんへの質問した理由もコレである。
 携帯を開けばズラッと並ぶ連絡先一覧。あいうえお順に並んでいるそれらを下の方までカチカチと操作していけば、佐野万次郎の文字がある。ちなみに何故私がマイキー君の連絡先を得られたのかといえば、例のファミレス解散後にエマちゃんがメールで教えてくれたからであった。決して私から聞いたわけでもないし、マイキー君自ら教えてくれたものでもない。完全にコネである。こんな個人情報勝手に教えちゃっていいの?と当初は驚いたが『ウチが教えたこと本人も知ってるし大丈夫』と言っていたので私はお言葉に甘え、有難く恩恵を享受することにした。三ツ谷君のお誘いからエマちゃんに始まり、私の恋は全て他人の力のおかげだったりする。エマちゃんの件だってヒナちゃんが私の話をしてくれていたから仲良くなれたようなものだし。人生人脈だとこの年で実感した次第だ。

 そして初めてエマちゃんに出会ったあの日から、既に約二週間ほど経っている。エマちゃんからは遊びのお誘いがくるので定期的に会っているし、ドラケン君や三ツ谷君達とも意外にも顔を合わせたりしていた。学校の壁なんてまるでないような頻度で、まるで昔から仲が良かったかのように。当然、マイキー君とも。

 が、それはそれ、これはこれである。

「……ううう」

 残念ながら、驚く程に何も進展が無いのだ。亀より遅い、むしろ葉の裏にくっつく芋虫ですら私より早く距離を詰められるんじゃないか。顔を合わせて挨拶をする、何気ない会話をする、またねと声を掛け合う。それは以前に比べれば物凄い成長と進歩ではあるが、成長がない。このままいくとずーーっとこの距離感のままだ。これじゃあ友達の友達、はたまたただの妹の友達枠で留まってしまう。
 ──私だって、他の女子みたいにマイキー君とメールのやり取りをしてみたい。
 ほら、雑誌にも書いてあったじゃないか。『その人の行動力によります。気になる人には積極的に連絡してみるのもありかもッ☆』って。あ、でも『その人がよくメールを使ってるのなら良いけど、メールが苦手な人もいるから注意』とも書いてあったっけ。何なの、結局どっちなのややこしいな。

「はぁ…………」

 手でパタパタと風を仰ぎながら、建物の影を見つけては日差しから逃げ歩く。小走りでじぐざぐに移動していれば、こめかみから顎にかけて一筋の汗が伝った。
 ……暑っついなぁ。
 ハンカチで汗を拭いながら、本格的な猛暑がやってくるってこういうことかと、今朝やっていたニュースを思い出した。今年は特に熱中症が多いので注意が必要らしい。ジリジリと地面がふやけて陽炎が揺らめきを見れば、それもそうだと頷ける。まるでグツグツと鍋で火に蒸されているようだ。
 早く帰って冷たい麦茶が飲みたい……。心を無にして足を進めていた時、「名前?」不意にそんな声が耳に届いた。ハッキリと聞き取れた訳でもないし、聞き間違いかもしれない。しかしおもむろに顔を上げれば、片手を振る人物がゆっくりとこちらに歩いている。

「よ。やっぱり名前だった」
「!?三ツ谷……く、ん」
「ん?」
 
 どんどん小さくなっていく私の声に反して、足音は着実に近づいていた。パチパチと目の前の光景を何度も仕切り直して確かめる。
 とうとう暑さで頭がやられてしまったのだと思った。アッシュパープルの爽やかな短髪と目尻の下がった瞳。こんな極暑であっても爽やかな笑顔は紛れもなく三ツ谷君であるのに、首から下が丸ごと全部おかしい。
 長袖長ズボンの真っ黒の布地には日輪で掘られた金文字。紛れもなくド派手な特攻服を身にまとった三ツ谷君と、同じく特攻服を着た知らない強面の人が私の前に立っていた。
 ……えっ。な、何、どうしたのその格好……。
 私は露骨にガン見した。そういう格好してる人が熱中症になるんだよと教えてあげたかった。しかし三ツ谷君じゃなかったらこの瞬足で逃げるところである。え、三ツ谷君……?本当に三ツ谷君?
 衝撃で固まってるところで「アンタが名前か」と黒髪ロン毛の人が長い指で私を指差した。途端にハッと遠くに飛んでいた意識が呼び戻される。いくら強面のヤンキーだとて軽率に指を差される筋合いはない。忘れてもらっては困る。恋愛には確かにウジウジと弱気な私だが、本来の私は馬鹿にされるのが嫌いなタイプの人間なのだ。
 普通にイラッとしたので黒髪ロン毛を正面からガンを飛ばし返してやれば「ンムッ、!?」何故か頬を片手で掴まれた。……は、え?身長の高い彼が私の前に立つので目の前が暗く影になり、少しカサついて骨ばった指が肌を押し込む。なんでやねん。変な声が出たのが恥ずかしくてスパーン!とその手を弾けば圧迫感は消えたものの、彼は白い歯を見せて笑い出した。

「ハハ!度胸あるじゃんお前!」
「み、三ツ谷君!?この人は!?」
「ん?そっか、名前は初めて会うっけ。このデカイのは場地だよ」
「場地………………さん?」
「ちなみに名前と同学年だぞ」
「場地」
「おい。ダブっただけだから場地先輩だ」
「場地」

 マイキー君とかが言ってたダブってる友達ってあなたのことかい。
 再度大きな手がこちらに伸びてきたのでこちらも戦闘体制になるが、私の構えた腕をすり抜けて今度は先程よりも強く両頬を潰された。
 ねえそれ地味に痛いんですけど!?しかも学年一緒ならタメでいいじゃん!心狭いぞ!
 唇が突き出てタコのような顔になる私を、彼は相変わらず楽しそうに見ては鼻で笑っている。私は意地でも先輩なんぞつけるかとお天道様に誓った。

「ちなみに場地もトーマンの壱番隊隊長」
「とふぉまん?」
「そ。これから集会なんだよ」
「しっかし暑ぃーよな!まだ日が出てるってのに特攻服は流石にキツイぜ」
「それはマイキーに言ってやれ」
「あいつが聞くたまかよ」

 未だに場地(呼び捨てにしてやる)と格闘を繰り広げているのできちんと発音が出来なかったが、あの、ごめんなさい。トーマンって、何?ていうかマイキー君って言いましたか?
 色々と膨大な情報が多すぎて処理するのに時間がかかってしまう。両頬を掴む場地の手をバシバシと本気で叩きながら、改めて三ツ谷君を上から下までジロジロと見つめた。

 ──天上天下、唯我独尊。
 そして背中には大きく東京卍會と書かれている。東京卍會……東卍?それはどこかで聞いたことがあった。そう、クラスのイキリ不良君や通り過ぎの不良君達がたまに口にしていたような……ある可能性が流れ星の如く脳裏を過ぎる。
 まさか……まさかね。ワナワナと震える私だったが、まるで答え合わせをするかのようにブォン!と近くでバイクのエンジン音が鳴った。

「噂をすれば総長様のお出ましだ」
「……うぇっ」

 これは私も聞き覚えがある。皆からバブと呼ばれるマイキー君の愛車の音だ。そしてそのバイクは、当然のように私達の前で停まった。
 マイキー君のバイクなのだから、乗っている人物もマイキー君の他ない。三ツ谷君達と同じ黒の特攻服、胸元には天上天下唯我独尊、左腕には堂々と『初代総長』の文字が金糸で刻まれている。

「名前、今度は場地と仲良くなったのか?」

 バイクから降りると、やけにニコリとした笑顔でマイキー君がそう言った。その後ろには二人乗りをしていたドラケン君も同じ特攻服を着て佇んでいる。まさかこのタイミングでマイキー君と会えるなんぞ思っていなかったので心臓がドッドッと素早く脈拍を打ち始めるが、正直それどころじゃない。
 「イデッ!」私は慌てて渾身の力で場地の腕を叩き落とし、三ツ谷君の背中に隠れながら問い掛ける。

「マ、マイキー君……その格好……」
「ん?これ?」
「その特攻服……」
「まあ今から集会だからな!」
「集会…………」
「そういや名前には見せたことなかったんじゃねえか?」
「あれ、そうだっけ?見せてたと思ってた」

 ドラケン君の言葉に激しく大きく頷くと、マイキー君は「カッコイイだろ?」ケラケラと笑いながらどこからか取り出した鯛焼きにかぶりついた。
 向日葵が咲いたような髪が温い風に揺れている。私って、知能指数が足りてないのかもしれない。だって未だに理解が追いついていないのだ。三ツ谷君を見て、場地を見て、ドラケン君を見て、そうしてゆっくり円を描いたあともう一度視線をマイキー君に戻す。

「見すぎ。ほら」

 私がマイキー君を見つめ過ぎてしまったせいで、たい焼きが欲しいと勘違いされてしまったらしい。生身で差し出されたたい焼きを思わず両手で受け取ると、満足そうに本人は笑っている。

 確かに私はマイキー君のことを全然知らなかった。マイキー君がメールを好むのかどうかも知らないし、雑誌の端くれにあった相性占いとやらも誕生日を知らないので試すことも出来なかった。
 でも、これはまず、もっともっとマイキー君を知るところから始めないといけないかもしれない。

「まだ集会まで時間あるし途中まで名前も一緒に行く?良いよな?ケンチン」
「まあいいんじゃねさすがに集会には参加させれねえけどな」
「え、あ、は、はい!みんながいいなら……」

 初恋相手が暴走族の総長だったなんて、そんな前途多難な恋、恋愛初心者にはハードルが高すぎるじゃないか。

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