拝啓、俺の好きな人



「なぁエマ」
「ん? なぁにドラケン」

 鼻歌を歌いながら俺の髪を触るエマ。集会のためにマイキーを呼びに来たはいいが、案の定奴は起きなくて、ため息を吐きながら玄関へと腰かけた時だった。エマは自前の櫛を持ってきて俺の髪に触れ、慣れた手つきで髪を梳かし、器用に三つ編みにしていく。
 俺の呼びかけに手を止めることなく返事したエマに視線を合わせようとするが、”ちょっと動かないでよ”と膝で背中を突かれた。どうしても俺の三つ編みを完成させたいらしい、しゃあねぇなと大人しく前を向いた俺に満足したエマは、また鼻歌を歌いながら髪を結う。
 マイキーが来るまでのこの時間が俺は好きだった。集会さえなかったらこのままマイキーが起きて来なかったら良いのになとか、時間が止まれば良いのにとさえ思ってしまうほど。
エマに髪を触られるのは嫌いじゃ無いし、この静かな時間をもっと堪能していたい。
 俺にとってマイキーもエマも大事な存在で、特にエマには幸せになって欲しいし、何なら俺が幸せにしたいとさえ思っていた。

「エマ」
「何ってば」
「俺、お前らのこと幸せにすっから」

 本当は面と向かって言いたかったけど、エマがそうさせてくれなかったので正面を見ながら宣言する。お前らのこと最高に好きだから幸せにしてやるよと笑った俺。まるでプロポーズみたいなクサい台詞に恥ずかしくなって、普段なら「当たり前じゃん」とか笑って返事してくれるエマからの返事がないことにさらに耳が熱くなるのを覚えた。

「ばか」

 頭上からそう聞こえた瞬間、出来上がった三つ編みが重力に伴って肩に当たりそれと同時に背中に重みを感じる。柔らかい感触と首にかかる暖かい息にエマに抱きしめられているのだと気づいた。エマはもう一度”ばか”と言い、俺を強く抱きしめる。
「ウチが幸せにするんだよ、ドラケンもマイキーも!」
 驚いて振りかえった時に向日葵のような笑顔を見せてくれたエマの表情を今でも忘れられない。いつも俺に見せてくれるマイキーとは違った表情。自信に溢れたその笑みは本当に俺たちを幸せにしてくれそうなもので、つられて俺もニカっと笑う。

「生意気なんだよ」
「へへっ」
「あ、ケンチンずりぃ。エマ、俺の髪もー」
「ウチは美容院じゃありませんー!」

 ペロっと舌を出して笑ったエマ、ちょうど降りてきて俺の三つ編みを見て羨ましそうにすえうマイキー。このばかみたいな日常がこれからも変わらなければ良いのにと思った。

 俺がちゃんと大人になってお前らを養えるようになったら今度はちゃんと伝えようと思っていた矢先だ、抗争が激化していよいよって時に着信があって非情な言葉を突きつけられた。
 白い部屋で布で視界を遮られているエマを見下ろすことなんて想像もしていなかった。今日も、ついさっきまで俺たちとばかみたいに笑っていたエマしか思い出せない。視界が滲んでエマを見ることさえ困難になってきた。視界が揺らぐ、現実を受け止めきれない自分がいる。
 止めることの出来ない涙を抑えるために、視界を手で遮り目を閉じた。瞼を閉じればエマの姿を思い出せる。いつものばかしてるエマ、はにかむ顔、怒った顔、あの日俺に見せてくれた表情はなんでも思い出すことが出来た。
 ソッと目を開けて目の前の現実を見る。もう二度と声も表情も見ることも出来ない現実が重く肩に、全身にのしかかった。失ってから気づくものがあるなんて知りたくもなかったんだ。

「もうお前を幸せにしてやれねぇのか」

 こんなことならもっと早く伝えてれば良かった、”好きだ”って、”結婚してくれ”って。絶対幸せにするからこれからも俺の隣で笑ってろってちゃんと言えば良かった。エマの名前を何度も何度も呼ぶが冷たくなった彼女からその返事はない。あぁそうか、もう返事をしてくれねぇんだな。心が空っぽになり、俺の世界から光が一つ消えたような感覚だった。

「お前がいない世界はこんなにも虚しいんだな」

 エマ、お前がいない人生をこれから歩んでいく自信ねぇんだわ。嗚咽を含んだこの言葉だけが虚しく響く。



 
back両手で掴んで
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