イノセントな感情論

 気がつけば、一人暮らしの女が借りているアパート一室に一人の男が出たり入ったりするようになっていた。
 その、一人暮らしの女である夏海は二人分のコーヒーカップを戸棚から取り出し、インスタントのコーヒーを適当にカップへ入れ、湯を注ぐ。

「はい、どうぞ」
「いつもありがと、夏海ちゃん!」

 出たり入ったり、の男である品田は邪気のない笑顔を向ける。
 この品田のペースに、夏海はいまいちついていくことに苦しんでいた。
 錦栄町にあるキャバクラでキャバ嬢として働く夏海にとって、一人の客であるはずの品田がこうして自分の元へほぼ毎日、訪問してくることに疑問しかない。

「……前から思ってたけど」
「なに?」
「品田さんって、よく私のところ来ますよね。それってどうして?」
「どうしてって」

 品田はきょとんとしたのち、にっと笑ってみせ、なんの言葉も発さずに夏海を、まるでその大きな体に隠すように抱き寄せた。
 さすがに驚いた夏海はなにが起きたのか分からない。
 ゆえに、固まったまま上手いこと回らない頭で必死にこの状況について考える。
 ……が、いくら考えようともパニック状態の脳内では納得のいく考えは浮かんでこない。

「しなださ、」
「夏海ちゃん、あのさ、」

 ついに品田の口から発せられたたったの二文字の言葉。
 出会ってから今まで、ただ一人の客として見ていたはず。
 それにも関わらず、騒ぎだした夏海の心臓は、なかなか収まらずにいた。


2019/01/11
title:腹を空かせた夢喰いさま