今日から三日間、親が出張でいないの。と私が言ったところから始まった。
本当は父親だけが出張だったのが、出張先が観光地で結構有名なところだったらしくそれを聞いた母親が旅行という形でついていくことになった。父親は少し呆れた様子に見えたが、久々に二人だけで過ごせると思ったのか嬉しさが隠せていなかった。いつまで経っても仲いいなあ、と私はにこにこと今朝二人を見送った。
そんなこんなで、私の彼氏は今私の家にいる。

「家、来るのはじめてだな」
「ちゃんと掃除したよ」
「いつも綺麗そうだけどね」

今日はいつもより綺麗なの、と少し頬をふくらませると目の前の彼、花京院典明はくつくつと笑った。クールそうに笑ってはいるが今日の彼はいつもより落ち着きがないことに私は気付いていた。教室や屋上で会う時は結構きりりとしているのだけれど。
私は彼にお茶を出すためにリビングに向かう。屋上で話した時の花京院くん面白かったなあ、そう思いながら。
承太郎に花京院くんと私といういつものメンバーで放課後の屋上を占領していたのだが、本当に他愛ない会話ばかりで最終的に今日の夕飯は何だろうなあという話になった。僕は今日は和食がいいな、そんなことを花京院くんが言っていたのを覚えている。私今日自分で作らなきゃなんだ、と苦笑すると珍しいね、どうしたんだい?と聞かれた。それで、冒頭の言葉を本当になんの下心もなく発することになったのである。それを聞いた花京院くんはかなり驚いた様子で、えっ!と言うと顔を真っ赤にさせてしまい、やけに帽子を深くかぶった承太郎に肘でつつかれていた。その時は私の頭の上にハテナが浮かんでいたけど、帰り際の「君の家に行っていいかい」という言葉でやっとその疑問が打ち砕かれた。

「はい、普通の市販のやつだけど」
「僕だって市販のやつをいつも飲むさ」
「花京院くん、なんかお坊ちゃんっぽいんだもん」
「それは承太郎だろう」

確かに、とけらけら笑う。
私はお茶に口をつける。秋真っ盛りという季節、寒いのでお茶はほどよく温めた。カップを持つ指先がじんわりと暖かい。
指先のぬくもりを感じながらぼんやりとしていると、痛いくらいの視線が向かい側から突き刺さっているのに気付いた。

「花京院くん、そんなに見つめてどうしたの」
「えっ!?な、なんでも」
「アハハ、動揺しすぎ」

これは所謂惚気なのだけれど、花京院くんはかなり私にお熱らしい。お熱というか、なんというか。気がついたら私をじっと見つめていることが多くて。付き合い始める前も何度か承太郎に「そんなに見てたらこいつに穴が開く」とからかわれていたっけ。その時は私もなんだかからかいたくなって承太郎の真似っこをして「穴があいちゃうよ」と言ったら、予想通り花京院くんは大慌てした。そんなに見てない、見てないってば!と顔の前で手を振る彼はひどく可愛らしく見えた。

「なんか、ついてた?」
「いいや、」
「それとも、見惚れてた?」
「なッ!!」
「もう、面白いったら、」

見惚れてた、という言葉を発した瞬間花京院くんはびくりと肩を揺らした。
花京院くんをからかうのは結構面白い。きっとこんな顔を見れるのは一部の親しい人間だけなのだろう、そう思って少し優越感に浸る。彼の慌てっぷりからおかしいくらい動揺してるのが分かる。可愛いなあ。

「き、今日君は一人じゃないか」
「うん」
「誰も、いないし、・・・その」
「・・・うん」
「それ、を考えたら、なんだか、ぼーっとしてしまって」
「あ、もしかして、いちゃいちゃしたいの?」
「ばっっっっ!!!」

ついに花京院くんは座っていた椅子から立ち上がってしまった。もう顔なんて彼の大好きなさくらんぼより真っ赤だったと思う。もう、そんなに急に動いたらお茶がこぼれちゃうよ・・・そう嗜めると花京院くんはおずおずと椅子に座りなおして手で顔を覆った。

「僕はともかく、きみは」
「はい」
「そ・・・そういうこと、したいって思うのか」
「目の前の人がすっごい意識させてくるんだもん」
「ぐ・・・・」
「だって顔にすごい出てる」

とどめの一撃どころか二撃ぐらいしたところで少し目が潤んでいる花京院くんがこちらを見た。花京院くんはクールに見えて意外とウブだし可愛いのでついからかってしまうなあ。じわりと彼に対する愛しさがこみ上げてくる。も、もう僕、帰るぞ・・・と帰る気が全くないはずなのに口だけの反抗をしてきたので、私はいたずらっぽく笑って「だめ〜」と彼の手に自分の手を重ねる。

「花京院くんも、やっぱそういうことしたいんだよね」
「・・・・・・」

自分が思った中で一番の優しい声で彼にそう言うと、なにか言いたそうな顔でこちらをジ、と見てきた。私はそれすらも愛しく感じてしまって、思わず笑みがこぼれてしまう。

「私も花京院くんといちゃいちゃしたいかなあ、」
「えっ、」
「やだ、顔真っ赤!」
「や、やめろ〜・・・」

抵抗する気が一切ない様子で彼はテーブルに突っ伏してしまった。私はそれを見てさっきの彼のようにくつくつと笑う。彼はもうこっちを見る気はないらしく、飲みかけのお茶をそのままに顔を上げることをしてくれない。
自室に置いてある時計は夜の6時を指していて、まだ夜は始まったばかりだなあ、と彼の髪をさらりと私は撫でた。

さくらんぼの君