ミドルスクール振りの幼なじみは、嬉しそうに目を細めると嬉々として語った。
「あたし、彼氏ができたの!」
 あまりにも突然な話に、思わず面食らってしまった。胸を張る彼女に、ずれた眼鏡を戻しつつ、笑顔を整えた。
 馴染みのカフェで、久しぶりあったと思ったら一体何を言い出すんだ。店主にも彼女の声が聞こえたんだろう。子どもの成長を見守るような優しげな視線が、痛い。
「それは──よかったな」
 どう言葉を返したらいいか迷った挙句、出てきたのは平凡な台詞だった。
「ええ? それだけ?」
 幼なじみはつまらなさそうに頬を膨らますと、アップルティーに添えてあったシナモンスティックで紅茶をくるくるとかき混ぜた。
「彼ってばすごく気が合うの! この前の学校の合宿があって初めて話したんだけど、映画の趣味もぴったりだったんだ〜!」
 赤みのさした頬をした名前は、まさに恋する少女というのがぴったりだった。見ない間に、知らない表情が増えたのが離れていた時間を思いしらせてきて、少し寂しくなる。いつか妹も名前と同じような顔をするんだろうか。
 奥歯に物が詰まったような、そんなもどかしさをのみ込む。
「趣味か。それは大事だな」
 映画、と聞いてふと思い出した。名前が好きだと言っていた映画の主演の名前に馴染みがあったからだ。
「そういえば、確かお前はヴィル・シェーンハイトのファンだったよな?」
 ヴィルの名前を出すと、また顔色が変わった。キラキラとした瞳で、俺を覗き込むように机から身を乗り出して興奮気味に話だした。
「うん! 彼もネージュとヴィルが共演した映画がすごく好きだったみたいで、その話で盛り上がっちゃった! ほんと彼ってばハマり役だったわ」早口で捲し立てると、ハッと我に帰り店内の視線を集めていたことに気がついた。
 しゅるしゅると小さく縮んだみたいに肩をすぼめて、紅茶に口をつけた。落ち着いたのか、今度は小さな声でぼそっと呟く。
「ヴィルと同じ学校のトレイが羨ましい。あの美しさを毎日拝めるんでしょ?」
「拝むって……大袈裟だな」
「それぐらい価値があるってこと!」
 ムッとした名前が睨んでいる。ころころ変わる表情は小さな頃から変わらない。素直な、隠し事の出来ない、彼女のいいところだ。
「あーあ、あたしも男だったらトレイと同じ学校に行けたのに」
 頬杖をついて、視線を落としてシナモンスティックで紅茶の中に渦を作っている。そのいじけ方が妹にそっくりで、笑いそうになるのを堪えて咳払いをして誤魔化した。
「そうだな。機会があったらヴィルにお前のことを話してみるよ」
 そういうとお菓子をもらえると知った子どものような無邪気な、期待に満ちた顔で俺を見た。
「それって、どんな風に?」
 ワクワクが隠しきれない、そんな顔につい笑ってしまった。普段だったら「ちょっと!」と鋭い声が飛んでくるのだが、今は気にしていない様子だった。
「どんなって……それは、幼なじみが大ファンだって伝えるさ」
 ぼけてしまったりんごを齧ったような期待外れの顔をした名前から叱咤される。
「全然ダメ! とっても可愛くて素敵なってのが抜けてる! ちゃんと伝えてよね!」
「わかったから、落ち着けって」
 店内にいるのは、ご近所さんや店の常連さんのような顔見知りばかりで、俺たちのやりとりは筒抜けのようで時折クスクスと笑い声が聞こえているのだが、名前は聞こえているのだろうか? 
「もう……絶対だからね?」
 呆れたように、眉を下げた。見慣れた顔に、何度こんなやりとりをしたんだろう。名前もそう思ったんだろうか。互いに自然と笑みが溢れて、緩やかに時間が過ぎていった。


「彼と? ──ああ、とっくに別れたわよ」
 夏の長期休暇、久しぶりに会った幼なじみはあっけらかんと言い放った。
「……まだあれからそんなに時間も経ってないだろ?」
 状況が飲み込めなくて、質問を重ねてしまった。半年くらいの短い間に一体何があったんだ?
 名前は形の良い、短く切り揃えられた自身の爪を見つめながら、少しバツが悪そうに答えた。
「だって、彼ってばなんだかよく見たら思ったよりパッとしなくて。趣味は合うけどもう少し顔立ちは華やかな方がいいかも」
 すっかり忘れてしまっていたが、名前は飽きっぽいのだった。ミドルスクールの頃は彼氏を作ったりしていなかったから、考えもしなかったが──こうなる可能性は確かにあったかもしれない。
「全く……顔だけが全てじゃないだろ」
 めまいがしそうで、頭を抑えた。そんな俺を見て、名前が取り繕うように明るい声を出した。
「あ、でもでも! 新しく彼氏ができたから!」
「は!?」
 前回の反省を含め、今回は昔からよくきていた広場のベンチで話していてよかったと思う。思ったより大きな声の出てしまった自分の口を慌てて抑えた。
「今回は正統派イケメンって感じで、スゴイ爽やかな王子様系な人なんだよね! なんか、めっちゃ愛されてるって感じ!」
 広場の噴水が、太陽光で反射して輝いている。ベンチに影を作る木が風でゆらめいて、葉を鳴らすのが祝福の拍手のようだ。
「よかったじゃないか。今回は長く続くといいな」
「……ねえ、もっと他になにかないの? もう少しくらい幼なじみの彼氏を聞いてくれたっていいじゃない」
 どうやら俺からの祝福は足りないらしい。
「そうは言われても、俺は男子校だしな。そういった話には疎いぞ」
 ジトっとした、探るような視線だった。ない袖はふれないので、曖昧に笑って誤魔化す。
「ふーん。ナイトレイブンカレッジってば名門校じゃない? なにか出会いとかないの? 部活で他校と交流したりとかさ」
「俺はサイエンス部だぞ。そりゃあ運動部ならもっと他校との交流もあったかもしれないが……」
「え? サイエンス部? 何それ初耳なんだけど!」
 そういえば話したことがなかったか。なんでも話した気でいるものだから、今更改めて言うような物じゃないと思っていた。
「ルークって奴がいるんだが変わり者でな。運動部に入っててもおかしくなさそうなんだが──」
 以前起きた、サイエンス部での事件を語った。
 一年生にしては少し難しめの実験で、誤ったタイミングで材料を入れてしまった部員を素早くルークが動き、溢れ出した薬品をその部員がかかることなく救出したのだ。
「やっぱりいざって時に動けるのは大事だよな」
 咄嗟のことで、動けなかった自分を思い出し反省した。こくこくと相槌をしながら名前が真剣な眼差しで顎に手を当てた。
「確かに、頼り甲斐のある人って素敵よね。たくましい人のが何かあった時安心ね」
 たくましい……。確かに、ルークに片腕で抱えられた部員は狩られた獲物のようだった。日頃、鍛えているのだろうか。イチゴを潰すような手つきでくるみを割っていたルークの姿が頭に浮かんだ。
「そういえば、この辺りに新しくできたジェラート屋があるんだが行ってみないか?」
 くるみのジェラートが評判のその店を思い出し、提案した。きょとんとした名前の目が言葉をのみ込むと弾けるように笑った。
「賛成!」


「そういえば新しく出来た彼氏なんだけどね」
 二年目のウィンターホリデー。雪がちらつくのを窓越しに見つめながら、いつものカフェでホットジンジャーティーを口に含んだ。名前の発言にも、いよいよ驚かなくなってきた。呆れながらも、彼女の話に頷いた。
「マジフト部のエースなんだよ〜! あっこれ見て見て! マジカメとかフォロワーめっちゃ多いんだよ! 元カレはさあ、顔は良いんだけど優柔不断っていうか。ほんと大違い!」
 そう言って俺にスマホを差し出すと、名前は紅茶に息を吹きかけると口をつけた。
「君の好きなものにしようって言って、全部あたしに選ばせるんだよ。でもさ、もうちょっと自分で考えてくれたっていいと思わない?」
 そう言われても……。相槌を打とうとした俺の言葉を遮るように名前は話を続けた。
「その点今の彼はチームでも頭のキレる人で指示も抜群! デートもあたしの好きそうなところをピンポイントで選んでくれてスマートなの!」
 画面に映る、名前とデートしたであろう写真や、マジフトの練習写真などを流れるようにスワイプして見せられる。流れる速さに目が追いつけず、かける言葉に戸惑う。
「マジカメか。なんだかケイトが好きそうだな」
 咄嗟に、マジカメと聞いて連想された人物の名前をあげた。
「……ケイト? 誰それ?」
「前にも話したろ? 同室のやつなんだが──ああ、あった。こいつだよ」
 マジカメを開いて、ケイトのアカウントを見せてみる。名前は俺の手からスマホを取ると、じっくりとケイトのマジカメを夢中で見ている。
「トレイの寮のお茶会って楽しそうだね。あ、もしかしてこれトレイのケーキでしょ」
 一目見て名前にはわかるらしい。「そうだよ」と白状すると「やっぱり!」と得意げに笑った。そしてすぐにスマホの画面に視線を戻す。
「へー! 軽音部? あっ、これトレイとツーショじゃん」
 #同室記念!#これからヨロシク!と書かれた写真を指差した。入学してすぐの頃の写真だ。
「ノリは軽いが、いいやつだよ。軽音部は、退部したやつが多いらしくて廃部の危機らしいが……」
 ケイトが音楽性の違いで廃部の危機だよ〜!ぼやいていた。二人っきりの部活になってしまったらしいが、それはそれで楽しそうに話していたっけな。
「何それ、おもしろ。ナイトレイブンカレッジの生徒って仲悪いの?」
「ま……まあ、良い──とは言い切れないかな」
 歯切れの悪い俺の返答に、訝しげな顔でチラリとこちらを見ると、皮肉たっぷりの声色で返事を返された。
「ふ〜ん?」
 一通り、ケイトのマジカメに目を通した名前は満足したのか俺にスマホを渡してきた。
 その時、タイミングを見計らったかのように着信が入り慌てて電話に出る。
「ああ──わかった、すぐに帰るよ」通話終了のボタンを押し、彼女に向き合った。
「……悪い、大口の予約が明日入ったらしく、すぐに帰らなきゃならない」
 親からの電話だった。得意先からの急な連絡らしく、人手が足りないとのことだった。
 この時期は焼き菓子の発注も多く、久しぶりにゆっくりできると思ったのだが、そうはうまくいかないようだ。
「えーっ? 全然話し足りないのに……まあ、しょうがないか。また、次のホリデーにね」
 名残惜しそうに手を振る名前に別れを告げると、足早に家へと向かった。


「あ、ねえこれ今の彼氏なんだけどさ」
 すっかり季節は巡って、またホリデーがやってきた。前回、中途半端に話を終わらせてしまったが、名前はもう忘れてしまったみたいだ。
「はは、今度はどんな奴なんだ?」
「ねえ、もしかして楽しんでる? こっちは運命探して必死なんだけど!」
「悪い悪い」
「もう──ま、いいけど。ね、ね、この人! ストリートライブしててその歌声にビビッときたの!」
 マジカメから流れる声は、恋に焦がれる切なさを歌ったものだった。
 歳は、俺たちよりも少し年上かもしれない。今まで見た歴代の彼氏たちは名前と同じ制服を着ていたので、少し驚いた。
「まるで人魚の歌声のようだな」
 あくまで例えとして言ったつもりだった。人魚は音楽にうるさいものも多く、褒め言葉としての比喩だったのだが、名前はそう捉えなかったらしい。
「え──聞いたことあるの?」
 また、いつもの期待に満ちたキラキラした目で訴えてくる。子どもが親に向けるような、純粋な眼差しに、「違う」と口に出すのを憚られる。でも、嘘ではない。聞いたことはある。
「……ああ、今年の新入生に人魚の生徒がいてな」
 偶然通りがかった教室で歌っていたのをたまたま聞いたことがあった。純粋に上手いと思ったが、音楽に関してはプロ・アマ問わず上手いとしか表現できない自分に、優劣をつけることはできない。
「ずるーい! あたしも聞いてみたい! でも……そっか、人魚の歌声と比べたら全然違うのかもね」
 マジカメから流れていたラブソングは、名前の指で止められてしまった。
「そんなこと言ったわけじゃ……」
 慌てて弁明しようとするが、その言葉はもう彼女には届いていなかった。興味をなくしたように、マジカメで人魚に関する投稿をスワイプして見ている。
「そういえば──」話の流れを変えるように、繕うように口を開いた。
 名前の視線が、パッと俺に戻る。ホッとして、言葉を続けた。
「リドルのこと、覚えているか?」
「あー……うん、そりゃあ、まあ、あんなことあったし、ローズハートさんちは有名だしね」
 苦虫を潰したような、そんな顔だった。お互いに、あまりいい思い出ではない。
 リドルと名前は相性は悪かったが、仲は悪くなかった。木の枝を持って先頭を歩く名前にリドルが文句を言いながら追いかけていた姿は鮮明に覚えている。
 ──「弟ができたみたい」
 どちらかといえば、面倒をみられていたのは名前の方だったが、自由なチェーニャと違って、自分の言ったことを素直に受け入れていたリドルのことを可愛がっていた。リドルは、「あんな乱暴な女の子は初めてだ」と名前に撫でられてボサボサになった頭でむくれていたが、満更でもなさそうだった。お互いのことを文句は言いつつも、それでもリドルの自習時間になると先陣を切って迎えに行くのは、いつも名前だった。──あの、タルトの件があるまでは。
 無鉄砲で、泥まみれで遊んでいたわんぱくな女の子はいつの間にか消えてしまって──毎日のように遊んでいたのが嘘みたいに、普通の、どこにでもいるような女の子になってしまった。家に帰ると我が物顔で弟妹とおやつを一緒に齧っていた名前は、もう、いない。エレメンタリースクールで、女の子のグループの中で流行りのアイドルの話をしている。少し前まで名前すら知らなかったはずなのに、だ。
 名前とこうして話すようになったのは、俺にナイトレイブンカレッジからの入学案内が届いたのを知ってからだ。
「入学して、たった一週間であっという間に寮長になってしまったんだ。昔から優秀だったが、まさか驚いたよ」
「へえ、そうなんだ。……リドル、元気なの?」
 名前の目が揺らいでいる。もう先ほどの会話はさっぱり忘れたように、俺の口が開かれるのを心配そうに見つめている。
「──ああ、元気だよ」
「そっか、よかった! にしても、一週間で寮長ってどういうこと? リドルやばすぎじゃん」
 ホッとしたようにそう言っていつもの笑顔が戻っていた。
「会いたいな……」
 聞こえるか、聞こえないかくらいの小さな声だった。
 きっと、名前の中ではまだ小さなリドルの姿のままなんだろう。俺は曖昧に「そうだな」と告げることしかできなかった。


「あっ、いたいた〜! おーいっ、トレイくーん!」
 ぱたぱたと手を振りながら、片手にスマホを構えたケイトが駆け寄ってきた。
「どうした? そんなに慌てて」
 入学式が終わり、そろそろ部屋に戻ろうとしていたところを呼び止められた。……リドルに見つかると、何を言われるか分からない。そう思っているのはケイトも同じようで構えていたスマホの画面をパッと見せられる。
「これこれ! この子ってばトレイくんの知り合い……だよね?」
 画面に映っていたのは幼なじみの彼女で、フォローされてますと表示されている。俺の表情を見て、確信したのか「やっぱり!」とケイトが声をあげた。
「チェーニャくんのこともフォローしてるし、名前も聞いたことあったような気がしたからさ〜! モヤって寝る前に聞いておきたかったんだよね! おやすみ〜」
「あ……ああ、おやすみ、ケイト」
 別に、深い意味はないんだろう。
 そう言い聞かせても、心の中ではもやもやと水の入った卵白みたいに、うまく泡立たないような、そんな不快感が渦巻いている。
 ──もし、名前がケイトと付き合ったら? お互い、流行りには敏感だし、趣味も合うだろう。ケイトは運動も、歌だってこなしてみせるだろう。だから、いいんじゃないか?
 でもまた半年も立たずに別れたら?
 そうしたら──きっと、名前とも、ケイトとも気まずくなるのかもしれない。俺を挟んで、お互いが相手のことを連想してしまうんじゃないか? そんな、かもしれない想像が頭の中でぐるぐると巡って……気がついたら、朝になっていた。

 散々な一日だったと、深いため息をついた。
 入学早々新入生が学園内で二つも問題を起こし……さらには、ハートの女王の法律違反。寝不足の自分にはとても響いた。
 リドルを宥めるのも、新入生のフォローも、とても一人じゃまかないきれない。それを察したケイトがフォローにきてくれたが、昨日のことを思い出し、少しぎこちない態度をとってしまった。頼むから、付き合うならうまいことやってほしい──
「トレーイくん? 大丈夫? 今日なんか様子おかしくなーい?」
 洗面所の鏡に、俺の後ろから顔を覗かせたケイトが映る。自分の、少し隈のあるくたびれた顔を、心配そうに見ている。
「新入生たちのこと? リドルくんのこと? 大丈夫だって〜なんとかなるよ!」
 明るく、励ますようにポンと俺の方に両手を置いた。もう消灯前で、人気の少ないこの場所でガタイのいい男が二人、ピッタリとくっついているのは少し不自然だ。「なあ──」口を開いた俺を遮るように、耳元でケイトが囁く。
「それとも、もしかして……名前ちゃんのこと?」
 お互いの息がかかるくらいの距離で、ケイトと目があった。俺は、思わず吹き出してしまった。
 いきなり声をあげて笑った俺に、ケイト以外の寮生もなんだと視線を送ってくる。
「はは、悪い。そうだな、全部正解だ」
「も〜、いきなり笑い出すからびっくりしたじゃん! ……でさ、名前ちゃんとはどーゆーカンケイ?」
 こしょこしょと耳打ちしてくるケイトに「くすぐったいぞ」と肩を押す。
「どうもなにも、普通だよ。ホリデーに会うくらいさ」
「えー!? 今時なんでもない男女がホリデーにあったりしないでしょ!」
 明らかにゴシップを楽しんでいるようなケイトの表情に、どう返答すべきか考えた。
 すっかり猫をかぶって生活している彼女には、自分のように本音で話せる相手がちょうどいいだけだと思うのだが……今のケイトには何を言っても恋愛に結び付けられそうだ。そもそも、恋愛相談に乗っているわけだし、今更名前とどうかなろうなど考えたこともなかった。
「親同士が仲がいいからな。ただ、付き合いが長いだけだよ」
「えー? けーくんつまんなーい! 幼なじみの恋愛って鉄板じゃーん! せっかく面白い話聞けると思ったのに〜」
「それを言うならリドルもチェーニャも同じだろう? ただ、俺は都合がいいだけさ」
「トレイくんはそう思ってるだけかもしれないけどお……」
 それでもなお、食い下がるケイトにため息まじりに返す。
「そう思うなら、お前が直接連絡すればいいだろう?」
 ぱちりと目を丸くした後ニヤッとした顔で俺の肩に手を回した。
「ほんとにいいの〜? これでもしオレと名前ちゃんが付き合っちゃったら寂しくなるでしょ〜!?」
「別に、構わないさ。……続けば、の話だが」
 そう言われるとは思ってなかったのか、面食らった様子のケイトが口を開けて俺をいていた。
「困ったことに、会うたびに彼氏が変わるものだから……そうなったら、俺も気まずいだろう?」
「へ〜?」
 何か探るような、そんな目つきで俺を見るケイトの手を軽く払うと、羽織っていたカーディガンを整えた。
「そろそろ消灯だぞ。……歯磨きは済んだのか?」
「そりゃもちろん!」その後ボソリと「これ以上トレイくんに言われたくないし」と言ったのが聞こえた。
「それじゃあ、おやすみケイト」
 歯磨きセットを持って、洗面所を後にする。もう今夜は、これ以上面倒ごとが怒らないといいが──
「会うたびに彼氏が変わる、ね」
 マジカメを開くと、トレイの幼なじみのアカウントページを開いた。パッと見た感じ、男を匂わせる写真も、文章もどこにもない。どこにでもいそうな、普通の女の子の写真だ。最近行ったカフェ、流行りの映画に推してる俳優の話──
 DMを開こうと、画面をタッチしようとした時にリドルの叫び声が聞こえて指が止まった。どうやら今日はまだまだ終わりそうにない……。スマホをポケットに突っ込むと、声のした方へ駆け足で向かった。


「──意外と賑やかなんだね」
 見慣れた校舎に、見慣れない彼女の姿。サイドストリートの、フィスティバル会場のから少し離れたベンチに腰掛けていた。
「……なんでリドルのこと、教えてくれなかったの」
 責めるようなその声に、返事が返せなかった。
「ケイトくんが教えてくれなかったら、何も知らないままだったんだよ。……それに、怪我したことも言わないし」
 ギプスのついた俺の足に視線をやると、そのまま俯いていた。
「──悪い」うまい言葉が出てこなくて、とりあえず謝ることしかできなかった。その瞬間、名前は俺をぎっと睨むと、どこからか出したペンを掴んで俺のギプスに何か書き始めた。
「お、おい! お前、何を……」
「ふっ、ふふ、いい気味!」
 そこに描かれた奇妙な動物のような生き物に困惑していると、そんな俺の姿を見てケラケラ笑っている。
「治るまで、せいぜいそのままでいるといいわ!」
 いつもの、無邪気な顔に戻った名前はそういうとベンチから立ち上がった。
「そろそろ時間じゃない? あ、ホラ、お迎え来たみたい」
 手を振るケイトと、その横にリドルの姿が見える。……心なしか、少しボロボロに見えるのは遠目だからだろうか?
「じゃあ、またね」
 少し寂しそうな顔をした名前の頭をくしゃりと撫でると、鼻をピンと指で弾かれた。
「ちょっと──子ども扱いしないでよっ」
 ケイトとリドルの元へ合流すると、リドルがじっと名前を見ているのに気がついた。
「まだ少し時間がある、せっかくだから少し話してきてもいいんじゃないか?」
「そう……だね。名前には色々いいたいこともあるからね」
 俺と違って二人はあれから話すこともなかっただろうし、試合が始まるまでの短い間だが、これを気に昔のように話せたら……。
 リドルのオーバーブロットを止められなかったのも、あるいは名前が近くにいたら少しは違ったかもしれない。そんな贖罪のような気持ちで、リドルと名前二人残して、会場へと向かった。
「あっちゃ〜……、ちょっとまずいかも、トレイくん」
 ケイトの様子がどこかおかしいと思っていたが、会場まで残り半分くらいと言ったところでまごまごと口を開いた。胸の辺りで両手を合わせて謝罪のポーズをとるケイトが横目で俺に視線をよこす。
「ん? 何がだ?」
「名前ちゃんの、彼氏の話……ここにくる前にリドルくんにしちゃったんだよねえ。なんだか、怒ってるみたいだったし……」
 どういうわけか、ウインクをしてきたケイトに眩暈がして、眼鏡を抑えた。
「ケイト……お前……」
 俺の深いため息を聞いて慌ててケイトが言葉を紡ぐ。
「ま、まあ流石に寮生じゃないし、あんな騒ぎがあった後だからリドルくんもさすがに何もしないと思うけど!」
「あんな騒ぎ=H」
「ああ、えっとそれはね──」


 久しぶりに会った幼なじみは、あたしを冷めたように見ると呆れたように言い放った。
「キミね──随分と色々な交友があるみたいだけれど、もっと慎みを持った方がいいよ」
 含みのあるその言い草に、あたしは笑って返す。
「そう? あたしってすごく一途だと思うけど」

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