貴方の役に立ちたいんです




「お待たせ致しました。スペシャルドリンクお1つと限定のフード付きドリンクセットでございます」
「ありがとう!めっちゃうまそー!
…って、あれ?君ラウンジで見たことないね。最近入った子?」
「俺好みかも、かわいーじゃん。名前は?寮どこ?何年?」

お客様の予想外の反応にどう返事をしていいか分からなくて、あわあわする。アズールくんがくれた接客マニュアルにはこういう時の対応は載ってなかった。
どうしようかぐるぐる考えていると、お客様の手が私に伸びてきた。

「あ、もしかして照れてる?かわいー。ねえ、脚出しちゃって、そんなんだと俺らみたいな奴に目つけられちゃうよ?」

俯いていたらテーブルに座っていた1人に顔を覗きこまれて、スカートに手が滑り込み太ももを触られる。
気持ち悪くて、でもどうすることもできなくて、だんだんと涙が溜まっていく。
やだ、助けてアズールくん…。

「お客様、申し訳ございませんが当店ではそういったサービスはしておりません。ですので、彼女から手を離していただけますか?」
「そんなにいい接客されたいなら俺がしてあげるからさぁ〜。ヒトデちゃんから手、離そっか?」

そう言って私を助けてくれたのはアズールくんではなくて、ジェイドくんとフロイドくんだった。
2人は私を後ろに隠してお客様に1.2言なにか言うと私をVIPルームへ連れて行った。
そしてVIPルームのふかふかのソファに私を座らせると、2人はテーブル1つ挟んだ向こう側に立って私を見下ろした。

「あの、…その、さっきはありがとう。それと、ごめんなさい」
「いえ、大したことはありません。それに謝罪は僕達ではなく、アズールに言うべきなのでは」
「やっ、アズールくんにはこの事言わないでっ!もともと無理言ってラウンジのお手伝いしてるのに…」

ぎゅっとスカートの上で握りこぶしを作る。アズールくんの役に立ちたくて、力になりたくて。いつも忙しそうなラウンジのアルバイトを無理言ってお願いしたのが数日前。
リーチ兄弟に監視させる事、本当に何かあったら即アルバイトは中止にする事、この条件でOKしてもらった。
数日は何ごともなく出来ていたんだけど、さっきのあれのせいでアルバイト中止はほぼ確実だ。

「そう言われましてもアズールからは何かあったら即報告と言われてますし…」
「俺らもさぁ、1人いなくなるのは困るんだけどー、ヒトデちゃんに何かあった時アズール面倒くさいんだもん。ごめんね」
「アズールくんは過保護すぎるんだよ、それに私さっきのくらい何とか対処できるし」

対処できるなんて嘘だ、ほんとは怖くて仕方なかった。触られたところが今でもゾワゾワするし気持ち悪い。
ジェイドくんとフロイドくんがいなかったら今ごろテーブルの前で大泣きしていたかもしれない。

「過保護すぎるのは認めますが、フロイドの言うとおり貴方のことになるとアズールはいつも以上に厄介でして」
「んじゃ、そういうこと。ごめんねぇ、ひとでちゃん。アズール来るまでここで大人しく待っててね〜」

ひらひらと手を振るフロイドくんとお辞儀を軽くしたジェイドくんはVIPルームから出ていってしまった。
もうすぐ来るであろうアズールくんの顔を見たくない。私は本当に馬鹿だ。要領が良くないから、いつも皆を困らせてしまう。
瞳に溜まっていた涙がボロボロと溢れていき、その涙は私の手の甲とスカートを濡らしていく。

「ナマエっ!大丈夫ですか!?」

バンッとドアが開き血相を変えたアズールくんが入ってきた。額には少し汗が見えて急いで来てくれたことがわかる。
そして私の方を見ると大きく目を見開いた。ドスドスと大股で近づいてきたアズールくんは私が何か言う前に、私を胸に押し付けて抱き締めた。

「アズールくんっ」
「なんで泣いてるんですか。心臓に悪いのでやめてください」

アズールくんは私をぎゅうっと抱きしめた後、ゆっくり離して私にハンカチをくれた。

「ごめんなさい」
「…それは何に対しての謝罪ですか」
「無理言ってアルバイトお願いしたのに、でも私は大丈夫だからっ」
「泣くほど嫌だったんじゃないんですか」
「ちがっ、これは、その」

ずずいっと近づいたアズールくんに見つめられて言い訳も何も出てこなくなった。アズールくんは大きくため息をつくと眼鏡のブリッジを押し上げた。

「大方のことは2人から聞いています。まずは申し訳ありません。この私がいながら貴方に怖い思いをさせてしまった」
「そんなことっ」
「そして次に、貴方のラウンジでのアルバイトは中止にします。これは決定事項です」

真剣な目で私から目を逸らさずにアズールくんはそういった。やっぱり、と肩を落とす。
なぜかアズールくんに私は必要ない、とそう告げられている気がして胸が痛い。ズキズキする。少し乾いてきた涙が再び溢れてきて、洪水のように流れ落ちた。

「っ!?どうしたんです?泣かないでください。ほら、僕はここにいますよ」
「ゃだ、アルバイト中止に、しないでっ」

私の涙をみて少し動揺した後、目をキョロキョロさせつつ手を広げて胸を貸してくれるポーズをとる。
私はアズールくんの胸には飛びこまずその場でふるふると頭を横にふって、お願いをする。

「泣かないでください。ナマエが泣いている所を見ると調子が狂う」
「アズールくんのせい、だもんっ」
「…ナマエはどうして、そこまでしてラウンジで働きたいんです?」

広げていた手を私の頭にのせ優しく撫でるアズールくん。眉は下がっていて、いつもの余裕そうな表情はどこかへ飛んでいったみたいだ。
私の事を心底心配そうに見つめてきた彼に事の経緯を話すことにした。

「…役に、役に立ちたかったの。アズールくんの力になりたかった」
「僕の役に?…そんなこと、ナマエが気にする必要はありません。何も気にせず僕の側にいればいいんですよ」
「それが!それが、嫌なの」

アズールくんは私にたくさんしてくれるのに、アズール自身はその対価を私に求めてない。私は何もしないでただ隣にいるだけなのがすごく嫌だった。

「どうしたんです、本当に。最近の貴方は少し変だ」
「…アズールくんがオーバーブロットした時、私何もできなかった。皆みたいに止めることができなかった。変な取引してるのだってずっと気づいてたのに何もしなかった」

そう、私はアズールくんが1番辛かったときに何もできなかったんだ。私はあのときアズールくんを止めるどころか自分の能力全て捧げるつもりで近づこうとした。ジェイドくんたちに、止められたけど。

「そんな事を気にしてたのか。あの状況下でナマエが僕を止める行為は危険すぎる。それに僕が目覚めた時抱きしめてくれたじゃないですか。僕にはそれで十分でしたよ」

ぎゅっと握りしめている私の手にアズールくんの手が重なった。優しくそっと手の甲を撫で握られた後、指をほどき手を絡められる。そして絡めた手を優しく握ってくれた。
私より大きくて長くて、しっかりと男の人の手をしている。

「それでラウンジのアルバイトを?」
「うん。あれからラウンジかなり忙しくなってるし、アズールくんの役に立てる、力になれるチャンスだと思って」
「はあ、そういうことでしたか。ナマエが急に働きたい、などと言うから」
「頑張って働いてたんだけどね、上手くいかなかった。ちょっとでもアズールくんの役に立ちたかったんだけど」

容量がそこまで良くない私にしては数日間ほぼミスなしで働けてた事が奇跡だった。アズールくんの役に立ってる、そう思い込んでウキウキしてた私は馬鹿だ。
ちょっと絡まれて触られただけなのに泣きそうになったんだから。

「どうしてそこまで僕の役に立つことに拘るんですか」
「アズールくんって何かする時は対価求めるでしょ?でも私には求めてこないから…。それで、いっそ私から役に立つことすればいいかなって」

また大きなため息をついたアズールくんは眼鏡のブリッジを押し上げた。繋いでない方の手を重ねられて両手で私の手を挟んだ。

「ああもう貴方って人は!貴方に対価を求めない理由は、僕がナマエとは取引したくないからです。ビジネスうんぬん関係なく貴方を側に置いて、大事にしたいんだ」

眼鏡の奥の瞳は少し揺れていて、アズールくんの頬が赤く染まっていく。そんな事言われたら私まで照れてしまう。
するとアズールくんの手が私の手から離れていき私の両頬を包む。

「あ、アズ、……んっ」

顔がどんどん近づいていき、私が名前を言い切る前に唇が重なった。
唇を離れるとアズールくんはそっと私を抱き寄せた。弱々しい声でもう一度耳元で"大事にしたい"そう言われた。きゅんと胸がなる。
彼の言葉でさっきまでの不安が消え去っていき、心の器にアズールくんへの好きという感情が溢れていく。

「アズールくん、好き、好きなの」
「僕も好きですよ、貴方の事になるとこんなにも余裕がなくなってしまうくらいに」

数秒いや数十秒無言でお互いにを見つめ合う。どちらからともなく、また唇が重なった。
さっきと違って長く深く舌を絡められる濃厚なキス。ふいにアズールくんのジャケットを掴んでしまう。吐息がお互いに漏れ、ぴちゃぴちゃと唾液の音がする。
じゅるっと舌を吸われてビクッと肩が揺れる。アズールくんの唇が離れるとぷはぁっと情けない声が出た。

「それで、貴方はあの品のない人達にどこを触られたんです?」
「手…」
「他には?」
「……太ももです」

私が触られたところを言うとアズールくんはそっとそこに手を這わし、ちゅっとキスを落とした。手はまだ良かったんだけど太ももにそれをしようとしたので慌てて止める。

「やっ、アズールくん太ももは別にいいからっ」
「僕の気がすまない。ナマエは何もしなくていい。そのままで。」

するりと太ももに手が置かれ撫でられる。手袋の布感がちょっとだけ感じてしまう。
その後、私の太ももにぐっと唇を近づけてキスを何個か落としていく。夜の行為を彷彿とさせるそれに下腹部が反応してしまう。

「はあ。ナマエが可愛いのがいいと言うからスカートを用意しましたけど、こんなことになるなら皆さんと同じギャルソンにしとけばよかったですね」
「アズールくん恥ずかしいからっ、」

スカートの裾を掴んでヒラヒラと揺らすアズールくん。そのせいで捲れ上がってパンツが見えそうになる。両手で押さえて何とか阻止しようとすると、手を捕まえられる。

「恥ずかしいんですか?可愛いお人だ」

太もも近くにあった顔がいつの間に私の顔の近くに移動しており耳元でそう囁かれる。顔に熱が集中してきて何も返事ができなくなる。
そんな状況をいいことに、太ももを撫でる手つきがどんどん厭らしくなってくる。声が出そうになるのをぐっと我慢していると、アズールくんが急に手を止めた。

「っ、…」
「っと、期待していたところすみません。ラウンジの締め作業が残ってました」

急に止まったことでもどかしさが残る。太ももを擦り合わせながら切なくアズールくんを見つめると、優しく前髪を整えてくれながらそう言った。

「すぐ終わります、いい子で待っていてください。続きは僕の部屋で」

耳元でそう囁くと、ちゅっと触れるだけのキスをしてVIPルームから出ていってしまった。私はアズールくんが出ていったドアを見つめるだけだった。