過剰スキンシップ
「棘くんっ。ね、やめよ?誰か来ちゃうかも…」
「おかか」
大丈夫、とそう言った棘くんは私の手を握り、指を絡めた。私は放課後の教室で何故か机の上に座らされて、向かい合わせで棘くんと見つめ合っている。
どうやら誰か来るかもしれない状況にあたふたしているのは私だけのようで、棘くんは普段と変わらない。棘くんはずっとこちらを見つめてくるし、絡められた手の反対の手でするりと髪を撫でられた。
付き合ってからスキンシップが多くて、最近では教室とか所を選ばなくなってきた。
いつかにパンダくんが「言葉で愛を伝えられないから分かってやってくれ」と言っていたのを思い出した。
「ツナマヨ」
「…っ〜!」
棘くんの顔がぐいっと耳元まで近づき、吐息混じりに囁かれた愛の言葉に私はもうショート寸前だった。全身に血がめぐり体温が上がっていく。恥ずかしくて下を向いた。
ジーッとチャックが下がる音が聞こえて、棘くんの手が頬に触れる。ゆっくりと上を向けられ目が合う。にこっと笑った棘くんの口元は顕になっていて、狗巻家の呪印が見えた。
棘くんの普段見えない口元が見える時、それはキスをするときだ。もうこれからされる事なんて分かりきってる。
「と、とげくっ…んぅ」
はむっと唇を捕らえられる。ちゅっと可愛らしいリップ音の後、唇が離れたと思ったら今度は舌でぺろっと唇を舐められた。これは口を開けてっていう棘くんの合図で、素直に口を開くとゆっくりと舌が侵入してきた。
「んっ、ふぅ、っはぁ…」
ぴちゃぴちゃと唾液が混ざる音とお互いの吐息が漏れる。絡められていた手は解放されていて、いつの間にか両手で顔を挟まれてキスから逃げられなくなっていた。食べられてしまうくらいのキスに、私は無意識に棘くんの制服の袖をぎゅっと握っていた。
数十秒、いやもっとキスをしていたかもしれない。最後に小さくリップ音を立てて棘くんの唇が離れていった。ここが教室でなければ名残惜しくて私から追いかけていただろうに。
「っは。…棘くんのばか。いくら放課後だからって真希ちゃんとかパンダくんとか憂太くんとか入ってくるかもしれないのに」
「明太子、すじこ」
「見せつけてやればいいって…。棘くんはいいかもしれないけど私は恥ずかしいんだよ?」
むすっとした顔で抗議をしても棘くんは頭を撫でるだけ。そして私の膨らんだ頬を人差し指でつんつんして空気を抜いてきた。
「おかか?」
「嫌じゃないけど…」
「しゃけしゃけ」
空気が抜けた頬を今度はぷにぷにと触る。なんだかこのやり取りが面白くて胸にトンと頭を預ける。目を瞑って心音を聞いていると棘くんが口を開いた。
「高菜ー!」
「もういいって、誰に言って…」
「いやあ、見せつけてくれるねえ。ね、憂太さん?」
ガラッと空いた教室の扉。そこには妙に嬉しそうなパンダくん、少し気まずそうに目を逸らしている憂太くんがいた。
そして右手を上げて「すじこっ」と言う棘くん。
私は何回か瞬きしたあと、今のを二人に見られていたと理解した。その瞬間ぶわっと熱が集まる。
もう、居たたまれなくて机から降りて棘くん胸にグーで思いっきりパンチをした。
「棘くんのばかっ!しばらくちゅー禁止!」
「お、おかか!?」
「しらない!今日はもう部屋に帰るっ」
あわあわとした表情になった棘くんを置いて私は教室を駆け足で出た。私の馬鹿。あれだけ誰か来るかもしれないって言ったのにキスに気持ちよくなって流されてしまった。
棘くんも棘くんだ、途中から教室前に二人がいるのを気づいてそのままにするなんて。
*
部屋に帰ってベッドに体育座りをして膝に顔を埋める。明日どんな顔して二人に会えばいいんだろう。
同級生の濃厚なキスシーンなんて見たくないだろうに。はあ、とため息を付いたら部屋のドアがコンコンと叩かれた。
「真希ちゃん?今、開けるねー」
「…明太子」
ドアを開けると真希ちゃんではなく、眉を下げた棘くんがいた。
なんで?と聞くとスマホのメッセージ画面を見せられた。"さっきはごめんね。謝りたいから部屋に行く"と私宛に送られていた。
棘くんから連絡が来ていたことに気づかなかったから、メッセージには既読は付いていない。
「とりあえず、ここじゃあれだし中入って」
「しゃけ」
ドア前で話すのも憚れたので部屋へ招き入れた。私の後を追うように入って来た棘くんがグイッと腕を引く。後ろに引っ張られてバランスを崩す。
だけど、棘くんがそんな私をしっかりと受け止めた。
「高菜、…おかか」
「もう教室とかでしない?」
「…明太子」
小さい声で、"しないように頑張る"と言った棘くん。
ぎゅうっと腕の力が強くなり抱きすくめられた。そのまま首にグリグリとおでこをつけられる。
私はどうやら棘くんにかなり甘いようで、さっきまでの気持ちはどこかへ行ってしまった。
そして首元にある白樺色のサラサラの髪を撫でた。
「なら、いいよ。許してあげる」
「す、すじこ?」
「うん。ねえ、棘くんの顔みたい」
そう言うと腕の力が緩まる。くるっと振り向くと棘くんと目が合う。
棘くんの方が少しだけ身長が高いから私が見上げる形になる。さっきまで見えていた口元はしっかりと制服で覆われて見えなくなっていた。
私は棘くんの顔が全部見たくて、チャックを下ろす。すると、にこっと微笑んだ棘くんが声に出さないように口パクでこう言った。
「(す・き。だ・い・す・き。)」
「うん、私も好きだよ。大好き。」
そう愛を伝えると棘くんの頬が紅潮した。
首に手を回して今度は私からキスを送る。語彙が絞られても、愛はこんなにも伝わっているんだから心配しなくていいよって気持ちを込めて。
あ、ちゅーはしばらくしないって言ったけど前言撤回かな。