アニマルセラピー




「ふふ、ほんっともふもふしてる〜。アニマルセラピーがいつでもできるなんて私は幸せものだね」
「ブラッシングは毎日やってるからなあ。そこら辺のパンダの毛並みと一緒にしちゃあ困るぜ」

談話室に来たら可愛い彼女がパンダに抱かれてもふもふしていた。目の前に広がる光景にさっきまでウキウキだった機嫌はどんどん下降線を辿っていく。
任務終わりで名前の大好きなシュークリームをお土産に買ってきたのに。シュークリームの入った箱の取手を握る力が強くなった。
絶賛アニマルセラピー中な彼女は棘が談話室に入った事に気づいてなく、未だにパンダにすりすりと頬ずりをしていた。

「おかか。おかかっ!」

棘はシュークリームを適当にテーブルに置くと1人と1匹の所へ行く。足音はドスドスと重たいものだった。
離れろ、と言葉が出そうになるのを抑えてパンダと彼女を引き剥がした。そして名前をこちらに寄せ、腰に手を回した。

「えっ、うわっ。棘くん!?」
「おかか。明太子!」
「おー、棘。おかえり、任務おつかれさん」

突然の事にビックリする彼女とマイペースに片手を上げたパンダを交互に見た。パンダは棘の心中は全部分かっているようで、心なしかニヤニヤしていた。
すっぽりと胸に収まるくらい小さな彼女を隠すように抱き締めるときゅっと裾が控えめに握られた。
その行為は名前が無意識にしているもので「この天然タラシが」と心の中で愚痴る。

「そんな機嫌悪くすんなよ、ただのアニマルセラピーだって。まあ、獣はお邪魔だから退散するよ」
「えっ、パンダくん帰っちゃうの?」
「今日の触れ合いコーナーはお終いだ。また今度な」
「おかかっ」

いくらパンダでも、また今度なんてして欲しくない。彼女を抱きしめていいの彼氏である自分の特権なのに。
ヒラヒラと手を振って横を通り過ぎる時にパンダはぽんと棘の肩を叩いた。

「まあまあ、俺だから許してやってよ。最近、棘が忙しくて会えないから寂しいって言ってたぞ」

と耳元で棘にしか聞こえない声でそう言った。
パンダがいなくなった談話室は棘と彼女の2人きりだけになる。さっきまでの焦燥感はだいぶ落ち着いて、腕の中に収まる名前を抱きしめた。

「棘くん、任務お疲れ様。…あと、おかえり」
「…しゃけ」

彼女は少し恥ずかしそうに抱きしめ返してくれた。しばらく会ってないから声も髪から香るシャンプーの香りも、この抱き心地も愛おしい。
だけど、いちゃいちゃする前に釘は刺しておかないといけない。

「すじこ、おかか」
「なんで?パンダくん、もふもふして気持ちいいんだよ?棘くんもアニマルセラピーしてみたら絶対ハマると思う!」

パンダでもむやみに人に抱きつくな、そう言うと何とも素っ頓狂な返答が返ってきた。彼女は何も分かってない。
男なんて単純な生き物なんだから、彼女に気持ちがなくても勘違いされるかもしれない。パンダじゃなくて他の男だったら、そう思うと心配で仕方がなくなるのだ。

「おーかーか!高菜?」
「えっと、でも前のあれは嬉しくてつい」
「…すじこ」

この間、1年生も交えてゲーム大会をした時だった。ランダムでチーム分けがされ、テレビ画面に映し出されたプレイヤー表示には名前と別チームだった。彼女と虎杖、棘とパンダのチームで試合が始まった。
結果は虎杖の一人勝ちだったのだけど、同じチームで棘に即やられてしまった彼女は嬉しくて虎杖に抱きついたのだ。そのことを持ち出すと歯切れが悪くなった彼女をジトっと見つめた。

「おかか」
「っ、棘くん、待って」

静かにイライラがぶり返して、もういいと言って彼女を放した。踵を返して談話室の出口へ向かう。買ってきたシュークリームは、まあそこに置いておけば誰か食べてくれるだろう。

「待って、って言ってるじゃん」
「明太子」
「やだ、離さない。」

ぎゅっと後ろから抱きしめられた。それで談話室を出ようとした足が止まる。すると、ぽつりぽつりと話し始めた。

「その、抱きついちゃうのはごめんなさい。気をつけてるんだけど、嬉しくなったら無意識でやっちゃう時もある。だけど、私がこうやってぎゅってしたいのも、されたいのも棘くんだけだよ?それじゃ、駄目かな…」

背中にある名前のぬくもりと少し泣きそうな震えた声に、イライラはすーっと消えていった。
棘は口元まで覆う制服のチャックを下ろす。そして、くるっと振り向いて名前の身長に合わせて少し屈んで唇を合わせた。
ゆっくり唇を離すと赤く染まった頬に少し恥ずかしそうに笑う名前がいた。

「しゃけ」
「よかったあ。棘くんに嫌われたかと思っちゃった」
「高菜?」
「うん。これからは、もっと気をつける」
「ツナツナ」

ぽんぽんと頭を撫でると、目を細めて嬉しそうにした名前にもう一度キスをした。そして視界にさっき置いたシュークリームの箱が入った事で思い出した。

「ツナマヨ?」
「えっ、シュークリーム?食べる!」
「しゃけ、高菜」

名前の手を取って指を絡める。そして反対の手でシュークリームを取って自室へと向かった。

道中に「寂しかったんだって?」と聞くとさっき以上に真っ赤にさせて「うん。棘くんいなくて寂しかった」なんて言ってくるもんだから、ぎゅっと胸をわし掴みにされた。

そして棘は隣にいる名前の耳元まで口元を寄せて素直に思った事を口にした。

「すじこ。…ツ・ナ・マ・ヨ?」
「っ!と、棘くんのえっち!」

少し怒り気味にぷいっと顔を逸した名前も可愛いだなんて惚れた弱みだ。