加茂くんのくせに



「それは何かの卵かい?」

私の手に持っているタピオカミルクティーを見つめた加茂くんは不思議そうに首を傾げて言った。それを聞いた私は思いっきり笑ってしまった。
ミルクティーを溢さないようにしながらも、お腹を抱えて私が笑っていると加茂くんは更に不思議そうな顔をするもんだから辛い。お腹捩れそう。

「加茂くんてタピオカ飲んだことないの?」
「たぴ、おか?…知らないな。それは飲み物なのか」

開いてるのか分からないくらいの糸目が更に細くなった。顎に手を当ててまじまじとミルクティーを見つめてくるから、また笑いそうになるのを必死に抑えた。

「そういえば、この間新しいお店できたみたいなの。桃と真依と霞と行く約束してるんだけど今度、加茂くんも行く?」

私の手元のミルクティーを見つめていた加茂くんの視線が上がって目が合う。誘ったのはいいけど女子4人に混ざるなんて嫌だろうし断られるかな、なんて真顔の加茂くん見て思う。

「じゃあ君の言葉に甘えて、行こうかな」
「えっ、ほんとに来るの?」
「君が誘ったんだろう?」

きょとんとした表情で加茂くんはそう言った。ああ、そういえば加茂くんてこういう人だったな。



*



「あれ?桃と真依と霞は?」
「聞いてないのか?3人は今日は急用が入ったそうで来れないらしい」

その瞬間にあの2人にしてやられた、そう思った。何故か昨日の夜まで続いていたグループ会話が今朝から一切動いてないし、私がメッセージを送っても既読すらつかないのはこのせいか。
私はスマホを握りしめて大きなため息をついた。そして加茂くんはゴソゴソとスマホを取り出して桃とのメッセージのやり取りの画面を出した。


”真依ちゃんと霞ちゃんと私、急用が入って行けなくなっちゃった。ごめんね。名前にも伝えといてね?”


どうせあの2人のことだ、加茂くんを面倒くさがったんだろう。霞は多分2人には強要されたとかそんなとこ。そして普段から何故か私に加茂くんの相手を押し付ける桃のニヤニヤした顔が浮かんだ。
加茂くんのスマホの画面から目を離して自分のスマホでマップを開くと目的のお店に赤いピンを立てた。

「まあいっか。2人になってもあんまり変わらないしね。行こうか」
「ああ、楽しみだね」

そう言ってニコッと微笑んだ加茂くんが隣に来た。今気づいたけど、これ普通にデートじゃんか。隣にいる加茂くんは何も思っていないようだけど。
まあ、女友達と遊んでる気持ちで過ごせばいいや。そうこの時は思っていた。





「結構、人気なんだね」

長蛇の列を見た加茂くんは関心したのかそう言った。昨日オープンしたばっかりだしSNSで話題になってるからね、と当たり障りのない答えをしたところで私のスマホが鳴った。
メッセージの送り主は霞だった。


”先輩今日はすみません。今日は色々ありまして…。また今度遊びに行きましょう!”


霞が慌てて打った様子が脳内に浮かんで微笑んだ。どうせ桃と真依のせいって分かってるのに、そこまで配慮する霞は本当に優しい子だ。
霞だけは許してあげよう。何かお土産でも買って帰ろう、なんて考えた。

「どうかしたか?」
「なんでも、ない、…、よ」

ふふっと笑った私を見て不思議そうに加茂くんが話しかけてきた。ぱっと加茂くんの方を見ると思ったよりも近い位置に加茂くんの顔があって言葉が詰まった。
そしたら背の高い加茂くんが少し屈んで顔を覗き込んできた。

「…?」
「あ、や、霞から連絡きて…」

余計に近くなった距離にどぎまぎしていると、運良く列が動いた。

「か、加茂くん!列動いたし行こ」
「…そうだね」

距離間はこうして元に戻った。だけどさっきのせいで心臓がばくばくとしている。落ち着け私、相手はあの加茂くんだ。
でも一度、意識してしまってから加茂くんのあらゆる行動が気になってしょうがない。ここに来るまでの道で車道側を自然と歩いてくれたとか、段差があったら「気をつけてね」と言ってきたこととか。

「へえ、ミルクティー以外にも味が選べるんだね。君はどれにする?」

列の前の方まで来ると店員さんからメニューを渡された。それを加茂くんは興味津々に見つめる。

「んー、キャラメルとか美味しそうだよね。あ、加茂くん抹茶あるよ」
「本当だね。私は抹茶にしようかな」

お互いに注文するのを決めたところで丁度レジまで辿り着いた。私はキャラメルミルクを、加茂くんは抹茶ミルクを注文する。
お会計は加茂くんがサラッと支払ってくれた。
私の分は払うと言ったら「今日、私に付き合ってくれたお礼だよ」なんて言われてしまい、言葉に甘えることにした。
加茂くんのくせにスマートにお会計なんてずるい。そんな加茂くんにムッとしていると、注文したドリンクができたようでカウンターにカップが置かれる。

「はい、そしたらストロー刺しますね〜。せーの、べびたっぴ!」
「べびたっぴ!」
「はい、お姉さんのキャラメルミルクです。ありがとうございました〜」
「っ!?…名前、今のは!?」

ストローを刺すときの定番の合言葉を言ってキャラメルミルクを受け取ると、加茂くんが慌てたように話しかけてきた。
糸目は開かれており、私はふふっと笑ってしまう。

「タピオカにストロー刺すときの合言葉だよ。加茂くんも一緒に言わないと駄目だからね?」
「そんな決まり事があるのか…」

加茂くんは真面目な顔でこんなことを言うもんだから吸ったタピオカが出そうになる。ほんと加茂くんそういうところだよ。
私はスマホを取り出してカメラを動画モードにする。ぴこん、動画の撮影開始音が鳴る。
加茂くんはそれにすら気づかずにべびたっぴを言うことで頭がいっぱいのようで。素直に可愛いなと思った。

「はい、そしたらお兄さんの抹茶ミルクにもストロー刺しますね〜。せーの、べびたっぴ!」
「べ、べびたっぴ…」
「はい、ありがとうございました〜!」

抹茶ミルクのタピオカを持った加茂くんが私のところにやってくる。その姿も何故か面白くてふふっとした笑い声が出てしまう。
あ、今の声動画に入ったかな。

「べびたっぴ、とは一体何なんだ。…って、君」
「ごめんごめん、加茂くんが可愛くてつい」

私の右手にスマホが握られていることで動画を撮っていた事がバレてしまった。

「私の写真なんて撮っても何も面白くないだろう」
「えー、そうかな?加茂くんがタピオカ持ってるだけで面白いけど。」
「それはどういう意味だ…。それより、私とは写真は撮らなくていいのか?いつも西宮としてるだろう」
「あー…」

加茂くんよく私が桃と自撮りしてるの見てたんだ。加茂くんて人の事よく見てるからまあそのくらい知ってて当然か。
いや、それより加茂くんから自撮りしようと言われている今の状況をどうしようと考える。素直に撮るべきか…。

「写真、撮らないならそれでいいんだが」

ぐるぐると考えていると少し寂しそうに加茂くんがそう言った。その顔が見たことないくらいしゅんとしていて一気に罪悪感が押し寄せてきた。

「ううん。撮ろっか、写真!ほら、加茂くん寄って?」

スマホをインカメにして構えると加茂くんは嬉しそうに私に近寄って来た。しかし加茂くんの身長が高くて私に高さを合わせると見切れてしまう。

「加茂くん少し屈める?見切れちゃう」
「こ、こうか?」

ぐっと屈んだ加茂くんの顔がすぐそばに来る。さっきよりも近い距離。どくん、と心臓が跳ねる。
さらに、さっきよりも加茂くんのことを意識してしまってる自分がいてシャッターを押す手が震えた。
カシャ、と音がして画面に私と加茂くんのツーショットが映る。
いつもの糸目の加茂くんと少しぎこちない笑顔の私。あー、全然盛れてない。加茂くんのせいだ。

「それ後で送ってくれるかい?」
「…うん。後で送るね」
「ありがとう」

嬉しそうに言った加茂くんはストローに口を付ける。黒いタピオカがストローを通り口へ入ると糸目が開かれた。

「…これはっ」
「タピオカ、美味しい?」
「初めての感覚だよ」
「タピオカって、もちもちしてて美味しいでしょ」
「ああ。それにしてもなかなか噛みきれないね」

口をもぐもぐさせてタピオカを食べる加茂くんと私はお店を出て通りを歩く。
霞のお土産どうしようかな、と通り過ぎていくお店のショーケースを流し見る。すると加茂くんは突然立ち止まって私を見つめた。

「どうした?」
「名字のキャラメルはどんな味か気になるな、って思ってね」
「あー、そういうこと。加茂くん、これ飲む?」
「ありがとう。少しだけ頂くよ」

いつも桃たちに言う感覚でそう言ってしまった。
あ、と思ったときには私の右手にあったカップは加茂くんは手にあった。何も気にせず私が口を付けたストローに口を付ける。

「ん、私のとは違う甘さだね」

そう感想を言うと私の手元にカップが戻ってくる。少しだけ量が減ったキャラメルミルクを見つめて、ぶわっと体温が上がった。
これってもしかしなくても間接キスなのでは…。
そして再び歩き出した加茂くんは私がドキドキしてるなんて露知らず、和菓子屋のショーケースを見つめてどれにするか悩んでいた。

「お土産なんだけど、西宮と真依はどれがいいと…。あれ?名字顔が赤いね。体調でも悪くなったかい?」
「っ、な、何でもない!」

そう言って私はちゅーっとストローを吸った。
さっきよりもキャラメルとタピオカが甘くなってて胸の上辺りがモヤモヤしてキュッとなった。

加茂くんのくせに。