シーツに溶ける



※メリーバットエンド風味、0巻ネタバレ有


「今日は随分機嫌がいいね。昨日まであんなに駄々をこねていたのに」
「傑くんはさ、私に駄々こねてほしいの?」

ベッドに腰掛けた傑くんを後ろから抱きしめる。お腹に手を回しおでこを背中にぐりぐりと擦りつけた。
傑くんはというと、私が回した手を取り指を絡めた。ゴツゴツしていて少しカサついた骨ばった傑くんの手が昔から好きだ。
ぎゅっと握り返すと傑くんはふふっと笑った。

「ううん。明日は決戦に行くから、今日くらいは機嫌よくしてほしいかな。」
「もう一回聞くけど、私は行っちゃ駄目なの?」

明日は京都と新宿での百鬼夜行当日。家族総出で行くのに私は待機、そう言われた。
今までだってそうだ、何かと理由をつけて傑くんは私に戦闘や現場に行かせることを嫌った。
高専にいる時だって、傑くんについてきた後だって。

「名前にはここで待っていて欲しいんだ。帰ってきた時に誰も迎えてくれないのは寂しいだろう?」
「でも、私だって傑くんの為に何かしたい。傑くんのこと守りたい。やっぱり私は弱い?」

私は簡単な式神召喚と中途半端な反転術式での治癒しかできない。だから高専の時も才能ある3人の陰に隠れていた。
今思えば、2級まで上がれたのだってまぐれだ。
近接戦闘なんてめっぽう苦手で、何回か五条くんに稽古つけてもらったけど「弱すぎて話になんねえ」って言われたくらい。
そんな私を傑くんは側に置いてくれた、愛してくれた。だから私は貴方の為に戦って、貴方の為に死ねるなら本望なのに。

「弱くないよ。いつも言ってるだろう?名前は芯のある強い子だって。それに反転術式が使える。帰ってきた時に傷ついた私を治療する名前がいなかったら、私は死んでしまうよ?」
「そ、う、だけど…」
「だけど?」
「…怖いの。もし、傑くんが帰ってこなかったらって思うと。帰ってこない絶望を味わうなら、戦場で傑くんの為に散ったほうが私は幸せだよ」

私がそう言うと傑くんは黙ってしまった。発言が重すぎたかな、と心配する。
この10年、ほぼ傑くん以外の人と話もせずに生きていたら重くなっても当然だ。あの時から私の世界には傑くんしかいないんだから。
傑くんに着いてきてからは殆どがこの部屋で幽閉状態だった。最低限の出入りと買い物はできたけど、仕事は何一つさせて貰えず傷ついた家族達を治すのみに徹した。当然話す人も限られてくる。だけど、みんな私と話したがらなかった。
一度、傑くんにそれを相談したら「名前が他の人と仲良くしているのを見るとモヤモヤしてしまってね。最低限の会話以外しないように言ってある」と言われた。

「私は帰ってくるさ。名前は、私がすぐやられてしまうような奴だと思っているのかい?」

腕に回した手を剥がされ、ぐるりとこちらを向いた傑くんと目が合う。数分ぶりに見た顔は稀に見るくらい、とびきりの優しい顔をしていて、それが私を余計に不安にさせる。

「ううん、傑くんはすぐやられちゃうような人じゃない」
「なら、もうこの話は終わりだね。」

そう言って半ば強引に話を切り上げられた。私はこれ以上何を言っても無駄だと分かっているからもう何も言わなかった。
それに昨日まで散々この話で揉めたのだから。私は大人しくここで、この部屋で傑くんの帰りを待っていればいい。傑くんを信じればいい。ただそれだけ。

「傑くん」
「ん?」

傑くんの耳に手を伸ばし、ピアスを指でなぞる。大きい耳たぶにピアスの無機質の手触り。それが傑くんに触れてる、そう実感できるから不安になった時にいつもしてしまう。

「私の髪と耳を触るのが好きだね」
「傑くんって感じがするの。傑くんは今ここにいるって、そういう感じがする…」

それから張り裂けそうなくらいの不安感から逃げたくて安心したくて私から傑くんにキスをした。首に手を回すと傑くんの手は私の腰にかかり、ぐっと距離が詰まる。

「っんぅ、…はぁっ、すぐる、くっ…」

触れるだけのキスをしたはずなのに、それは舌を絡める深いものに変わる。ぎゅっと首に回した手に力が入る。唇が離れると大きく息を吸って酸素を取り込んだ。

「相変わらず息継ぎは下手くそだね」

私は息継ぎなんてしない。酸欠で苦しくなる感覚が好きだから。キスしながら息絶えても構わないとさえも思っている。
そして、ぐいっと後ろに体重をかけて傑くんが馬乗りになるように私はベッドへ倒れ込む。

「積極的だね。そんなに欲しいのかい?」
「うん。傑くんにたくさん愛してほしい。だめ?」
「だめじゃないよ。」

そう言うと傑くんは優しくキスを落とす。おでこ、瞼、頬、そして唇。
唇が触れ合うともうお互いにスイッチが入り、唾液が混ざり合う音が脳内に響く。するっとスカートの裾から傑くんの手が入り込み太ももを撫でた。

そこからはもういつもの流れだった。1つ違うのはお互いにいい年なのに10代みたいにシーツがぐしゃぐしゃになるまで愛し合ったこと。


そして私達は月明かりが差し込むこの部屋で夜の闇に溶けていった。