帰したくない、なんて。



「おーい!名前ー!」

両手をブンブンと振って私の名前を呼んだ大型犬、もとい虎杖悠仁くんはそのままの勢いでこちらに走ってきた。
そして私の所までやってくるとかばっと抱きすくめる。私よりかなり大きい悠仁くんに抱きしめられるとすっぽりと収まってしまう。
彼は私を抱きかかえたまま持ち上げてくるっと一周した。足が浮いた瞬間ひゅっ、と声が出た。

「もう、悠仁くん。ここ高専内だから恥ずかしい。」
「ごめん。名前に言いたいことあるから連絡しようと思って。そしたら、たまたま見つけて嬉しくて」

ちょっと恥ずかしそうに頬をポリポリとかく姿が可愛くて、怖いからそれやめて欲しいという言葉はどこかへ行った。
同い年なのに細い伏黒くんと違って悠仁くんは筋肉質で堅い胸をしてる。だけどすごく安心感があって温かい。そんな彼の胸に体を預けると、とくんとくんと心音が聞こえた。

「言いたいことって何?」
「今日予定もうない?渋谷に名前が好きそうなお店出来たって五条先生が言ってたからさ。一緒に行かない?デートしよ!」

先程まで抱きしめられてたのに、かばっと手を肩に置かれて悠仁くんの顔が見える。満面の笑みでデートのお誘いをしてくるから少しだけ恥ずかしかった。
悠仁くんはいつだって好きが全開過ぎて困ってしまう。


*


「パフェ美味しかったー!悠仁くんありがとう」

悠仁くんが女子寮まで送ってくれるのはいつもの事。
あともう少しで寮の入り口だ。まだ話をしていたい。手を繋いでいたい。触れていたい。
明日も会えるのに、別れが永遠かのように感じてしまう。

「おう。幸せそうな名前見てると俺も嬉しくなっからさ。また行こうな」

ぎゅっと手を握る力が強くなる。悠仁くんも私と同じ気持ちなのかな、なんて思ってしまう。
まだ寮について欲しくなくて歩幅をゆっくりにしてみたけど、あまり効果はなく、あっけなく着いてしまった。

「じゃあ、ね。いつも送ってくれてありがとう。また明日」

別れの言葉を口にして、惜しみながら繋いでいた左手を離す。するりと彼の手から離されて、私は寮へ入ろうと後ろを向いた。
ぎゅっと切なさがこみ上げて来る。どうせまた明日会えるんだから。
そう言い聞かせて1歩踏み出そうとしたとき、パシっと手首を掴まれた。
後ろに引っ張られて、そのままの勢いで倒れそうになる。だけど私は倒れる事なく、悠仁くんに抱きしめられた。

「ゆ、うじくん?」
「ごめん。また明日も会えるのにさ…、帰したくないって思った。いつも我慢してんのに、今日はなんか無理、かも。」

いつもは優しい力で抱きしめてくるのに、今は力加減をしてくれてないのか少しだけ痛い。でもそれが今の悠仁くんの気持ちを表してる気がした。

「私も、悠仁くんと一緒にいたい。」

彼の腕にそっと手を添えて、体を胸に預けた。
このまま連れ去ってくれてもいいって気持ちを乗せて。抱き締めていた腕が緩まり添えていた手を握られる。
その手は帰り道まで繋いでいた手と違ってとても熱い。

「ここまで来ちゃったけど、俺の部屋まで連れて行ってもい?」
「いいよ。私も悠仁くんの部屋がいい。」

そう言うと悠仁くんの腕から解放された。
手は再び繋ぎなおされて、来た道を戻る。今度は男子寮へ。

「ね、なんで俺の部屋がいいの?」
「…悠仁くんの匂いがして、どきどきするから」

そう素朴な疑問をぶつけられる。本音を言おうか言わまいか数秒迷って、本音を口にした。
恥ずかしくてきゅっと手を強めに握った。
すると隣を歩いていた悠仁くんが止まるから、不思議に思って顔を覗き込んだ。

「悠仁くん、どうした……っん」

ちゅっ、という音と共に唇が触れ合う。
繋いでいた手を引き寄せられ反対の手は腰に回されていた。そして少しだけ開いていた隙間から舌が入り込んだ。
びっくりして逃げようにも悠仁くんが追いかけるように体重をかけてきて逃げれない。

「…ふぅ、っん。ゆ、じくんっ」
「っは。なに?」
「ここ、まだ部屋じゃないからっ」

ようやく唇を離される。見上げた悠仁くんの瞳はギラギラしていて、逃げられないなと悟った。
逃げる気は毛頭ないんだけど、私はどこかで彼のスイッチを入れてしまった事だけは分かった。

「ならさ、早く俺の部屋いこ。」

焦ったようにそういった悠仁くんは再び歩き始めた。その歩幅はいつものように私に合わせてくれていて、彼の優しさを感じた。


部屋についたら私からキスをしてみようかな。